星見草の枷(2)
「それで、今日の仕事はどんななの?」
流れる景色を頬杖をついて眺めながら、エルラが言った。
任務地へ向かう鉄道の個室車両の中でのことだった。エルラの向かいにはサリクスが、エルラの隣にはダグマルが座っている。サリクスの横の空席には〈リリ〉が他の荷物と一緒に立ててある。
エルラはサリクスから「仕事で遠出する」とだけを告げられ、連れられるままに車両に乗り込んだ経緯があるからだった。ダグマルが同行することでさえ、駅に到着してから知った。どのみち詳細な内容を知ったところで、エルラには狩人協会の仕事において事前に整えておく準備も装備もほとんどないのだが。
エルラはまだ、仕事の主導権を握る立場にはなかった。不満にも思えるが、半年かそこらでは経験不足もいいところだ。
だとしても、自分の知らぬ場所で話が進んでいることへの寂しさと不満はあるので、エルラは気障な態度で尋ねたのだった。
「えっと」緊張気味にダグマルが答える。「教会が支援している孤児院があるんですけど、その孤児院の子たちが何人か行方不明になっていて、状況から人攫いだとみられているんです。曖昧な証言しかないんですけど、攫われたところを見たって言う子もいて」
目撃者は離れた所で見ていたにすぎなかったが、それでも幼年には恐怖の体験だったらしく、心に傷を負い、寝室に籠るようになってしまったのだという。
「ということは、誘拐の調査?」
「そうなりますが、事態はもう少し深刻です。孤児院からいなくなったのは全員イラカシュの子供のようで、人身・臓器売買と関係あるのではないかと考えているようです」
『子供の人身売買……』
リリが反芻した。ダグマルの表情が曇った。
「ええ。イラカシュの角や臓器などが不正に取引されるのは度々確認されてはいましたが、ここ数年で件数が急増しています。事件性のあるイラカシュの行方不明者が昨年頃から不自然に増えているという報告もあります。それを踏まえて何らかの組織が裏にいることは国も協会も、ほとんど確信しています」
個室車は、ちょっとした秘密の話をするにはうってつけだった。角のせいで二席分の料金を払うケースが多いサリクスにとっては一室分の料金で済むのも魅力の一つだ。
「それで、魔ぞ――イラカシュの身体はそうまでして売り買いする価値があるの? 角は売れそうだけど、それくらいよね? だいたいイラカシュがいくら死のうが、どうもないでしょ」
エルラは、サリクスの教育のかいあって、サリクスとアザリエ以外のイラカシュには思い入れがない。差別心とまではいかないが、仕事でなければ可能な限り関わりたくなかった。
そうしたエルラの心持ちと〈冬霊〉ユーレアツィヴティケネテスとの関係を知っているダグマルは、多少の失言は受け流すことにしていた。
エルラの問いにサリクスが答える。
「イラカシュの肉や内臓、特に心臓や肝臓、骨髄は薬になるとされています。もちろん明確な根拠はありません。効いたという伝承はありますが、それは思い込みか、一緒に摂った別の生薬が効いたか、はたまた食べた人が極端な栄養不足だっただけでしょう。血肉に含まれる魔力量が多いのは事実ですが、死後急速に失われますし、経口での魔力補充を目的にするには十分な濃度とはいえません」
生きたまま食べなければ効果は薄いだろうと、さらっと怖いことを言い足した。それを聞いたダグマルは胃のあたりに不快感を覚え、両手で口を押さえた。振り払うように、車外の景色へ視線を移す。
民間療法の生薬の中には人体由来のものも多く存在していた。とりわけ魔族――イラカシュの肉体は、人間のものよりも強力な効果が得られると信じられてきた。魔族は術の名手だという伝承を根拠に、特別な力が宿っていると考えられた。ヒトもイラカシュも自然の摂理からすれば動物の一種であるからには、その血肉に含まれる物質がなんらかの作用を示すこともあるだろう。しかし、薬用とするにはあまりにも未解明で、呪術的見地から抜け出せていない。胡散臭い民間療法医や現代呪術師ですら過半が否定的なほどだ。それを生業としない者、つまりは民衆によって意味が維持されている節がある。
「そして、ヒトにはない器官、つまりは角も当然、重宝されました。薬として、あるいは呪術的な装飾品として」
古来より、戦いの折には肉体の一部が戦果を示すものとして用いられてきた。当然、魔族の角はトロフィーとして十分過ぎるほど機能する。生首などの肉体の一部に比べれば、いくらか〝お上品〟でもある。首狩りが廃れていくなかで、イラカシュの角は、動物の角と同種だが、それらよりも上等な工芸材や生薬として扱われることが多くなっていった。
強い種族の力をその骨肉と同化することで己の身に宿したい、といった思想が根底にはあったが、いまとなってはそういった畏怖や敬意は失われたといえる。
「また、角は術の素材や触媒として優れているといわれています。実際、魔力の通りはよい傾向にありますが、他の材を外してまで選ぶほどの優位性はありません。術者本人が本人の幼角を杖に用いるケースは別ですが」サリクスは淡々と告げる。「なので、ほとんどは美術的価値や古典的な生薬用途になりますね」
エルラは、ふーん、と生返事を、リリは「人って残酷ね」と訳知り声で呟いた。その横でダグマルは深刻そうな面持ちで頷いている。孤児院は教会の身内でもあり、ある意味ではダグマルはこのメンバーの中では一番の関係者だった。行方知れずの子供たちが〝商品〟になっている可能性をどうしても思い浮かべてしまう。
「いまのレフ共和国やエレンスィスラにあたる国では、かつて国家主導で素材目的の魔族狩りが行われていたこともあります。もう五百年近く昔の話ですが……」
歴史的にもレフ共和国、エレンスィスラとその関係国にとっては後ろ暗い闇の歴史の一つだ。もっとも、その年代は世界的に暗黒時代だったといわれている。レフ共和国、エレンスィスラはその領土は海に接している。押し寄せる波を食い止めるため、なりふり構っていられなかった時代だったともいえる。魔族狩りもその多くは、強制徴募によって文字通りその身のすべてを捧げさせられた、といったほうが実態に近い。だとしても、本人の意思を無視した徴用が行われていたことには変わりないし、死後にはその遺体が利用されたのも事実だ。それ抜きにしても、素材目的の誘拐や殺人が横行していた時代でもあった。
「現在はそのようなことは公然とは行われていませんが、一部の地域では民間療法や迷信として残っています。東方では、極一部の地域に限って刑死者を中心に合法的に角や肉、臓器が売られているという話も聞いたことがあります」
およそ二十年前のクルツェヴィルク継承内戦においても多数の戦死者、被災者の遺体が地下販路で商品となって流通していた。クルツェヴィルクの国体が存続していれば、新たな戦争の火種になるレベルで非情な内容の取引があったとされている。
サリクスの言葉は、暗にこれから訪れる場所は多少なりとも凄惨な現場なのだと告げていた。
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