音痴歌姫の本音!

 その後もムロはラップで場を唸らせ、鬼神のようなシャウトで会場をどよめかせた。


 大盛りあがりのまま、ステージは終わる。


 ライブの後、本格的な話し合いがなされた。


 決まったのは、

「ムロがあと数年で、結婚のために抜ける。それまでバンドは続けていい」

「グァルディーニは民主国家に生まれ変わる」

 の二点だ。


 最初こそ抵抗していたが、ムロの両親は最終的に渋々承諾した。


「お前のおかげだぞ。ありがとなーセラ」


 婚約披露パーティで、ムロがセラの肩をバシバシと叩く。もう片方の手には、大きな骨付き肉を持っていた。


「いえいえ! ムロさんの勇気のおかげです」


 最終的に、なんでも解決したのはムロである。自分は知恵を出しただけ。セラを信じて実践したのはムロだ。


「結婚したら、あたしはお前を大使に任命するぞー」

「ムリムリ! 胃に穴が空きますよ!」


 どこまで出世してしまうのか、自分は。


「よかっったなムロのやつ。バンドを続けていてよかったよ」


 ナオも、自分のことのように喜んでいる。


「本当ですね」

「ようやくウチも、人の役に立てたんだなって思ったよ」


 はしゃぐムロを見ながら、ナオガため息をつく。


「そんな。ナオさんは立派です。色んな人を助けているじゃないですか」

「誰も助けてないよ。ウチは。ただやりたいことをやっているだけ。結果的に、みんなが喜んでいるだけだって、あんたを引き入れたときにわかった」

「どういうことですか?」


 問いかけようとしたとき、ムロがアコースティックギターを持ってやってきた。


「ナオー、悪いんだけど一曲頼めるか?」

「うん、任せろ」


 ナオはステージに上がる。ムロのコンガに合わせて歌声を響かせた。ギターを「それなりにうまく」弾きながら。コード進行のみで、特に凝ったアレンジなどはしない。しかし、心に突き刺さるサウンドだった。


 一曲終えると、しみじみとした拍手を送られる。観客にも、ナオの誠実さが伝わったに違いない。


「ごめんね。下手くそだったでしょ?」

「素敵でした。ギター弾けたんですね?」

「違うんだ。アコースティックは、死ぬほど練習した。させられたって、言えばいいかな……」


 レティが側について首を横に振った。


 だが、ナオは話を続ける。


「ウチさ、吟遊詩人一家に生まれたんだけど、特に落ちこぼれで。魔法は使えたんだけれど、楽器が何もできなかった」


 魔法と演奏の両立は、特に難しい。

 特に歌いながらの楽器演奏は、口と手でまったく違う音を出す必要がある。調節が困難で、挫折する人が多い。


 音痴なセラは、演奏だけに集中できる。しかしナオは、歌だけはできるが演奏は難しい。


 ナオも凡人、いや、それ以下だったのだ。

 才能が、なかったのだと……。


「姉が楽器音痴について詳しいのは、そのためさ。結局ウチは、使えないって烙印を押されて家族から追い出された」

「お姉さんは?」

「妹を外すなら自分も外れる、って言ってさ。知ってた? レティ姉さんって昔はガリガリだったんだよ? ウチの服の大半は、姉が着られなくなった服なの。このドレスだってさ」


 ブルーのミニスカートをつまみながら、ナオはクスっと笑った。


 ジョークで笑わせるつもりだったのだろう。


 しかし、セラは表情を変えることができない。


「妹もついてきてくれたんだけれど、凄腕の冒険者パーティにスカウトされてさ。やっぱり才能のある子は違うなって、思い知らされた。『行けば?』って、強がっちゃった」


 決して、円満ではなかったのだ。


 ナオにも、こんなに重い一面があったなんて。


「でも、本当にバカだったのは、ウチだった。歌だけでも認められているんだから、そっちで頑張ればよかったんだ。『ギターはセラが弾いてます』って暴露してさ」


 こんなにも卑屈なナオは、初めて見た。


「わたしは、日陰者で構いません。みんな、あなたを見に来ているんですよ? 誰が弾いているとか、関係ないじゃないですか」


 ちっともうれしくない。ギターが上手いって言われたって。


「セラ、でもあんただって、歌手になりたくて遠出してきたんだろ?」

「最初だけです。みなさんと旅をして、自分の目標がいかに小さかったかわかったんです。わたしが目立ったところで、観客のみなさんは共感できないんだろうなって」


 セラとナオでは、背負っているものが違う。


「たしかにわたしも最初は、ナオさんに裏切られた気分でした」


 とはいえ、セラはナオと決定的な差があることに気づいた。


 自分はギターを「ちゃんと」弾けるだけ。魂までこもっていたかどうか怪しい。独り立ちするにも、そんな度胸があるかどうか。


 けれど、ナオは弾いていないにもかかわらず、会場をアレだけ沸かせるのだ。ナオの人柄が、観客に浸透しているせいだろう。


「あんたのほうが、ウチからするとうらやましいんだけど?」

「ご冗談を! ほらナオさん、もう一曲頼むって言われてしますよ! 早く早く」


 セラは、ナオの背中を押す。


 自分は脇役の、ギター弾きで十分なのだ。  


 しかし、バンドが存続の危機に陥ってしまう。

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