旱天の雨(3)
案内された居室には、二人の人物がいた。
見るからに腕っぷしの強そうな禿頭の男性と、温和で優しげな空気を纏う髪色の明るい女性。
エルラが記憶を探る前に、男が感極まった様子で両腕を広げ跳びかからんとした。思わず後退るエルラ。角の少女が間に入る。
バチ、と音がし、男は膝から崩れ落ちた。
女がニコニコとしながら、小さな杖を男へ向けていた。
「あなたはすぐ、そうやって考えなしに動く。悪い癖だわ。いつになったら直るのかしら」
「そういうお前はすぐ人に電撃を撃つじゃないか。それも悪い癖だ……」
言うなり、男は倒れ伏した。
「えっと――」
「この人たちはいつもこうです」
少女はそう言い、困惑するエルラを質素なソファーへ座るよう促した。
エルラは、端の方に控えめに座り、膝の上に柄が乗るように〈リリ〉を横たえた。
ポットから茶をカップへ注ぎ、テーブルに置く少女。座らずに傍らで立っている。
「目を覚ましてよかったわ」
女が言った。
「でも、妹が……」
『わたしのことは気にしないで』
「死んでいないのなら、どうにかできるはずよ。お父様のことは残念だったけれど、あなたたち二人が生きていてくれて、わたしは嬉しいわ」
そうそう、と相槌を打つリリ。納得いかない、受け入れがたい、といった様子だが、頷くエルラ。
「ね、エルラちゃん、いじわるするみたいで悪いけど、わたしたちは誰だかわかるかしら? 最後に会ったときはまだちっちゃかった頃だから、覚えてないかな。でも、覚えてなくても、責めたりはしないわ。幼いときに何分か会っただけの大人のこと、ましてや名前なんて覚えてるほうがすごいもの」
「えっと、マルレーナおばさんにアルフレートおじさん、で合ってますか?」
おぼろげな記憶から、心当たりを探り当てる。もっとも候補は少なく、はじめから正答しかないような問題。
アルフレートとマルレーナ。
二人は夫婦で、エルラの父親の古くからの友人。アルフレートは凄腕のマモノ狩人、マルレーナも高名な術師らしいということはエルラも覚えていた。
エルラの答えを聞き、表情を一段階明るくさせ、マルレーナは頷いた。
「ほほう、すごいじゃないか。覚えていてくれて嬉しいよ」
アルフレートが起き上がりながら言った。何事もなかったように立ち上がり、マルレーナの横に腰を掛ける。
「大丈夫、なの?」
「なに心配は要らない。こいつの電撃は健康にいいんだ」
あらあらと満更でもなさげなマルレーナ。
はは、と、たまらず苦笑いするエルラ。
「それで、あの、あの魔、いや、あの人は誰なの?」
部屋の隅で壁に寄りかかり、パイプを吹かす少女を見、目が覚めてからの疑問の一つを尋ねた。
「サリクス」
角の少女が言った。
「わたしのことはどうでもいいでしょう? 皆さん、お互いに聞きたいことがあるでしょう、話を進めてください」
「サリクスちゃん、あなた無関係だって顔してるけど――」
「弟子は身内、でしょ。わかってます。ですが、彼女への説明は自分がするってお二人が言ったんですからね」
「手厳しい」
アルフレートが首の後ろを触りながら言った。一つ一つの動きが大きい男。エルラのおぼろげな記憶通りの人物。
「あの、説明って……」
「エルラ、お前は村が襲われた日のことをどこまで覚えている?」
「それってどういう」
「あー違う、疑っているわけではないんだ。簡単な話はリリからも聞いている。だからお前からも話を聞いて、二人の話と俺たちが現地で調べた内容とに大きな差がないかを確かめたいだけだ。狩人の協会へ報告する必要があるんでな」
「それとあなたたち二人のこれからのことも、ね」
エルラは二人に、自分が知っていること、見たことを話した。
思い返し、語るうち、恐怖と痛みが湧き上がってくる。必死さのあまりに置き去りにしてきた感覚が、遅れてやってきた。
流れ弾の中った左足、噛み砕かれた右腕、マモノの体重と熱、凍てつく冬、差し迫る死の感覚、身体の芯に残る冬の熱さ。それらが現実感を帯びて、エルラに襲いかかった。
話終える頃には、エルラは嗚咽と涙に塗れていた。
アルフレートとマルレーナは、エルラが落ち着くまで、何も言わずにただ見守り続けた。
「すいません、もう大丈夫……」
鼻を啜りながら、エルラは顔を上げ、言った。
サリクスが無言でハンカチを手渡す。
涙を拭き、洟をかむ。汚れたハンカチをどうしようか、鼻を覆い、かむ仕草を続けながら窺う。
察したサリクスが自分に寄越すように促した。エルラはサリクスにハンカチを返す。
「あの……村はどうなったの?」
エルラはおずおずと尋ねた。
「……」アルフレートは逡巡するかのような数拍の沈黙ののち、口を開く。「生き残ったのは、お前たちだけだ。みんなマモノにやられた」
「そう……」
それ自体は察しがついていた。しかし、予想していたよりもずっと、心は動かなかった。
「村を襲ったマモノも、おそらく全部死んだ。俺たちが着いた時には何体かが村の外へ移動していたが、そいつらは足跡と魔力を追って生死を確認して、生きているヤツがいたら倒しておいた。ほとんどは俺たちがどうこうするよりも前に死んでいたが」
村人たちの攻撃で多くのマモノは傷を負い、死んでいた。
エルラの中で、熱が引いていく。脱力感。もし生き残りがいたらトドメを刺しにいこうと思っていた、その気持ちが薄らいでいく。
「今回の襲撃にはおかしな点がある。一つは謎の魔族の痕跡。そしてもう一つは群れとして不自然だということだ。この群れには若い個体が多く見受けられた。できて間もない群れだ。それ自体は別におかしくもなんともないんだが、群れを束ねるリーダーらしき個体がいくら探しても見つからない。この種のマモノはわかりやすい長がいるものなんだ。それがいないとなると、特殊なリーダーがいたと考えるのが筋になる。状況からみるに、例の魔族が指令役だと考えられる。マモノを操る術は存在するしな」
「ただ、術の専門家から言わせてもらうと、今回のマモノは操られたものではないと思うわ。術の痕跡がなかったもの。使役の術式は、想像以上に複雑なの。痕跡も残さず扱えたのなら、それは天才」
ほう、と口を開けたまま、話を聞くエルラ。
「村をマモノの群れが襲い、村は壊滅したが、村人の必死の抵抗によって群れも全滅。生存者は無し。マモノの動きとの関連は不明だが、手配中の魔族と思われる魔力反応有り。協会への報告は、大体こんなものだ」
「あなたたちは、表向きは死んだことになるわ。嫌だと言うなら、嘘偽りなく報告することになるけれど、そうなったら、どうなるでしょうね。上位魔族の眷属化だっていまじゃ珍しいことだし、人格を保ったまま人が剣に姿を変えるなんて前例のないことよ。研究室の檻の中で一生を過ごすことになるわ、きっと。それは嫌よね?」
「うん――」
『困る』
「そうよね。そして、これからが本題」
意味ありげにウインクしたあと、アルフレートの肩を叩く。
アルフレートが、言い出しにくそうに言う。
「それで、お前たちが遭遇した魔族だが……」
言葉を止め、サリクスを見る。
「なに? 魔族のことは同族から説明しろと? 別に構いませんが」
そういうわけではない、と言いかけるアルフレートを制し、サリクスは説明を始めた。
「残された魔力の痕跡を照合した結果、あなたが出会った魔族は、おそらく、いえほぼ確定といってもいい――ユーレアツィヴティケネテスという魔族です」
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