#16 私の、君への、手がかり


つむぎさん


 すみません、今回は少しお返事が遅くなりましたね……部活とか勉強が少し立て込んできたもので。やることがたくさんあるのは楽しくはあるのですが、重なってくると余裕がなくなるのも確かなので。大事な所で派手に転ばないように、踏ん張りどきかなという最近です。

 さてですね。好きな人が同じ部活にいるという話は……なるほど、やっぱり興味がおありで。じゃあ、ちょっとだけお話ししましょうか。


 表情が豊かで、恐らくは感性も豊かな女の子です。ちょっとしたことにも楽しさを見つけて、身体をいっぱいに使って喜ぶような。上手くできないこととか、他の人とずれている要素が多くて、けど頑張り屋で。悩んでも痛くても、ちゃんと前を向ける強い人でもあります。

 勿論、可愛いです。子供っぽすぎると本人は言ってますし、それも確かなのかもしれないですが……めまぐるしい表情を見てるだけで幸せですし、一緒にいてすごく楽しいんですよ。

 何より。周りの人や物との向き合い方が……優しくて、まっすぐで、ひたむきで。こういう時に上手く言葉が見つからないのが悔しいんですが。こんな僕のことも、友人として仲間として、ちゃんと見てくれていますし。

そういう所が好きで、彼女がきっかけで今の部活に入りました。彼女が僕を異性として意識しているかという点は、だいぶ可能性が薄そうなんですが。ともあれ、おかげで今がすごく楽しいです。


 ……と、ここまで書いてみて。題意に沿えていない印象がだいぶ強いんですが、自分でも驚くくらい青臭くなってるのがなかなか面白いので、このまま送りますね。せいぜい笑ってやってください。

 ちなみに今週末ですが、部活でのステージがありまして。周りの先輩や同期に比べたら、いや比べるのも馬鹿らしいくらい、あらゆる点で自分は劣ってる訳で。それはどうしようもないんですけど、それでも入部する前に比べたら少しは成長できているように思えて。

 だから周りから見てどうかじゃなくて、前の自分より少しでも明るい方に、強い方に進めている自分を成果として出せたらいいなと、そんな気分です。


 それでは今日はここで。そろそろ寒くなってくる頃ですね、お互い身体に気を付けながら。



 和枝かずえからの文面。私が送ってから十日ほどで返ってきたのが昨日。

 待ったぶんだけの情報量はあった。彼の想い人について聞いているのは私だ。


 とはいえ、彼によって語られる「彼女」の眩しさは、覚悟していた以上だった。小説での落ち着いた文体とのギャップも、外見から内面まで言語化されたことによる「彼女」のイメージも、どれも私にとっては劇薬に近かった。それでいて、青臭く前のめりな彼の勢いに可愛らしさを感じてしまったあたり、私も救いようがない。素の見えない高尚な文体が送られてきたなら、もっと簡単に遠ざけることもできたのに。


「彼女」の少女らしい可愛らしさ、顔や身体の表情の豊かさ、どれも私とは正反対だ。大人っぽい、賢そう、そう言われた方が好きだったのは本当だ。けど、彼に好かれる幼さだって、今は羨ましくもある。


 けど、きっと。それ以上に彼を惹きつけるのは「彼女」の世界への向き合い方だろう。優しくて、まっすぐで、ひたむきで――心の美しさこそが、「彼女」への恋慕の核なのだろう。というより、そう信じたい。


 かつて、私が目指していた心の在り方だ。目指すのに疲れ切って、そのうちに自分の心まで汚れてしまった。

 外見はどうにもならないけれど、一般的な可愛らしさには届かないけれど。心は、彼が惹かれた美しさに近づきたかった。


 改めて目を通す。部活でのステージ、ということは文化系の部活だろうか。器楽や舞踊も浮かんだが、彼は言葉を扱う部活にいる気がした。すぐに浮かぶところだと演劇、合唱、ESS、放送……後は弁論や詩吟。

 しかし、どれも今ひとつ姿が浮かばない。人前で表現するよりも、表現をモノに込めるタイプの方が彼に合っているように思えた。小説は学校では人に見せていないというし、あの言い方からすると脚本も書いてはいない。校内新聞あたりが一番似合いそうだが。

 

「……そうだ、一学期」

 

 メッセージの履歴を遡る。

「この春からの学校での経験から、想いを人に伝えることの、書いたものが心に響くことの楽しさを知ってしまいました」

「二学期に入ってから、新しく部活に入りました。一学期に縁で活動を覗いてみたら凄く楽しそうで、というきっかけだったのですが」


 ここから類推するに。当初は、部活を紹介する立場だったものの、取材をするうちに魅力を感じて、自らが参加するようになった……ということだろう。書く楽しさといえば、やはりメディア絡み。本来の得意分野は執筆だったが、今の部活はそこから外れている、というのも納得がいく。


 つながった、と膝を打つのと同時に。これじゃまるでストーカーじゃないか、と呆れもする。どれだけ惹かれても、個人の特定はしない・させない、というルールは自分で決めていた。実際、彼の文面には居住地の手がかりがない。「そろそろ寒くなってくる頃」という表現から、ここ九州よりは寒い地域かな、とは感じたが。

 それに。彼が、メッセージに書かれているような人物ではない可能性もあるのだ。大人が未成年との出会いを求めて高校生を騙っている、なんて可能性もありうる。居場所のない少女を甘い言葉でおびき寄せて食い物にする、だなんて前例ならいくらでもあるだろう。


 ネット越しの精神的なつながりで止まっていい、それ以上は危ない、理性でそう理解しつつも。


 会いたい。触れたい。隣を歩きたい。

 恋人になりたい。望みは日に日に強固になっていた。

 

 願掛けのように決めていた。

 納得のいく大学に受かって、ちゃんと通えたら、そのときは会いにいこう。安全な出会い方だって、何かしらあるはずだ。

 今は会えないなら、未来のご褒美にとっておこう――裏切られるかもしれないなら、裏切られてもいい自分になってから踏み出そう。


 叶わなくてもいいから、前に進むための夢が欲しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る