第16話

 宇宙暦SE四五二五年五月十五日。


 トリビューン星系で哨戒艦隊が全滅したという情報が入った頃、統合作戦本部の一室では元総参謀長ウィルフレッド・フォークナー中将は参謀本部運用班の参謀、ナタリー・ガスコイン少佐と会っていた。


 小太りの冴えない中年男であるフォークナーに対し、ガスコインは豊かな金髪とモデルのようにスラリとした体形の美女で、ちぐはぐな組み合わせに見える。


 この二人はフォークナーが総参謀長であった二年前、愛人関係にあった。優柔不断気味のガスコインが押しの強いフォークナーに強引に迫られて肉体関係を持ってしまったのだ。


 フォークナーが総参謀長を更迭され、統合作戦本部の次長になったことから肉体関係は解消されたが、二ヶ月半ほど前の三月上旬にガスコインから面会したいと告げられ、フォークナーは即座に了承した。


『君から連絡が来るとは珍しいこともあるものだ』


 そう言いながらも好色そうな表情を浮かべていた。それに対し、ガスコインは硬い表情で話し始めた。


『過去の閣下との関係のことで脅されています。このスキャンダルとメディアにリークすると……』


 その言葉でフォークナーは一気に顔が青ざめる。


『そ、それは本当のことなのか!』


 フォークナーはダジボーグ星系への艦隊派遣に際し、アデル・ハース大将の第九艦隊を外そうとし、そのことで総参謀長から統合作戦本部の次長に左遷された。そして、艦隊が縮小されている現在、彼の立場は微妙で、スキャンダルが発覚すれば、そのまま予備役に編入される可能性が高い。


『本当です。相手は盗聴した音声データや盗撮した映像を持っていました。このままでは私も閣下も破滅します……』


『それでその相手とやらは何を要求してきたのだ』


『具体的には何も……必要になったら連絡するから、閣下に話を通しておけと……』


 それから特に指示はなかった。


 フォークナーが単なる脅しであったと思い始めていた矢先、本日ガスコインが密かに接触してきた。


「ついに指示が来ました。第十一艦隊のフレーザー少将の分艦隊を国王陛下の護衛戦隊として派遣させろと。指揮官は少将ご本人として、旗艦はエクセター225となるように調整しろと……どうしましょうか……」


 泣きそうな表情のガスコインに対し、フォークナーは相手の意図を必死に考えていた。


(レイモンド・フレーザーは私の元部下だ。参謀としてはそこそこ能力があったが、指揮官としては無能と言っていい。そのフレーザーに指揮を任せる……敵は国王陛下のお命を狙っているのか? だとすれば、エクセターが何か起こす……反乱か!)


 フォークナーは指示を出した者の意図をそう理解した。


(ここで反乱の芽を摘めば、私の評価は上がるはずだ……いや、事前に芽を摘んだとしても単に不満を持つ兵を処分しただけではスキャンダルを相殺することは難しいだろう……)


 エクセターで反乱が起き、国王の座乗艦に攻撃を仕掛けるという謀略に対し、単にエクセターの乗組員の反乱を防ぐだけでは、不倫というスキャンダルを相殺するだけの功績にはならないと考えた。


(ならば、予め反乱の危険があることを声高に主張した上で防ぐ方策を提案しておき、反乱を起こさせる。その上で国王陛下を守る方策を打っておけば、私の評価は上がるはずだ。反乱が起きれば王国軍の汚点となるが、その責任を取るのはエルフィンストーンだ。私を放逐した奴が恥辱に塗れることになる……)


 フォークナーはエルフィンストーンが自分を総参謀長から左遷したと思い込んでいた。

 しかし、実態は大きく異なった。


 対帝国戦でのフォークナーの失態に関し、多くの司令官が疑問を口にし、それを受けて統合作戦本部や軍務省で人事が検討され、総参謀長に不適格となったのだ。


 もっともエルフィンストーンも慰留するように動かなかったので、フォークナーの考えは強ち間違っていない。


「了解したと伝えろ」


「よ、よろしいのですか!?」


 フォークナーが認めると思っていなかったため、ガスコインは裏返った声で聴き返した。


「構わん。国王陛下に危険が及ばんように手は打つ。エクセター以外に入れたい艦があれば聞いておけ。こちらで可能な限り配慮する」


「わ、分かりました……」


 ガスコインは諦め顔で頷いた。


「それよりも今日の夜、以前使っていたホテルに来るんだ。分かったな、ナタリー」


 フォークナーがよりを戻そうとしていることにガスコインは驚きを隠せない。


「えっ! でも……」


「証拠まで握られているのだ。今更関係をなかったことにはできん。それよりも間違いなく来るんだぞ。分かったな」


 フォークナーは自分のキャリアが危ぶまれると思ったが、逆転に使えると上機嫌になっていた。


 ガスコインが去った後、フォークナーはレイモンド・フレーザー少将に会いにいく。


「ご無沙汰しています、中将」


 フレーザー少将は軍人というより文官という印象が強い細身の男だ。

 元上官であるフォークナーを笑顔で出迎えるが、統合作戦本部次長が自分にどのような用事があるのかと警戒していた。


「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


 そう言ったものの目は笑っておらず、フレーザーは内心で警戒を強める。


「私も君もこのままでは予備役となる可能性が高い。上の連中はハースの息が掛かった者を重用しているからな」


「それは分かります。ですが……」


 フレーザーの言葉を遮り、フォークナーが話す。


「君は軍での出世に未練があるかね」


「未練がないと言えば嘘になりますが、ゾンファや帝国が力を落とした今、これ以上の出世は望めないでしょう」


 参謀出身で統率力のない彼が中将になるためには艦隊の参謀長になるしかない。しかし、武勲もなく、分艦隊司令官として評価されていない彼にその目はなかった。もっとも武勲を上げる機会があっても実力的に難しく、これ以上の出世は難しかっただろう。


「私も同じ考えだ。そこで私は最後に手柄を上げて退役し、ある企業の取締役になるつもりだ。その手伝いをしてくれれば、君にも役員級のポストを用意させる」


「民間に転出ですか……なるほど、確かにハース提督の影響が強い軍にいるより居心地はよさそうです。それで何をすればよいのでしょうか?」


 そこでフォークナーは自分の考えを説明していった。


「私が国王陛下の護衛戦隊を増強すべきだと提案する。そして、君のことを推薦しよう。君の方でも艦隊内で同じように提案し、サウスゲート提督に直談判するんだ。単純なサウスゲートなら提案者に任務を与えるだろう」


 サンドラ・サウスゲート大将は豪快な性格で、将兵の間では“女戦士アマゾネス”と呼ばれている猛将だ。


「国王陛下の護衛ですか……なるほど、通商破壊艦が暗躍している状況ですから十分にあり得る話ですね。ですが、国王陛下を狙ってくるのでしょうか?」


「そんなことにはならん。だが、国王陛下の安全に配慮し、自ら提案したという実績は残る。だから、君自身が護衛戦隊の指揮を執るのだ。旗艦には重巡航艦、そうだな、エクセター225がよいだろう。私でもよい評判を聞いているからな」


 フレーザーは艦まで指定してきたことに疑問を持つが、フォークナーが自分と同じように縁故のある者に手柄を上げさせようとしていると考え、即座に了承した。


「了解しました。護衛戦隊の戦力はどれほど必要でしょうか?」


「国王陛下の護衛戦隊の倍は必要だろう。具体的には重巡航艦を二隻、軽巡航艦五隻、駆逐艦十隻程度だ。トリビューン星系では重巡航艦を旗艦とする哨戒艦隊八隻が全滅しているのだ。この程度はあった方がいい。候補となる艦については後日連絡する」


 こうしてフォークナーとフレーザーの話し合いは終わった。


 フォークナーはその足で統合作戦本部、艦隊総司令部、軍務省と回り、根回しを行った。そして最後に艦隊司令長官のエルフィンストーンに話を持っていく。


「今回のトリビューン星系でのことを鑑み、国王陛下の護衛を増強する必要があると考えます。護衛戦隊の倍ほどの戦力で護衛すれば、通商破壊艦部隊も手を出せないでしょう」


 その提案にエルフィンストーンは頷いた。


「確かにそうだな。私も護衛を増やすべきだと考えていた」


「レイモンド・フレーザー少将を推薦いたします。彼は優秀な戦術家ですし、参謀本部で情報の扱いにも慣れておりますので」


 エルフィンストーンはフレーザーのことをよく知らなかったが、フォークナーの推薦ということでためらいを見せた。


「人選はこちらで行う。もちろん、中将の意見は参考にさせてもらうがな」


 フォークナーはそれに頷くが、更に付け加えた。


「艦隊総司令部の権限で決定すべきことですので、誰であっても問題ありません。ただ第十一艦隊が訓練航宙に出る予定と聞いております。国王陛下のスケジュールを考えると、他の艦隊から抽出するのは準備が厳しいと愚考した次第です」


 エルフィンストーンは深く考えずに頷いた。


「確かにそうだな。サウスゲート提督に派遣してもらうことにしよう」


「よろしくお願いします。小官としましても国王陛下の安全に不安がありましたので」


 それだけ言うと、総司令部を出ていった。


 その夜、ガスコインと合流し、護衛戦隊に含めるべき艦の候補リストを渡された。


「ここまでやってやったのだ。連絡してきた奴に、これ以上我々に構うなと伝えておけ」


 そう言ってからガスコインを抱き寄せた。

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