第20話

 宇宙暦SE四五二五年五月二十三日。


 国王エドワード八世を乗せた重巡航艦アルビオン7が出港した。

 直属の護衛戦隊であるアルビオン第一艦隊第一特務戦隊八隻とクリフォードの指揮するキャメロット第一艦隊第二特務戦隊八隻が付き従う。


 また、第十一艦隊から派遣されたレイモンド・フレーザー少将指揮する護衛戦隊十七隻が周囲を警戒するように配置されていた。


 重巡航艦アルビオン7は王家のファミリーカラーである純白の艦で、側面には王家の紋章である一角獣と獅子が描かれている。


 アルビオン7は四等級艦であるカウンティ級重巡航艦の改造艦だが、その性能はカウンティ級と大きく異なる。


 特徴的な点はその高い加速性能と強靭な防御力だ。

 カウンティ級の加速性能は五kGだが、アルビオン7は軽巡航艦や駆逐艦と同じ六kGである。これは大型艦である巡航戦艦などから、最大加速度で退避することが可能な性能を持たせているためである。


 また、防御性能も非常に高く、四等級艦でありながらも防御スクリーンの能力は三等級艦である巡航戦艦に匹敵し、二等級艦である戦艦の主砲の直撃すら耐えられる設計となっている。


 更に対ミサイル防衛の要、対宙レーザーはカウンティ級の一・五倍の六十基を有し、艦体ヴェッセルの全長が三割以上大きな巡航戦艦よりも多い。そのハリネズミのようなレーザー砲によってステルスミサイルを迎撃するのだ。


 一方で兵装は四等級艦に大きく劣る。

 主砲は五等級艦である軽巡航艦と同じ五テラワット級中性子砲と艦尾迎撃砲のみで、ステルスミサイル発射管やカロネードと呼ばれるレールキャノンは有していない。


 これは防御に徹しながら加速性能を生かして戦場から離脱する設計思想であるためと、兵装を減らしたスペースに居住区画を設置し、国王と随行員五十名が乗り込めるようにするためだ。


 国王護衛戦隊はアルビオン7に加え、タウン級軽巡航艦二隻、S級駆逐艦六隻からなる。基本的に二隻の軽巡航艦がアルビオン7を直掩し、索敵能力の高い六隻のS級駆逐艦が周囲を警戒することで早期に敵を発見し、アルビオン7を脱出させる戦略である。


 第十一艦隊の護衛戦隊は計十七隻。その戦力は重巡航艦二隻、軽巡航艦五隻、駆逐艦十隻である。駆逐艦は索敵能力の高いS級駆逐艦五隻と強力な攻撃力を誇る艦隊随伴型のA級からD級の五隻だ。


 この編成にクリフォードは違和感を抱いていた。


(S級駆逐艦がいるとはいえ、今回の任務で言えば、索敵能力が高いスループ艦を随伴すべきだ。アルビオン第一艦隊第一特務戦隊が防御重視ということを考えても、攻撃される前に敵を発見し、殲滅することが護衛戦隊の任務だからだ。フレーザー少将はそのことを理解していないのだろうか?)


 今回の任務の一番の目的は国王を守ることである。そのためには国王が座乗するアルビオン7に近づけないことが最も重要であり、敵を殲滅する攻撃力は重視されない。


 このことは国王護衛戦隊の司令官エルマー・マイヤーズ少将も気にしており、フレーザーに編成の意図を確認していた。


『敵の戦力が不明なのだ。万が一、ジャンプポイントで待ち伏せされたらスループ艦では役に立たん。この編成はあらゆる事態を想定しているものだ』


 その説明は合理的に聞こえるが、マイヤーズとクリフォードは納得していない。


『仮にジャンプポイントで待ち伏せされていたとしても、十隻以上の護衛戦隊を殲滅した上で、更に後続の第一特務戦隊と第二特務戦隊計十七隻を攻撃するには二十隻以上の通商破壊艦が必要となる。それだけの数の通商破壊艦が待ち伏せをしていると考えることは合理的とは思えない』


 マイヤーズの反論にもフレーザーは首を縦に振らなかった。


『何を言われようが、これが最善だと小官は考えている。それでも納得できないなら、護衛隊の指揮官として小官の戦隊の同行を拒否すればよい』


 戦力が低下することは本末転倒であるため、マイヤーズも認めざるを得なかったのだ。


(フレーザー少将は本当にジャンプポイントでの待ち伏せを危惧しているのだろうか? そうであるなら、急造の混成部隊ではなく、哨戒艦隊パトロールフリートを複数派遣すればよいはずだが……)


 哨戒艦隊は正規艦隊から定期的に派遣される八から十隻の小部隊だ。通常は重巡航艦が旗艦となり、軽巡航艦一から二、駆逐艦四から六、スループ艦二隻程度の編成で、緩衝宙域のパトロールに当たる。また、哨戒艦隊単位で訓練も行われることから連携に不安はない。


 しかし、今回の護衛戦隊はフレーザーが指名した艦で構成された急造戦隊だ。そのため、連携訓練は行われておらず、奇襲を受けた場合に実力を発揮できるか不安があった。


 それに対してもフレーザーは反論していた。


『今回の護衛戦隊はすべて我が分艦隊の所属である。小官の指揮下にあるのだから、連携に不安などない』


 そこまで言い切られたため、マイヤーズとクリフォードも反論できなかった。


 出発前、国王エドワード八世が護衛戦隊に向けて放送を行っている。


『私の護衛としてこれほどの艦が同行してくれることは非常に心強い。諸君らの中には軍に対して思うところがある者も多いと聞く。しかし、私と王国のために任務に邁進してくれると聞き、喜ばしく思っている。突然のことであり、かつ長期にわたる任務であることを私は心苦しく思っている。不満はあるだろうが、我が信頼に応えてくれたことに感謝したい』


 国王がこのような演説を護衛の将兵にすることは異例中の異例だ。

 そのため、事前に聞いていなかったフレーザーを始めとした第十一艦隊の将兵は皆一様に驚いた。そして、国王が自分たちを信頼しているという言葉に感動している。


 これはクリフォードが防衛艦隊司令長官であるジークフリード・エルフィンストーン大将を通じて、国王に依頼したことだった。

 国王自らが信頼を示せば、反乱という恥ずべき行為に加担する下士官兵は激減すると考えたためだ。


 彼の思惑通り、第十一艦隊の下士官兵はやる気に満ちていた。そのため、ゴードン・モービー一等兵曹が声を掛けていた者たちは元々乗り気ではなかったこともあり、反乱に加担することを拒否している。


『陛下に直訴しなければ、何も変わらんのだぞ。そのことを分かっているのか?』


 モービーがそう訴えるが、多くの下士官は首を縦に振らなかった。


『陛下の信頼を裏切る気はねぇ。あの方は俺たちのことを分かってくださっているんだ。ここで陛下を失望させたら逆効果だ。そうだろう?』


 その言葉でモービーの計画は一から練り直さねばならなくなった。


(陛下があんな演説をするとは思わなかった……まあいい。俺の計画を支持してくれる奴はまだいる。少し手荒くなるかもしれんが、やってやれないわけじゃない……)


 モービーは信頼できる者だけにある指示を与えた。


『戦闘配置に就くタイミングで閃光手榴弾フラッシュバンを持ち込み、戦闘指揮所CICを無力化するんだ。その上で予め仕込んでおいた直訴の言葉を全艦に向けて送れ。そうすりゃ、陛下の耳に入ることは間違いねぇ。それに人を殺すわけじゃねぇから、陛下も聞いてくださるはずだ』


 この指示を聞いた者は非殺傷兵器とはいえ、CICで武器を使用することにためらいを覚えた。


『それはヤバいだろう。それをやっちまったら完全に反乱じゃねぇか。第一、CICに閃光手榴弾フラッシュバンなんか持ち込めないだろう』


 軽巡航艦以上の戦闘指揮所の入口には宙兵隊の歩哨が立っており、入室時に持ち物の確認が行われる。武器の類はもちろん、工具についても許可がなければ持ち込めないほど厳重な管理がされている。


『持ち込む方法はある。だから心配するな』


 そう言って不敵に笑うが、直後に脅しの言葉を投げる。


『第一ここまで来てやめることはできねぇぞ。それとも俺を士官たちに売る気か? そうすりゃ、艦隊に残れるかもしれんぞ。まあ、仲間を裏切れば、艦隊に残ったとしても碌な末路は待っていねぇ。そんなことは分かっているだろうがな』


 下士官たちは仲間を売る行為を最も嫌う。士官に媚を売る者だと認識されると、兵員区画メスデッキでは無視され、艦を移ってもその評判が付いて回る。その結果、艦隊から逃げ出さざるを得なくなるのだ。


『それに艦長たちを殺すわけじゃねぇんだ。俺たちの主張を陛下に聞いてもらうだけだ。それさえできれば、すぐに艦を返す。懲罰は食らうだろうが、銃殺になることなんてあり得ねぇ。そんなことをすりゃ、艦隊にいる仲間たちが黙っちゃいねぇからだ』


 尻込みしていた者たちに活を入れるとモービーは準備に取り掛かった。

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