周りをよく見る

 市場から帰ると、水車のそばでレミーとバルカロールが舟を繋いでいるところだった。


「やあ、これはいい舟だ」


 レミーが用意した明かりは、ランタンいっぱいに詰めた光るキノコだった。


「あんたといえば食べ物だからね」と、レミー。


 バルカロールが作った舟はいい匂いのする木でできていた。


「あんたは香りにもうるさいからね」と、バルカロール。


 彼らはしゅんと項垂れて、手をもじもじさせた。


「まさかサルヴァドールが先に旅立ってしまうなんて」


「明日からは誰が料理を作るんだい?」


 すると、サルヴァドールが丸メガネをくいっと持ち上げた。


「大丈夫、どこかのシェフが流れ着くさ。川守っていうのは、そういうものだろう?」


 レミーとバルカロールは顔を見合わせ、ぎこちなく微笑み、同時に言う。


「そうだけど、でもさびしいな」


「さびしいことはないさ。巡りめぐってみんな同じ道をいくんだもの」


 そしてサルヴァドールはこう尋ねる。


「ところで、君たちがたそがれのひと皿を食べるとしたらなんにする?」


 レミーが即答する。


「僕はなんといってもチーズだね! あれ以上の食べ物はないよ!」


 バルカロールは「ううん」と唸ってから言った。


「俺も一番好きなライ麦パンと言いたいところだけど、でも、一度でいいからクロワッサンを食べてみたいな。あれは手間がかかるから作ったことがなかったけれど」


 すると、サルヴァドールが黒い翼を震わせて笑った。目をまん丸にしたレミーたちに、彼は言う。


「私が幸せを追いかけることがないって? 何もわかってないのは街のみんなのほうだ。それにひきかえ、ヨナじいさんはたいしたものさ。よく周りを見ろとは恐れ入った」


 丸メガネの奥にある目は、凛とした光をたたえていた。


「私のたそがれのひと皿は、決まったよ」

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