13話 従魔が暴走した
「なにしてるんですか!!」
頭が混乱する中、僕は精一杯に叫ぶ。
医療協会の外にはエルファさんとガルフが睨み合った状態で、他の人は既に避難しているようだ。
僕の声を聞いたエルファさんが横目で僕を見る。
「見てわかるでしょう! ガルフが突然暴れ出したのよ!」
「そんな!」
聞きたくなかった。
受け入れたくなかった現実がエルファさんの口から告げられた。
しかし事実としてガルフはエルファさんに敵意を見せている。
『グルァ!』
「ファイアボール!」
地面を蹴って疾走するガルフに向けてエルファさんが躊躇なく魔法を放った。
ガルフは火球を難なく避けると、ゴブリンを容易く引き裂いた爪をエルファさんに向ける。
「エルファさん!」
「わかってる! エアリエル!」
エルファさんの眼前を隔てて凝固する空気の壁がガルフの爪を食い止める。
しかし完全に止めることはできず、貫通した爪がエルファさんの目と鼻の先にまで迫っていた。間一髪だった。
エルファさんはCランクの冒険者。
等級としてはガルフと同等だ。
でもエルファさんは戦闘に特化したハルトさん達とは違って、魔法による援護が主な仕事。そもそも一騎討ちを想定したスタイルじゃない。
攻撃魔法も難なく使えるけど、発動までの隙を考えると俊敏なガルフが相手では分が悪いと思う。
僕がどうにかしなくちゃエルファさんに危害が及ぶ。
「ガルフ!」
僕は駆け寄って名前を呼ぶ。
なにか異常が起きて興奮状態になっているだけかもしれない。
僕の姿を見れば落ち着くかもしれない。
そんな期待があった。
「落ち着け! ガルフ、僕だよ! アストラだ!」
両手を広げてガルフの前に立つ。
「アストラ! さがりなさい!」
「大丈夫です! ガルフは僕の従魔なので!」
僕を視界に収めれば思いとどまってくれる。
正気に戻ってくれる。
そう思っていたけど、ガルフは依然として敵意を向けたままだ。
「が、ガルフ……」
『ガァッ!』
「――っ!」
僕に飛びかかってくる。
ゴブリンにそうしたように。
躊躇いはない。獣として獲物を食い殺す所作。
僕は反射的に攻撃を避けようとして身構える。そして直後にガルフの剛腕が僕の体を横殴りにする。
「ぐ……!」
飛んでくる岩にぶつかったような衝撃だった。
僕は地面を転がって倒れる。
痛い。苦しい。骨が折れたかもしれない。肉もきっと抉れた。
でも今はそんなこと気にならない。
攻撃されたんだ。ガルフに。
ただそれだけの事実が、僕の頭の中をかき乱す。
「アストラ!」
エルファさんの悲鳴にも似た声が聞こえる。
顔を持ち上げる。ガルフが、今にも僕に食らいつこうとしていた。
黄金色の瞳からは怒りの感情が見えた気がした。
「ファイアボール!!」
『ギャン!』
ガルフが吹き飛ぶ。
エルファさんの魔法が直撃したんだ。
炎の残滓が僕の視界に漂って消える。
「アストラ! 大丈夫!?」
「エルファさん……僕は、大丈夫です。……ガルフは?」
「今は自分の身体を心配しなさい!」
エルファさんが怒鳴る。
わかってる、そんなこと。
でも僕にとってはガルフの方が重要なんだ。
ガルフは僕の相棒だから。
僕は静止するエルファさんの手を拒んで無理矢理起き上がる。
ガルフはうずくまっていた。
横腹から煙が立ち登っている。燃えているんだ。
「ガルフ……!」
僕は痛む身体も気にならず、ガルフの下にいく。
上着を脱いで、僕は力の限りはたき続ける。
炎は数秒もしたら鎮火して、焦げた肉が露わになる。
ガルフは目を瞑って大人しくなっている。呼吸はしているから死んだわけじゃない。
あまりに痛々しい傷を目の当たりにして言葉を失っていると、僕の背後からエルファさんが前に出る。
「退きなさい。トドメを刺すわ」
エルファさんは再び掌に炎を生み出してガルフに向ける。
僕は慌ててガルフとエルファさんの間に立つ。
「ま、待ってください!」
「待たない。人を襲った以上はもう見過ごせない。あなただってわかるでしょ」
「でも!」
「いい加減にしなさい! あなたも冒険者なら、責任を果たさないといけないの!」
責任。
そうだ、僕には責任がある。
エルファさんは正しい。悪いのは僕なんだ。
ガルフを満足に調教もせず、人前に出したこと。人を危険に晒したこと。全部僕の責任だ。
でもそれは僕のしたことで、ガルフに責任はない。
罰を受けるのは僕だ。
僕のせいでガルフが死ぬなんて嫌だ。
「僕ならどんな罰も受けます! だからガルフは、ガルフだけは見逃してあげてください! ガルフは僕のせいで暴れたんですから!」
「……自分がなにを言ってるかわかってるの?」
魔物を公の場に放って人に危害を加えたなんて事実が知れれば、僕は重い罰を受ける事になる。
もう一生外の世界で生活することはできないかもしれない。
「まだ被害者はいない。怪我を負っているのはあなただけ。今なら従魔の暴走を主人として責任を持って収めたってことにできる。それが最善なのよ」
「それはあまりにも身勝手ですよ。ガルフは都合のいい道具じゃない。僕の相棒なんです!」
「そんな綺麗事で誰もが納得すると……っ! アストラ、後ろ!」
「え――」
目を見開くエルファさん。
僕が振り返ると同時に、横腹をガルフに殴られる。
さっきより力はない。それでも人ひとりを吹き飛ばすくらいの力はある。
僕はまたも転がるけど、怯んでいる場合ではない。
顔を上げてガルフを見る。
「きゃあ!」
ガルフがエルファさんにのしかかっていた。
僕と話していたせいで魔法を放つタイミングが遅れたんだ。
だめだ。エルファさんが食べられてしまう。
ゴブリンの頭部を噛み砕くガルフの姿が脳裏によぎる。
「……やめろ」
エルファさんは固まってガルフを見上げている。
あんな距離では魔法なんて使えない。発動する前に噛みつかれる。
エルファさんではあの状況を覆せない。
「やめろ」
エルファさんの顔に向かって大顎を開くガルフ。
その光景はまるでスローモーションで、永遠にも感じられた。
違う。だめだ。そうじゃない。僕はエルファさんの命を軽んじていたわけじゃない。ガルフにそうしてほしくて庇ったわけじゃない。
どちらも大切で。誰も傷ついてほしくないんだ。だから、
「『やめろ、ガルフ!!!』」
ピタリ、とガルフの動きが止まる。
あと数センチもすればエルファさんに牙が届いていた。
でも、止まった。
僕の言葉が通じた。ガルフは僕の言葉に従った。
とたんに僕は全身が震え始める。背中から汗が吹き出す。今になって心臓が激しく波打って、頭がズキズキと痛む。
「あ、アストラ……」
緊張が一気に弛緩したことで呆然としていると、エルファさんが僕を呼んだ。
「あなた……目」
目……?
僕はさっき落とした手鏡がすぐ横に落ちていることに気づく。
手に取って顔を映す。
ヒビが入って四つに裂けた僕の瞳は、真紅に染まっていた。
どうして恩恵が発動しているんだ。意図したわけじゃない。
治療してもらって暴発は治ったはずなのに。
僕は恩恵を解除しようと瞼に手をかざす。
「解除しないで!」
「っ!?」
驚いてエルファさんを見る。
エルファさんは深刻な顔で僕を見つめて、強い口調で言う。
「そのままでいて……いいわね」
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