第15話

 宇宙暦SE四五二五年五月十五日。


 キャメロット星系では新国王エドワード八世の即位に関する各種の行事が続いている。

 エドワードは積極的に各地を回り、国民との対話を行っていた。


 また、四月二十六日に新内閣も発足し、国王と閣僚がアルビオン星系に帰還することが決まった。


 新内閣だが、首相は事前の発表通り、外務卿であったエドウィン・マールバラ子爵で、重要閣僚である外務卿にはテオドール・パレンバーグ伯爵が就任した。


 軍務卿はエマニュエル・コパーウィートの後任であるパーシバル・フェアファックス元大将が留任している。


 コパーウィートだが、退任から鳴りを潜め、自主的に謹慎していた。彼は今動けば、民主党が自分を攻撃し、保守党に不利になると考えた。しかし、これは保守党政権のためというより、自分のためだ。政権が代われば贈収賄事件で不利になると考えたのだ。


 但し、復権を諦めたわけではなかった。

 民主党に協力的な軍関係者を密かに監視し、国家に対して不利な行動を採った場合に即座に糾弾できるよう準備している。


 前首相ウーサー・ノースブルック伯爵だが、彼は保守党の最高顧問という肩書だけで表舞台から姿を消した。しかし、八月の下院議員選挙を見据え、ロビイストらに民主党に対するネガティブキャンペーンを行わせるなど、水面下では活発に活動している。


 新内閣になったが、支持率の上昇は微々たるもので、シンクタンクや政治アナリストの予測では八月の下院議員選挙で、保守党が野党に転落する可能性が高いとされている。


 そのため、野党民主党は更に支持を伸ばすべく、若手の論客シンクレア・マクファーソンがメディアで威勢のいい話をぶち上げていた。


『ゾンファの旧体制派が再び自由星系国家連合FSUに手を伸ばすべく、力を得ようとし始めました。これを防ぐには彼の国に自由民主主義を根付かせ、全体主義と決別すべく指導する必要があるのです。そのためには強力な監視体制を構築し、旧体制派が蘇ることを防がねばなりません……そのためには我が国から二個艦隊、ヤシマから三個艦隊の五個艦隊を派遣し、停戦合意を無視した軍備拡張を諦めさせ、恒久的な平和を達成すべきなのです……』


 その主張は荒唐無稽なものであり、現実主義者のマールバラは黙殺した。

 彼としては論評にすら値しない案であったためだが、それが仇となった。


『マールバラ内閣はゾンファに対して何ら手を打とうとしておりません! このまま放置すれば、再び餓狼のような国家が復活してしまうでしょう! 我々民主党は宇宙の平和のためにゾンファの全体主義者たちを放置すべきでないと考えています! もしここで手を拱けば、艦隊の将兵が命懸けで勝ち取った平和を失うことになりかねません!』


 それに対し、マールバラは静かに反論した。


『キャメロット星系からゾンファ星系までは約50パーセク(約163光年)もの距離があるのです。艦隊を派遣すると民主党は主張していますが、二個艦隊120万人もの将兵を派遣すれば、往復の移動時間を含めると九ヶ月ほど祖国を離れることになります。また、補給が必要ですが、そのために敵性勢力となりうる国家の支配宙域を約30パーセク(約98光年)も航行する必要があります。その負担は決して軽いものではなく、ヤシマ星系への艦隊の派遣とは比較にならないほど危険であり、かつ軍事費の増大を招くものと断言せざるを得ません。軍事費増大を理由にヤシマ星系への艦隊派遣に反対していた党の主張とは到底思えないものです』


 艦隊が50パーセクの距離を移動するためには少なくとも三ヶ月は必要となる。つまり、往復で半年もの時間が必要なのだ。これに三ヶ月程度の駐留期間を加えると、九ヶ月という派遣期間になる。


 それだけでも困難が予想されるが、更にゾンファの支配宙域ということで、途中に補給拠点を設けること、敵性国家となりうるゾンファ星系で食料などを入手することは現実的ではなく、膨大な数の補給艦を用意する必要がある。


 正規艦隊の輸送艦とタンカーの定数はそれぞれ百五十隻だが、これは四ヶ月程度の行動期間を想定したものであり、九ヶ月以上の期間を想定すれば、それぞれ四百隻程度となる。


 二個艦隊で千六百隻もの輸送艦が必要となるが、それでもギリギリであるため、更に一千隻程度の補給艦を派遣する必要があると予想されていた。


『それだけではありません。民主党の主張する艦隊派遣が何年続くか分からないのです。ゾンファ共和国に民主主義を根付かせるには一年や二年では不可能でしょう。五年でできるのか、十年掛かるのか、その辺りの見通しもなく、民主党は荒唐無稽な提案をしていると言わざるを得ません』


 マールバラの主張は真っ当なものだが、マクファーソンは感情論で反論する。


『首相は荒唐無稽と言っていますが、対案を出しておりません! ゾンファを放置すれば、再び戦乱の世に戻り、多くの兵士が命を落とすことになるでしょう! それを防ぐためには多少のコストは甘受すべきです! 今がゾンファの脅威を永遠に取り除く絶好の機会なのですから!』


 彼女の主張にメディアと民衆は賛意を示した。

 ゾンファ共和国とは二百年近く戦争を繰り返しており、恒久的な平和という言葉は甘美に聞こえたのだ。


 また、ここ数年の激しい戦いで多くの将兵が戦死しており、これ以上の犠牲を出さないためであれば、コスト度外視でもよいと考える者が多かった。


 もちろんマールバラの主張は有識者には理解され、民主党の主張通りに艦隊を派遣しても効果が出ないと考える者が多い。

 保守党系の軍事アナリストはこう主張した。


『艦隊を派遣した場合、ゾンファ国民がどのように思うかを考えれば、成功する可能性が低いことは自明である。キャメロットの宇宙そらにゾンファ艦隊があり、我が国の政治を監視すると言われたと想像してみればよいのだ。それまで独立国家として愛国心を持っていた国民が反発することは間違いなく、旧国家統一党の残党が扇動すればサボタージュやテロ行為が頻発することは目に見えている。それを鎮圧すれば、更にゾンファ国民の我が国に対する感情は悪化し、泥沼に嵌まるだろう……』


 こういった声に対し、民主党は主張を曲げなかった。


『ではこのまま放置すればよいというのか! ゾンファの脅威を取り除くための対案を提示すべきだ!』


 マールバラは対案を提示した。


自由星系国家連合FSUと共に民主化支援プログラムを構築し、旧国家統一党による民主化への妨害を防ぐため、監視団を派遣する。また、ゾンファ国民が求める有効的な物価高騰対策とヤシマ政府に対し、違法な企業活動の取り締まり強化を求めるものとする』


 現実的な提案ではあるが、民衆が求めるものではなく、マールバラ自身のカリスマ性のなさも相まって、メディアもほとんど取り上げず、民主党の支持率が上昇していった。


 そんな中、キャメロット星系から約11パーセク(約36光年)離れたトリビューン星系において哨戒艦隊が全滅したという情報がキャメロットの防衛艦隊総司令部に入ってきた。


「デボンシャー119を旗艦とする第四艦隊第三十八哨戒艦隊八隻が全滅しました。敵性勢力は脱出ポッドにも攻撃を加え、生存者は確認できないとのことです。全滅前に送られてきた情報ではステルスミサイルによる奇襲と高出力粒子加速砲での攻撃であった模様……」


 ことの発端は四月の下旬頃からキャメロット星系とヤシマ星系の中間点、トリビューン星系で通商破壊艦が活動を始めたことだった。最初にジャンプポイントに常駐する情報通報艦が沈められ、その後数隻の商船が消息を絶った。


 それに対し、キャメロット防衛艦隊は直ちに重巡航艦を旗艦とする八隻の哨戒艦隊を派遣した。


 商船が襲われた状況から三隻程度の通商破壊艦が小惑星帯に潜み、奇襲を仕掛けたと判断し、第三十八哨戒艦隊は小惑星帯を探索しながら敵を炙り出そうとした。


 なかなか敵が見つからない中、突如現れた十数基のステルスミサイルによって旗艦デボンシャーは撃沈され、その混乱を突いて現れた大型通商破壊艦部隊によって、哨戒艦隊は全滅した。


 その報告を聞いた司令長官ジークフリード・エルフィンストーン大将は総参謀長のウォーレン・キャニング中将ら参謀と協議を行った。


「ステルスミサイルを持ち込んできたということは、かなり大がかりな通商破壊作戦だ。ミサイルを使ったことから帝国の可能性が高いが、この時期に帝国が我が国に近い星系で大規模な通商破壊作戦を行う理由がない。総参謀長の意見を聞きたい」


 スヴァローグ帝国軍は伝統的にステルスミサイルを偏重し、ゾンファ共和国軍は逆にミサイルを軽視し粒子加速砲に偏重している。また、海賊なら入手困難でコストが高いミサイルを使うことはないため、エルフィンストーンは帝国軍の可能性が高いと指摘したのだ。


「小官も帝国がこのタイミングで動くとは思えません。しかしながら、ゾンファとの共闘の可能性は否定できないと考えます。いずれにしてもトリビューン星系に三百隻程度の分艦隊を送り込み、早急に対処すべきでしょう」


 通常の通商破壊艦戦隊は五、六隻程度だが、重巡航艦を旗艦とする哨戒艦隊を殲滅したことから最低でも十隻程度が潜んでいると考えられるが、監視衛星や情報通報艦が破壊されていることから、どの程度の戦力がいるか不明だ。


 更に小惑星帯に潜まれると、探索専門の偵察艦スループであっても五光秒以内という比較的近距離でも見逃す可能性が高く、物量作戦で炙り出すしかない。


「トリビューンについてはそれでいいだろう。だが、トリビューンだけなのだろうか? 陽動の可能性も否定できんと思うのだが」


「その点は小官も疑問を持っています。ですが、我が軍には哨戒艦に余裕があり、この状況で陽動作戦を起こしたとしても、他の星系が手薄になるわけではありません。逆により警戒を強くするだけです。敵が何を狙っているのか、今のところ目的が不明です。帝国とゾンファが別々に動いているという可能性は否定できませんが、楽観的に考えることは危険だと思います」


 艦隊を縮小しているとはいえ、キャメロット星系には未だに三万隻程度の戦闘艦が存在する。数十隻の通商破壊艦を投入したとしても各星系に五百隻程度の分艦隊を派遣することは難しくなく、手薄になることはない。


 エルフィンストーンはそこで腕組みをして考え込む。


(敵の思惑が分からん。アデルの意見を聞きたいが、ここにいないからな……クリフが戻ったら聞いてみるか……)


 盟友である“賢者ドルイダス”のアデル・ハース大将は隣のアテナ星系に派遣されていた。これは元々計画されていた定期的な艦隊派遣だ。


 クリフォードの第二特務戦隊は星系内にあるものの、アテナ星系ジャンプポイント付近で訓練を行っており、通信には大きなタイムラグが生じる。そのため、このような相談は難しかった。


「国王陛下が出発されるこの時期を狙っていることは間違いない。警戒を強めるよう各艦隊に通知せよ」


 エルフィンストーンの命令が各艦隊に伝えられた。

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