第23話

 宇宙暦SE四五二五年五月三十日、標準時間〇三〇〇。


 国王エドワード八世を守る護衛戦隊はキャメロット星系の隣、シビル星系に到着した。


 シビル星系はオレンジ色の光を放つK2V型恒星シビルを主星とし、エネルギー源となる木星型の巨大ガス惑星ガスジャイアントを持つ。


 しかし、テラフォーミング化に適した惑星がなく、最も開発に積極的であった第一帝政時代の銀河帝国ですら、航路としての価値しかないとして放置した星系である。


 護衛戦隊の指揮官、第一特務戦隊のエルマー・マイヤーズ少将は各戦隊司令に命令を発した。


「各戦隊は五kGにて最大戦速〇・二光速まで加速せよ。フレーザー少将麾下の第十一艦隊独立戦隊は第一特務戦隊の前方十光秒に展開し索敵を行え。コリングウッド准将麾下の第二特務戦隊は第一特務戦隊の〇・一光秒前方に位置し、ステルスミサイルによる奇襲に警戒せよ」


 その命令に従い、各艦が展開していく。

 国王護衛戦隊に先立ってジャンプアウトしていたフレーザー戦隊がもたついているものの、高機動艦で構成されているため、鋭い航跡を残しながら所定の位置についていく。


 加速を開始すると、前方を行く商船よりやや左舷側に針路を向けていた。

 これは経済的に最適な通常航路上に巨大ガス惑星のトロヤ群があり、小惑星が多く存在するため、通商破壊艦の待ち伏せを懸念したためだ。


 加速を開始するとシフト体制に切り替わる。

 これは目的地であるイオーラスジャンプポイントJPまで三百光分もの距離があり、最大戦速で移動したとしても三十時間以上掛かるためだ。


 第二特務戦隊の旗艦フロビッシャー772の戦闘指揮所CICでも総員が配置につく戦闘配置からシフト体制に移るため、引継ぎが行われている。


「見た目だけなら平和そのものですね」


 副官であるヴァレンタイン・ホルボーン少佐がクリフォードに話し掛けた。


「そうだな。通商破壊艦がJPで待ち伏せていると思ったのだが、ここではなかったようだな」


 クリフォードは先行している商船のいずれかが通商破壊艦であり、ジャンプポイントで待ち伏せされる可能性が高いと考えていた。


 これはジャンプポイントの大きさが直径三光秒程度しかなく、通商破壊艦の主砲の射程内であり、確実に攻撃できるためだ。


 また、ジャンプポイントには情報通報艦と呼ばれる非武装の連絡艦と監視衛星が配置されているだけで、五隻前後の通商破壊艦戦隊でも充分に制圧が可能であり、奇襲を仕掛ける最適の場所と言える。


 今回はフレーザー戦隊が第一特務戦隊と第二特務戦隊の十分前にジャンプアウトし、敵を排除する計画であった。フレーザー戦隊は重巡航艦二隻を含む十七隻の戦隊であり、ジャンプアウト直後に奇襲を受けることを考慮しても、十隻程度の通商破壊艦なら充分に対処できるためだ。


 しかし、その策は敵がいなかったことから空振りに終わった。

 そのため、レイモンド・フレーザー少将は提案を行ったクリフォードと採用したマイヤーズに嫌味を言っている。


『このような配慮は不要と思っていたが、小官の方が正しかったようだな。慎重になることは必要だが、見えない敵に怯えて戦力を分散することはいかがなものかと思うが』


 マイヤーズはその嫌味を意に介することなかった。


『敵がどれほどの戦力であり、どのような戦術を使ってくるか分からない状況だ。国王陛下の安全を最優先するという観点で言えば、慎重すぎるということはあり得ない。今後も同様に対処する予定である』


 クリフォードはマイヤーズの考えに全面的に賛成だが、ここで何か言えばフレーザーが反発するため無言を貫いている。


「ヴァルならどこで待ち伏せる?」


 クリフォードの質問にホルボーンは即座に答えた。


「この星系で待ち伏せるなら、小惑星帯ですね。小惑星帯を避ければ大きく迂回する必要がありますから、通ることは間違いないですから。ただ、私ならここで奇襲は仕掛けません」


「それはどうしてかな?」


「通商破壊艦の加速性能では攻撃チャンスは一度あるかないかです。敵味方識別装置IFFの信号を追尾トレースすれば、航路はある程度想定できますが、待ち伏せているところから三十光秒もずれていたら、奇襲効果を無視して強襲するか、諦めるかの二択しかないですから」


 IFFは星系内では常に発信しているため、それを追尾することで、航路はある程度想定できる。しかし、戦闘艦のように高速で航行する場合、僅かな角度でも針路を変更すれば、大きな誤差となる。


 一方、通商破壊艦は商船を改造したものか、商船に偽装したもので、通常の軍艦に比べ加速性能に劣る。二百万トン級商船改造型の場合、最大でも三kGの加速力しか持たないため、三十光秒離れると、主砲の射程内である十五光秒以内に捉えるためには十分近い加速が必要だ。


 重要なことは、ステルス性は星間物質との相対速度が大きいほど、そして加速度が大きいほど損なわれやすい。そのため、最大加速を行えば、自らの姿を晒すことになり、奇襲とはなり得ない。


「私もそう思う。だからJP出口での待ち伏せの可能性が高いと思ったのだが……この星系では襲撃せず、この先で狙ってくるつもりなのかもしれないな」


 そう言いながらもクリフォードはこの星系での襲撃の可能性が高いと考えていた。

 その理由は時間を掛ければ掛けるほど、目標以外の戦闘艦と遭遇するなどの不確定要素が大きくなるためだ。


 通常の通商破壊作戦であれば、目標を変えればいいだけだが、国王の座乗艦が目標であると仮定すれば、変更はあり得ない。


 もし何らかのトラブルで攻撃の機会を失えば、速度の関係で追いつくことは至難の業であり、目的を達し得なくなる。それを防ぐためには確実に攻撃できる一つ目の星系、つまりここシビル星系で攻撃を仕掛けてくると考えていたのだ。


「小惑星帯だとすれば、距離は百二十光分か。ゆっくり休む時間はあるな」


 キャメロットJPから小惑星帯までは百二十光分、最大戦速で移動しても十時間だ。

 クリフォードはCICを出ると司令官室に向かった。


 九時間後の標準時間一二〇〇にクリフォードは司令官室を出た。そこで隣にある艦長室から出てきたバートラムと顔を合わせた。


「バートも同じ考えか」


「では、准将も?」


 そう言って笑い合う。

 二人とも三十分ほど艦内を回るつもりで自室を出たのだが、それが偶然同じタイミングだったためだ。


「下から回っていきますか」


「そうだな。Jデッキで掌帆手ボースンズメイトたちが搭載艇の確認をしているだろうから見に行くか」


 キャヴァンディッシュ級軽巡航艦であるフロビッシャー772は十層の甲板デッキがある。最下層はJデッキで搭載艇がある格納庫や倉庫、機関室の一部があった。


 小惑星帯に入るということで搭載艇である大型艇ランチのアウルや雑用艇ジョリーボートであるマグパイを使用する可能性があるため、再確認が行われている。


 格納庫に入ると、掌帆手や技術兵テックが搭載艇の整備を行っていた。二人に気づき、敬礼するため、クリフォードは笑顔でそれに応える。


「我々に気にすることなく、仕事を続けてくれ。まあ、私はともかく、艦長のチェックは厳しいから気楽にというわけにはいかないだろうがな」


「俺のチェックなんて誰も気にしませんよ。全部副長ナンバーワンがやってくれますからね」


 その言葉にクリフォードは笑顔で大きく頷く。


「確かにそうだな。この艦はカーンズ少佐で成り立っている。少佐が転属になったらどうしようかと考えるほどだ」


 ガブリエル・カーンズ少佐は有能な副長で、バートラムに代わり戦隊全体の補給物資の管理を行っている。


 また、ゾンファの通商破壊艦と帝国の哨戒艦隊の襲撃を受けたソーン星系での戦いでは、大きな損傷を負いながらも的確なダメージコントロールによって撃沈を免れるなど、戦闘でも活躍していた。


「そりゃないですよ、准将」


 そんな会話をしていると、下士官や兵が楽しげに見ている。

 そんな中、一人のベテラン掌帆手がクリフォードに近づいてきた。

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