第24話

 宇宙暦SE四五二五年五月三十日、標準時間一二〇〇。


 クリフォードは旗艦艦長のバートラムと共に艦内を巡ろうと最下層のJデッキに来ていた。

 格納庫で搭載艇の整備状況を確認していると、ベテランの掌帆手が近づいてきた。


掌帆手ボースンズメイトのマーク・ハンセン一等兵曹です。例の件で少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか、准将サー


 小声で告げたことにクリフォードは驚きを隠しながら、明るい声で対応する。


「この前、頼んでおいた消耗品のことだな。司令官用の倉庫で話をしようか」


 そういうとバートラムにも目配せを送る。


「特別料理の件ですか。准将の用意される料理は美味いですから、問題ないことを祈っていますよ。ハンセン、頼んだぞ」


 そう言って離れていく。

 倉庫に入ったところでクリフォードは真面目な表情に変えた。


「フォックスから連絡が入ったのか?」


はい、准将イエッサー。エクセターで怪しい動きがあるようです」


「怪しい動きか……具体的に聞いているか?」


 ハンセンは小さく首を横に振る。


いいえ、准将ノーサー。まずは准将に連絡してくれと……」


「ここからフォックスに直接連絡は取れるか?」


はい、准将イエッサー。ちょっとだけ待ってもらえますか」


 そういうと、倉庫にある管理用コンソールに自身のメンテナンスキットを接続する。クリフォードはできるだけ見ないように目を逸らしていた。


 ハンセンはクリフォードが下士官たちの秘密通信システムを見ないようにしていることに驚いたが、すぐに意図に気づき、満足そうな表情で操作を始めた。


「気を使わせてすんません。もう大丈夫でさぁ。何を聞いたらいいですか?」


 普段のメニュー画面が消え、テキスト画面に切り替わっていた。


「そうだな。まずは何が起きそうか聞いてくれ。できるだけ具体的に」


 ハンセンがメンテナンスキットに入力すると、画面に文字が流れていく。


戦闘指揮所CICを制圧する気のようですぜ。閃光手榴弾フラッシュバンを用意しているらしいとのことです。どうしますか?」


 その言葉にクリフォードは驚くが、表情に出すことなく、質問を続ける。


「関与している者は把握しているか?」


「実行するのは三名。他にはいないそうです。どうやら反対する奴が多くて人数が集まらなかったみたいですね」


 ハンセンは操作しながら答えていく。


「他の艦の状況が分かれば聞いてほしい」


「ケント、ウエイマス、ヤーマス、チャタム、スパーク、アケロンの六隻でも動きがあるらしいです。ただ閃光手榴弾フラッシュバンはないみたいです。旗艦で何か起きたら、CICで艦長に要求を突きつけるつもりのようです……これってヤバくないっすか」


 フレーザー戦隊では旗艦エクセター225で反乱計画があり、更に重巡一隻と軽巡三隻、駆逐艦二隻でそれに追従する動きが見られる。そのため、ハンセンは表情を強張らせていた。


「確かに危険な状況だ。少しだけフォックスに待つよう伝えてくれ」


 それだけ言うと、クリフォードは第一特務戦隊のエルマー・マイヤーズ少将に連絡を入れる。個人用の回線であり、マイヤーズは何かが起きたと直感する。


『何があった?』


「エクセターで反乱の兆候があるようです。他にもケント、ウエイマス、ヤーマス、チャタム、スパーク、アケロンでも同調する動きが見られます」


 マイヤーズは『このタイミングでか』と呟き、一瞬だけ目を見開くが、すぐにクリフォードの考えを確認する。


『小惑星帯に入る前の戦闘配置で少将と旗艦艦長を拘束するつもりのようだな。クリフ、君の考えを聞かせてくれ』


「幸い少人数のようですので制圧は容易でしょう。ですが、フレーザー少将やレヴィ大佐が高圧的に出る可能性があります。その場合、国王陛下の演説で反乱にためらった者たちが反発するかもしれません」


『それはあり得るな』


「ですので、穏便に収めるため、実行役のIDを一時的に無効化し、兵員区画メスデッキから出られないように細工した上で、下士官たちに対処させましょう。我々はこの件に関して何も知らなかったとすれば、下士官たちも反発はしないでしょう」


『見なかったことにするのか……』


 生真面目なマイヤーズは反乱を見逃すということにためらいを見せる。


「今は国王陛下の安全が最優先です。それにこのタイミングというのが気になります。もし彼らの計画通りなら、小惑星帯の直前で独立戦隊の旗艦が無力化され、戦隊に大きな混乱が起きたでしょう。万が一これがゾンファや帝国の策略であったなら、これに合わせて攻撃を仕掛けてきます。そちらに対応することを優先すべきと考えます」


 クリフォードはこのタイミングで下士官が反乱を起こそうとしたことに疑念を持った。

 戦闘配置に合わせるなら、ジャンプアウトの直前の方がいい。計画通りに動くだけであり、他の艦からの干渉がない分、成功率が高いためだ。


『なるほど。その可能性はあるな……分かった。私も今は何も聞かなかったことにする。但し、すべてが終わった後には必ず真相を明らかにして適正な処分を行う。それだけは伝えておいてくれ』


了解しました、少将アイアイサー。私もそうすべきだと思っています」


 通信を切ると、ハンセンを通じてフォックスに命令を送る。


「実行役のIDを無効化して兵員区画メスデッキから出られないようにしてくれ。その上で君たちのやり方で収めてくれればいい」


「それでいいんですか?」


 ハンセンは驚いて聞き返す。


「もちろんすべてが終わった後には軍規に従って適正に処分する。だが、この後、敵の通商破壊艦が襲撃してくるかもしれない。敵との戦闘が考えられる中、戦隊に混乱を生じさせたくない」


わ、分かりました、准将ア、アイアイサー。その旨をガイに伝えます」


「よろしく頼む」


 それだけ言うと、クリフォードは倉庫から出ていった。

 残されたハンセンは大ごとになったと困惑する。


(准将がああ言うってことは、襲撃は必ずある。つまり、今回反乱を起こそうとした奴は敵の策略に乗ったか、乗せられたということだな。俺も上のやり方に納得はできんが、陛下を敵に売るようなことは絶対に認められん。これは皆に伝えなければならんな……)


 エクセター225の掌帆長ボースンであるガイ・フォックス上級兵曹長は、ハンセンからの連絡を受けると、すぐに動き始めた。

 彼は信頼できる掌帆手たちを密かに集める。


「准将は俺たちに任せてくれた。それも敵の襲撃があるかもしれん大事な時にだ。この信頼に俺たちも応えなくちゃならん」


 その言葉に下士官たちも力強く頷いている。


「ゴードンたちのIDを一時的に無効化しろ。手段は問わん。もし士官に気づかれたら、一時的なエラーだと答えておけ。その上で奴らを説得する。聞かないようなら閃光手榴弾フラッシュバンを艦に持ち込んだと副長に告げて、営倉に放り込んでもらえ……」


 他の艦でも准士官が中心となって反乱に加わろうとした下士官を無力化していった。

 ゴードン・モービー一等兵曹以外は元々乗り気ではなかったため、計画が漏れたと知るとすぐに大人しく従った。


 その下士官たちから計画を聞くと、歩哨である宙兵隊員を麻痺銃パラライズガンで無力化してCICに入り、閃光手榴弾を使うという強引なものだった。


 更に聞き取っていくと、当初の計画では超光速航行FTL中に閃光手榴弾をCICに隠しておく予定だったが、警備が厳しくなったため、計画を変更したとのことだった。


「これじゃ完全に反乱だ。こんなものに加担したら銃殺刑は免れんぞ」


 フォックスの言葉を受け、下士官たちの顔から血の気が引いていく。

 モービーは洗脳が効いているため、抵抗した。そのため、隠し持っていた閃光手榴弾を証拠として副長に突き出す。


「ゴードンの野郎がけんかで負けた腹いせにこいつを使おうとしたんでさ。さすがにまずいと思って縛り上げました」


 副長はけんかで武器を持ち出すとは思っておらず、頭を抱えるが、すぐに営倉に収容するように命じる。


「超空間に入るまで営倉に放り込んでおけ。艦長には私から報告しておく」


 こうして反乱は未然に防がれた。


 ちなみに警備の強化はウィルフレッド・フォークナー中将がエクセター225の宙兵隊の指揮官に示唆したことだ。フォークナーはモービーたちを焚きつけつつも、反乱を防ぐために手を打ったのだ。


 しかし、あまりにも中途半端な対応だった。歩哨に立つ宙兵隊員は反乱が起きるとは全く思っておらず、もしモービーたちが計画を実行していれば、防ぐことはできなかっただろう。


 その後、ハンセンがクリフォードの話を広めると、下士官たちはやる気を見せる。


「“崖っぷちクリフエッジ”の大将に借りができたな」


「さすがは俺たちのことをよく分かっている。あの人なら俺たちのことも考えてくれるはずだ」


 その後、小惑星帯に入る前に戦闘配置が命じられた。

 キャメロット星系では不満をぶちまけていた下士官たちだったが、今はやる気に満ちた表情で準備を行っていた。

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