星見草の枷(3)
「そういえば、ようやく彼らの仕事場の場所を突き止めました」
パイを一切れ食べ終えたサリクスが告げた。
ようやくなどと言ったが、調査を始めて五日しか経っていない。事前にある程度の目星がついていたとはいえ早い発見だった。
ダグマルが頭を下げた。
「ありがとうございます」
「これからが本番ですよ」
「ですね」
「しかし、わたしが言うのも妙な話ですが、女の子三人で組織犯がいるかもしれない場所に乗り込むというのも、いささか不用心だと思います」
「女の子三人?」エルラは芝居がかった大きな動きで首を傾げてみせた。「ダグマルちゃんは男の子だけど」
エルラの言葉に、サリクスとダグマルは驚いた。
サリクスは自身が知らなかった事実を知った衝撃と、その内容の意外さへの驚き。一方、ダグマルは秘密が破られたことへの怖気混じりの驚きだった。
二人とも「え?」と、エルラを見たまま固まっている。その視線は「なぜ」と問いを投げていた。
「なんでって、わたしはそういうのわかるのよ。わたしに言わせれば、なんで気付かないのかって思うわ。今回以外にも何度か会っているのに」
「いつから?」
絞り出すように、恐る恐るダグマルが尋ねた。
その疑問にエルラは軽い口調で答えた。
「初めて会ったとき」
「え?」
「まあ、誰にでも他人に言えない事情はあるものです。詮索はしませんよ、いまは」
「ううぅ」
恥ずかしそうにしているダグマルから、サリクスは視線を外した。
しかし聖女とはどういう選定基準なのか、とサリクスの頭に疑問が浮かんだ。「処刑隊」でなく「聖女隊」に配属されているからには、教会の人事関係者や聖遺物にはダグマルは〝少女〟として認識されていることになる。
それはそうと、
サリクスはエルラへ顔を寄せ、声を抑えて言った。
「なんで、わざわざ本人がいる前で言ったんですか?」
「だって、ほら、可愛いでしょう?」
「そうやって、相手が男と見るや悪戯心を出すのは行儀がよくないって言ってますよね? 仕事に影響が出たら――」
「大丈夫です。いつか言うべきことだと考えていたので……。むしろありがとうございます、切り出し方に悩まなくてよくなりました」
慰めのつもりか、エルラは残りのパイが載った皿をダグマルへ差し出した。ダグマルは小さく頭を下げると、皿を寄せ、パイへジャムと蜂蜜をかけた。
エルラは幼子を見守るように、目を細め、ダグマルの様子を見ている。ダグマルがパイを食べ始めたのを見てから、エルラは口を開いた。
「それはそうと、こっちは犯人の目星がついたわ」
あなたが余計なことを言うから話が逸れたじゃない、と言いたげにサリクスを一瞥する。元を辿れば自分が話の腰を折ったのだが、それを見なかったことにして言う。
溜息を吐きそうになるのを堪え、サリクスは頷いた。言ってみろと、顎で示す。
「墓守をしてるっていう兄妹が怪しい。妹を町で見かけたのだけど、術師っぽい匂いだった。それと、結構ヤってる感じしたわ。サリュと似た匂い」
二人――リリとダグマルからは共感を得られなかったけど、と不満げに呟いた。
ダグマルが、パイを頬張りながら、チラと顔を上げた。
「兄のほうはわからないけど、都会の学校へ行ってたとかで頭がいいらしいわ。学者っぽいって話だったから、こっちも術師かも」
「ああ、なるほど。だとすると、うまく組み立てられますね」
「なにが?」
「墓荒らしや葬儀の前に遺体が盗まれたり傷つけられたりということが、ここ二、三年で何件か起こっているという話を聞きました。墓守であれば、守護霊の目を誤魔化すことは、部外者に比べればずっと簡単になります。――それに、突き止めた誘拐犯の仕事場があるのは、現存する間取り図には載っていない城の地下遺構の一部なんです。城を起点に町周辺に地下道が巡っているという伝説があって、出入口をいままで発見できずにいたらしいですが、今回、下流の川沿いの崖に人の踏み入ったような形跡を見つけました。術的な方法、それもかなり巧妙な方法で洞窟を隠してありました。例の兄妹が術師であり、そしてまた城主の一族と関係があるというのが事実だとすれば、まあまあ合点がいくかなと」
サリクスにとっては、誰がやったか、にはこの際興味はない。
とはいえ、エルラが「結構ヤってる感じ」と言うからには、それなりに殺し慣れた武闘派が相手なのだろうと見積もりは立てられる。欲をいえば、一日早くその情報があれば、件の兄妹の素性を詳しく調べられたかもしれない。
「じゃあ、もうちょっと調べてみるわ」
「いえ、その必要はないです。明朝には踏み込もうと思います、準備を怠らないようにしておいて」
「明日なの? それにしても朝? 夜襲が有利みたいな話を聞いたことがあるのだけど」
リリとダグマルも明日の朝に突入と聞いて、急だね、と反応を示した。早ければ早いほどよいと考えていたダグマルだったが、いざ明朝とセッティングされると緊張を隠せなかった。
「それは戦争の一局面での話です。今回のように敵地の情報が少ない状況で採れる作戦ではありません」
「猫に様子見させればいいじゃない」
「しましたよ、もちろん。ですが、すぐ崩れてしまいました。どうやら魔力を散らす陣や結界の類が布かれているようです」
〈影〉の猫が結界に触れ崩壊したということは、敵に侵入者の存在を気取られたと考えたほうがよい。仕掛けた網の手応えを気に留めない者はいない。自分が同種の結界を張るなら警報も実装する、ともサリクスは考えた。
サリクスは、自分のミスへ敵が対策する前にさっさと殴り倒してしまったほうが面倒が少ないだろう、と見積もった。
「あまり認めたくはないのですが、殴り込みを急ぐのはわたしがミスしたかもしれないからです」
「ふーん。サリュは敵が逃げちゃうと思ってるの?」
「守りを固められたら面倒だと思って」
「そのほうが暴れがいがあるじゃない」
「それは慰めてるんですか、それとも素?」
「どちらも、よ」
「はぁ……」
『ふふっ、あははは』
突然、リリが笑い声をあげた。二人のやりとりを聞いて、思わず笑ってしまった。
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