第21話

 宇宙暦SE四五二五年五月二十三日。


 国王が出港する一時間ほど前、自由星系国家連合FSUのロンバルディア連合船籍の商船団が動き始めた。

 その数は六隻で、すべてヤシマ製の二百万トン級商船だ。


 もっともFSUの商船のほとんどがヤシマ製であり、その中でも二百万トン級は数が多く、必ずしも珍しいわけではない。


 船団長であるジャン・カルロ・スパツィアーニは自身が船長を務めるアンナ・ヴァニア号の船橋ブリッジで指揮を執っていた。


「アルビオンでも一儲けするぞ!」


 スパツィアーニは四十代半ばで、ロンバルディア人らしい陽気な声で船員たちに指示を出していく。


「エリザベッタ、マッダレーナ、マリア・ローザ、ロザンナ、ヴェロニカも遅れるなよ!」


 この船団の船はすべて女性の名が付いている。


「港湾局の兄さん、出港の指示をよろしく頼むよ」


 そう言ってぱちりとウインクを飛ばす。

 第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある商業港の港湾担当者が笑いながら、出港の指示を出した。


「船の名は別嬪さんのようだが、船長にウインクされても嬉しくないぞ……申請書類の確認は終わった。アンナ・ヴァニア号、出港を許可する」


「ありがとうよ。帰りにも寄るから、その時もよろしく頼むぜ」


 絵に描いたような陽気なロンバルディア人船長の言葉に担当者は苦笑する。


「了解した。だが、注意事項は忘れるな。アルビオン7に近づきすぎれば、同盟国の商船でも許されないからな」


 国王が座乗する重巡航艦アルビオン7の安全を考え、十光分以内に接近しないよう、通知が出されている。


「分かっているって。きちんと十光分以上は離れるよ。それにしてもたまたまタイミングが合ったからラッキーだったよ。通商破壊艦がいるって噂だが、そのくらいの距離に国王陛下の護衛戦隊がいるなら、こっちも安全だろうからな」


 護衛戦隊が近くにいれば、海賊や私掠船に襲われる可能性は激減する。運よくタイミングがあったと言ったのは、アルビオン7のスケジュールが事前の通知から直前になって変更されたためだ。


「分かっているならいい。それでは航宙の安全を祈る」


 アンナ・ヴァニア号が港を離れると、残りの五隻も順次出港していった。スパツィアーニと同じように考える商船は多く、タイミングよく出港準備を終えていた十隻近い商船が動き出す。


 出港から一時間後、スパツィアーニはそれまでの陽気さとは打って変わり、メインスクリーンに映る国王護衛戦隊のアイコンを真剣な表情で見つめていた。


(シスレーの情報通りに出港した。こうなれば航路の情報も間違いないだろう。あとは奴の仕掛けた仕込み通りに混乱が起きてくれれば……)


 スパツィアーニはスヴァローグ帝国の通商破壊艦部隊、タランタル隊の指揮官で、本名はミーシャ・ロスコフ、大佐の階級を持つ。

 ロスコフは工作員であるマイク・シスレーから命じられた今回の作戦に疑問を抱いていた。


(僅か六隻の改造商船でアルビオン王国の国王を暗殺か……成功率はほぼゼロだな。一応、生きて帰る手筈は整えてあるが、全滅する可能性の方が高い。祖国のためとは言え、このような無謀な作戦を実行する必要があるのだろうか……)


 二百万トン級商船を改造したタランタル隊の主兵装はステルスミサイルだ。

 分解したミサイルを巧妙に隠し、一隻当たり八発のミサイルを持つ。しかし、商船改造型ということで加速力が低く、商船ならともかく戦闘艦に対して奇襲以外の戦法は取れない。


 また、今回は三十隻以上の護衛艦を有する国王護衛戦隊であり、四十八基のミサイルで奇襲を仕掛けたとしても、国王の座乗艦を沈めることは不可能だと考えていた。


 一応、今回の作戦では脱出用の大型艇ランチに乗り換え、通商破壊艦は無人艦としてステルスミサイルと共に奇襲を仕掛けることになっている。大型艇はスループ艦以上のステルス性能も持たせた特別製であり、小惑星帯に潜めば見つからない可能性が高い。


 十日ほど小惑星帯に潜んだ後、別動隊の客船に拾ってもらう作戦だが、六隻の戦隊全体で二百人近い乗組員がいるため、どこかで偽装が見破られる可能性が高いと考えていた。


(目的は国王を殺すことではないようだが、FSUで活動していた通商破壊艦を潰すほどの意味があるとは思えん。恐らくアラロフ当たりが嫌がらせのための策を考えたのだろう……)


 ロスコフは皇帝の補佐官ディミトリー・アラロフが悪辣な策を思いつき、実行したのだと考えていた。


(本国の状況もよく分からん。内戦が起きるなら、俺たちの活躍の場はまだまだあるはずだ。こんなところで死ぬのは割に合わんな……)


 そんなことを考えつつも、部下に不安を感じさせないよう、自信ありげに命令を出していく。


「FTLに入ったらすぐに準備を始める。今のうちに身体を休めておけ」


 通商破壊艦は臨検があってもばれないように商船に偽装している。そのため、自衛用の武装以外は巧妙に隠されており、使用可能な状態に戻す必要があった。


「国王護衛戦隊との距離は充分に確認しておけ。必要以上に近づきすぎて、警戒されないようにしろ……」


 ロスコフは命令を出し終えると、副指揮官であるヴェロニカの船長、フョードル・シホワ中佐を呼び出した。シホワもロンバルディア人に偽装しており、ダヴィデ・ロマーニを名乗っている。


「そっちも問題ないな、ダヴィデ」


「順調、順調。まあ、この先は分からんけどな」


 通信を傍受される可能性を考慮し、陽気なロンバルディア人を演じているが、シホワはこの作戦に対し、ロスコフより不満を持っていた。

 出港前の打ち合わせでは、この任務を拒否すべきだと主張していたほどだ。


『成功確率は限りなくゼロだ。それに成功しようが失敗しようが、我が国に対して王国が懲罰の動きを見せることは間違いない。そうなれば、ダジボーグは蹂躙される。そんな作戦に命を懸ける必要があると思っているのか』


『俺たちは軍人だ。やれと言われたらやらなくちゃならんのだ』


『だが、今回の作戦は明らかにおかしいぞ。シスレーの命令であることは間違いないんだろうな』


 マイク・シスレーはアルビオン王国方面の皇帝直轄部隊の責任者だ。


『もちろん確認している。もっとも奴も目的は知らんそうだ。まあ、これはいつものことだがな』


 シホワの疑念は晴れなかったが、ロスコフはそれ以上の議論はしていない。


『国王が攻撃されたという事実が重要だ。逆に言えば、確実にミサイルをぶっ放せれば、命中しなくてもいいということだ。無人艦での攻撃なら俺たちは死なん。拾ってもらうまで大型艇ランチの中で息を潜めているだけだ』


 その言葉でシホワも納得するしかなかった。

 そんなことをロスコフは思い出したが、陽気な声音を変えることなく、指示を出す。


「積み荷の管理はしっかりしておけよ。ヤシマのサケは扱いが難しい。目的地で売り物にならんとなったら大損だからな」


 “サケ”はステルスミサイルを示す暗号だ。

 今回はヤシマ製のショウリュウ型ミサイルを使用する。ショウリュウ型はFSU各国で使われている標準型のミサイルであり、ロンバルディアに輸送するという契約で部品を集め、密かに隠し持ってきたのだ。


「分かっているさ。それにヤシマの精密機器もあるからな。ヤシマの技術者がいないからヒヤヒヤしているよ」


 今回、ショウリュウ型ミサイルを使うが、制御系はショウリュウ型の発展型、コウリュウ型のものを使う。コウリュウ型のAIはショウリュウ型に比べて優秀で、命中率が十パーセント以上上がると言われていた。


 その制御系を組み込むため、超光速航行FTL中はほとんど休みなく、調整が行われる予定だ。


「分かっているならいい。では頼んだぞ」


 そんな会話をした後、通信を切った。


(やはりシホワは納得していないな。まあ、俺自身も納得していないから分からんでもないが……ここまで来た以上、やらなければならん。迷うことは失敗につながるからな……)


 ロスコフは疑念を封印し、決意を新たにして命令を出していった。

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