第12話

 宇宙暦SE四五二五年四月十七日。


 皇帝アレクサンドル暗殺に関する情報は帝国内で緘口令が敷かれたためか、ほとんど入って来なくなった。


 そのため、アルビオン王国内では帝国で内戦が起き、外に目を向ける余裕がなくなるのではないかという楽観論が蔓延する。更に野党民主党は国王崩御で一旦下火になっていた帝国への介入を主張し始めた。


 民主党の若手議員シンクレア・マクファーソンは、元キャスターということもあって鋭い舌鋒で主張する。


『皇帝が生きていようと死んでいようと、帝国内で大きな混乱が起きることは間違いありません。昨年の外交使節団襲撃の責任を追及し、皇帝もしくはストリボーグ藩王から譲歩を引き出すべきでしょう。そのためには武力を背景にする必要があります。彼の国に言葉を尽くしても無駄でしょうから。ですので、ダジボーグ星系に六個艦隊程度を派遣し、帝国から譲歩を引き出すべきです』


 その主張に首相代理のエドウィン・マールバラ外務卿が反論する。


『現在外交使節団襲撃に関して責任を追及する特使を派遣しています。特使は帝都スヴァローグに向かっている状況であり、彼らが帰還し、帝都の情報を持ち帰ってから判断すべきと考えます。今すぐ武力で恫喝することは拙速であり、帝国内を一致団結させる恐れがあります』


『それでは遅いと言っているのです! 帝国が混乱している今こそ、畳み掛ける好機なのです! 最終的な勝利を得るためには、多少の冒険は必要なのですよ! 外務卿はきれいごとばかりおっしゃります。このような政権に王国の未来を任せることはできません!』


 最後は自分の意見に酔っているように大きな身振りで弾劾する。

 それに対し、マールバラは冷静さを保ったまま、更に反論する。


『今すぐ艦隊を派遣すると議員はおっしゃるが、六個艦隊を派遣するには準備だけも三ヶ月は掛かるでしょう。それからダジボーグ星系に到着するには更に二ヶ月。時機を逸するという観点で言えば、議員の主張は的を射ていないと言わざるを得ません』


『三個艦隊程度ならすぐに移動できるのではありませんか? 残りはヤシマ艦隊とすれば、すぐにでも派遣は可能と考えます』


『机上の空論ですな。FSU艦隊を帝国に派遣するのであれば、事前に調整が必要です。キャメロットとヤシマの間を往復するだけでも二ヶ月は必要ですから』


 その言葉にマクファーソンも口を噤まざるを得ない。これ以上反論すれば、軍事のみならず外交にも疎いと思われてしまうためだ。


 この論戦ではマールバラが勝利したが、勇ましいマクファーソンの言葉は民衆の心を掴み、民主党の支持を増やす結果となった。

 これは元々ノースブルック内閣が総辞職を発表しており、死に体であったこともある。


 次期政権であるマールバラ内閣は国王の即位に関する行事が終わり次第、発足することが決まっているが、親しみやすかったウーサー・ノースブルック伯爵に比べ、怜悧な官僚のイメージが強いマールバラは民衆の受けがよくなかった。


 そのため、首相交代が発表されても、国民の反応は冷めたままで内閣支持率は低いままだ。


 マクファーソンの主張を熱狂的に歓迎したのは予備役になった下士官兵たちだった。他にも艦隊縮小計画で近々解雇される可能性がある者たちも期待の目を向けていた。


 そんな中、二月四日に行われたゾンファでの総選挙の結果が、キャメロットに届いた。

 クリフォードは旗艦フロビッシャー772の戦闘指揮所CICでその情報を聞いた。


「諜報部からの情報です。ゾンファ民主党は惨敗し、旧国家統一党系のゾンファ国民党が45パーセントの議席を獲得して第一党になりました。ゾンファ国民党は旧国家統一党系の労働党、ゾンファ正義党と連立政権を組み、与党の議席は七割を超えているとのことです。憲法改正の発議に必要な三分の二の議席を確保したことにもなります……」


 CICでは溜息が聞こえるが、副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐は報告を続ける。


「連立政権の首相には国民党のワン・ラー党首が就任する予定です。ワン党首は選挙運動期間中から民族主義的な発言が目立ち、政権奪取後に憲法改正を行うと公言していたそうです。諜報部の分析では国外勢力の排除を目指した憲法改正が行われる可能性が高く、以前の鎖国状態に移行する恐れもあるとのことです」


 ゾンファでは四五一八年から四五二三年まで約五年間、外交官の受け入れを拒否する鎖国状態にあった。その間に艦隊を強化し、二度目のヤシマ星系侵攻作戦が実行されている。


 ホルボーンの説明が終わると、旗艦艦長のバートラム・オーウェル中佐が呆れたような声を上げる。


「あれだけやられてもまた元に戻るつもりなのか、ゾンファの国民は。政治士官に問答無用で射殺されるような国がいいのかね」


 戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐が憂い顔で指摘する。


「圧倒的多数の国民にとっては飢餓に怯えることなく、そこそこ幸せになれる以前の方がいいということでしょう。ヤシマがやり過ぎなければ、こういった結果になることはなかったのでしょうが……」


 ヤシマは二度の侵略を受け、将兵が多数戦死しただけでなく、一般市民にも多くの犠牲者が出ていた。また、拉致された研究者や設計者は未だ行方不明の者も多い。


 しかし、ゾンファ政府からの補償は少なかった。また、党が解体された関係で情報が散逸し、戦後処理は遅々として進まず、ヤシマ市民の不満は大きい。


 そのため、ヤシマは自分たちの得意分野である商業で報復を開始した。ヤシマ企業は法の穴を突き、ゾンファから富を収奪していく。


 それに対し、ゾンファ民主党政権は手を打つことができず、それが市民の不満を増大させていた。

 クリフォードはオハラの言葉に頷いた。


「クリスティーナの言うとおりだな。国家統一党は暗殺も辞さない全体主義者だが、国民生活を守るという点では一定の成果を出していた。あの拡張性のない国で無制限な資本主義と自由主義が広まれば、どこかで破綻していたはずだからな」


 ゾンファ共和国はアルビオン王国、スヴァローグ帝国の三ヶ国の中で、唯一有人星系を一つしか有していない。また、その唯一の有人星系であるゾンファ星系もテラフォーミング化された惑星は一つしかなく、その惑星の環境を保全するため、惑星上に住むことができるのは全人口の四分の一、二十億人に過ぎなかった。


 残りの六十億人は衛星軌道上にあるスペースコロニーに居住している。コロニーの建設は積極的に行われ、その結果、一人当たりのスペースは充分に確保されていた。


 しかし、惑星上と比べれば、窮屈さは否めず、かと言って惑星に無制限に人が流入すれば環境はあっという間に悪化してしまっただろう。そんな状況であり、自由な行動を制限する政策は一定の合理性を持っていた。


「しかし、艦隊を派遣すればいいだけじゃないか? ゾンファは六個艦隊しか持っていないし、その大半が航路を守るための小型艦だ。ヤシマが賠償金を確保するためと言って三個艦隊ほど派遣すれば、ゾンファも鎖国を強行できんだろう」


 バートラムの言う通り、ゾンファ共和国軍の艦隊は六個艦隊約三万隻だが、戦艦や重巡航艦などの大型戦闘艦は破棄されるか、ヤシマに無償譲渡されており、主力は軽巡航艦と駆逐艦で、その他もスループ艦やコルベットなど治安維持に特化したものが多い。


 また、ゾンファの戦闘艦はビーム兵器である粒子加速砲に特化し、ミサイルを軽視しているという特徴がある。そのため、ゾンファの小型戦闘艦はミサイル攻撃に期待できるアルビオン王国やスヴァローグ帝国の小型戦闘艦に比べ、大規模な会戦での戦闘力は劣る。


「艦長のおっしゃる通りですね。我が国からも賠償金の確保という名目なら艦隊を派遣できますし、そうそう無茶はできないでしょう」


 オハラの言葉にクリフォードは疑問を口にする。


「ゾンファ星系まで艦隊を派遣することは兵站に大きな負荷を掛けることになる。何といっても相手の支配地域だ。五百隻規模の小艦隊を使って輸送艦隊を狙われたら、ゾンファに派遣された艦隊は飢えることになる。安易にできることじゃないな」


 その言葉にバートラムはなるほどと言って頷く。


「ゾンファ星系とジュンツェン星系の間の星系の情報は収集しているが、監視衛星を設置しているわけじゃないから、五百隻程度ならいくらでも隠せるからな。准将ならどういう手を打ちますか?」


「難しい質問だな。以前の支配層なら傲慢さに付け込めたが、新たな指導部はその反省を踏まえて兵たちの反乱を防ぐはずだ。恐らくいきなり鎖国のような急進的なことはせず、のらりくらりと時間を稼ぎながら戦力を増やそうとするだろう」


「確かにそうですな」


「だから、ある程度ゾンファの民衆の不満を和らげた上で、軍備拡張ではなく民生に回す方が国民のためになるというプロパガンダを行うくらいかな。まあ、情報操作は国家統一党の方が一日の長があるから上手くいくとは限らないがね」


「准将でも思い付かないとなると厳しいですな」


 バートラムが憂い顔でそういうと、ホルボーンらも同じような表情で頷く。


「私が思いつかなくとも優秀な人たちはいるんだ。そう悲観しなくてもいいだろう」


 クリフォードがそういうが、その場にいた者たちの表情はあまり変わらなかった。

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