第11話

 宇宙暦SE四五二五年三月二十日。


 ゾンファ共和国で国民議会が解散したという情報がキャメロット星系に入った。

 首相代理である外務卿のエドウィン・マールバラ子爵は、テオドール・パレンバーグ伯爵を呼び出し、そのことを協議する。


 二人ともゾンファ民主党のチェン・ユンフェイ内閣が総辞職するか、議会を解散するかのいずれかがあると考えており、このこと自体は想定内だった。但し、議会ではなく、内閣が総辞職すると考えていたので意外だという印象を持っている。


「チェン首相は勝負に出たようだ。選挙は二月四日ということだから、来月の十日頃には結果が届くだろう。恐らくだが、旧国家統一党系の政党が過半数を奪うはずだ。この影響について、君の意見を聞いておきたい」


 旧国家統一党はゾンファ共和国を長年にわたって牛耳ってきた独裁政党だ。

 二年ほど前の四五二三年七月に行われた第二次タカマガハラ会戦での敗戦を受け、同年九月に解党されている。


 国家統一党の上層部の多くが戦争犯罪人として投獄され、逮捕されなかった者も公民権が停止されていることから、政治の表舞台には出てきていない。


 しかし、元政治部長のファ・シュンファのように政治の中枢にいたにもかかわらず、新政権やヤシマの情報部の追及を逃れ、公民権停止だけで済んでいる者も一定数いる。そういった者たちが自らの手足となる者を議員として立候補させ、政権を奪取しようとしていた。


「ヤシマが感情的に搾取していましたから、国家統一党の時代に逆戻りすることは避け得ないでしょう。幸い、軍の弱体化は上手くいっていますし、回復力が自慢のゾンファといえども十年程度は我が国に対する脅威とはなりえません」


 ゾンファ国民解放軍は一度解体され、ゾンファ共和国軍として再編された。しかし、戦力は最盛期の四分の一ほどの六個艦隊にまで縮小している。


 ゾンファは総人口の四分の三、約六十億人がスペースコロニーで生活している。そのため、艦隊に必要な技術者を集めることは容易で、数百万の将兵を失っても数年で戦力を回復していた。


 但し、今回に関しては士官の多くが戦争犯罪人としてヤシマで投獄されていることと、国家統一党時代の士官は下士官兵を虐待していたことから、士官の数が圧倒的に足りない。


 促成教育によって大量登用するにしても、士官の質は戦力に直結するため、急造士官がものになる十年程度は脅威にならないと考えられている。


「そうなるとゾンファの旧体制派が考えることはやはり我が国への謀略だな。それも自らが動いたと分からないように偽装して」


「その場合、帝国との共謀となりますが、あの皇帝がゾンファの思惑に素直に乗るかが問題でしょう。ゾンファの旧体制派が帝国内の争いに利用できるならあり得ますが、そこまでの力は持っていないでしょうから」


 元々ゾンファ共和国はアルビオン王国や自由星系国家連合FSUに対して謀略を仕掛けていたが、それらの国で隔たれたスヴァローグ帝国には興味を示していなかった。そのため、情報収集のための諜報員は配置していたものの、ストリボーグ藩王との争いに利用できるほどの能力は持っていない。


「いずれにせよ、両国から目を離せぬということだが、いかんせん距離がある。情報が届くまで二ヶ月以上掛かるということは相手に半年近い時間を与えることになるからな」


 キャメロット星系からゾンファ星系までは最短距離でも50パーセク(約163光年)もの距離がある。自国内であれば情報通報艦が使えるが、他国では高速船で情報を運ぶ必要がある。ゾンファの情報がキャメロットに届くには早くても七十日ほど掛かる。


 スヴァローグ帝国の帝都があるスヴァローグ星系は更に遠く、ヤシマ経由では65パーセク(約212光年)もの距離があり、最速でも九十日程度必要だ。


「ハース提督がいろいろと動いているようですから、“賢者ドルイダス”の知恵に期待しましょう。幸い、参謀本部も統合作戦本部も協力的ですから」


 パレンバーグの指摘にマールバラも頷く。


「外務省も積極的に協力している。何とかなってほしいものだ」


 その後、二人は今後の方針について話し合った。


■■■


 宇宙暦SE四五二五年四月五日。


 キャメロット星系に再び驚くべき情報が飛び込んできた。

 スヴァローグ帝国の帝都スヴァローグにおいて、一月一日に新年の祝賀式典が行われ、皇帝アレクサンドル二十二世とストリボーグ藩王ニコライ十五世が共同で公式発表を行ったというものだった。


『……ストリボーグ星系からの援助を受け、ダジボーグ星系の復興を促進することとなった。ストリボーグ星系政府には帝国の国庫から補助金を供与するとともに、ダジボーグ-ストリボーグ間の航路の整備を行い、各星系が円滑に交流できるようにする。これについて、先ほど藩王ニコライ十五世殿と合意に至ったものである』


 皇帝の言葉が終わると、ニコライが話し始める。


『過去の不幸な行き違いは水に流し、三星系が力を合わせて銀河帝国の再興を果たさねばならない。そのため、私は皇帝陛下に全面的に協力するとともに、ダジボーグ星系への資金援助も積極的に行う予定である……』


 これまで各星系は内戦がない時でも、独自の財源のみで政策を実行し、協力し合うことはほとんどなかった。


 また、航路の整備は内戦が起きた場合に侵攻ルートとなるため、航路情報の共有は行われていたものの、帝都スヴァローグと結ぶ航路以外では中間地点での補給拠点の整備などは行われていなかった。


 特にダジボーグ星系とストリボーグ星系の間は小競り合いが多く発生していた場所であり、共同で整備を行うという発表に各国は驚きを隠せなかった。


 そして、その四日後、更に驚くべき情報が入った。

 クリフォード率いる第二特務戦隊は旗艦フロビッシャー772と駆逐艦ゼブラ626の完熟航宙を終え、要塞衛星アロンダイトに停泊していた。


 副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が緊張した面持ちで、諜報部からの情報を読み上げる。


「一月五日、皇帝アレクサンドルが帝都スヴァローグで新年の記念式典中に襲撃を受けました。重傷を負ったという情報はありますが、皇帝の生死を含め、容態は不明とのことです。実行犯はモンゴロイド系の商人で、パスポートはヤシマのものであったという情報が入っていますが、捕縛された直後に自ら命を絶ったため、詳細は不明です」


 一緒に聞いていた旗艦艦長バートラム・オーウェル中佐が驚きの声を上げる。


「皇帝が襲撃を受けただと! それも帝都で! ありえんだろう!」


 彼の声に戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐も疑問を口にした。


「小官も信じられません。ヤシマはもちろん、この状況で藩王ニコライが皇帝暗殺を行う蓋然性がありません。ゾンファ共和国が撹乱のために行ったとしても、我が国に利するだけで目的が分かりません」


 クリフォードはその言葉に頷く。


「私も同感だ。そもそも警備が最も厳重である帝都で襲撃が実行されたこと自体が驚きだ。出身星系であるダジボーグであればまだ分からないでもないが、皇帝が完全に掌握していないスヴァローグなら油断することはあり得ないからな」


「確かにそうですね。まずはこの情報の確度がどの程度のものなのかを確認すべきです。私の方から続報が入ればすぐに送ってもらうよう、諜報部に連絡しておきます」


 オハラの言葉にクリフォードが頷く。


「頼むよ」


「どの程度我が国に影響が出ると、准将はお考えですか?」


 ホルボーンが眉間に皺を寄せて質問する。


「難しい質問だな。藩王が行ったとは考え難い。そうなると皇帝の狂言の可能性があるが、いずれにしても我が国の諜報部もヤシマや自由星系国家連合FSUの情報機関も、帝国に目が向くことは間違いない。そうなるとゾンファの工作員が王国やFSUで自由に動けることになる」


「皇帝が藩王に反旗を翻させるために狂言を行ったとお考えですか?」


 ホルボーンの問いに対し、クリフォードは即座に否定する。


「いや、その可能性は低いと思う」


 そう否定した後、理由を述べていく。


「藩王と融和の姿勢を示した後に狂言を行えば、それが発覚した時にスヴァローグ星系の兵や民が不信感を持つことになる。そのようなリスクの高い策略を、合理的な彼が行うとは思えない」


「では、藩王が暗殺を命じたということですか? その可能性の方が低いと思いますが?」


「ヴァルの言うとおりだと思う。暗殺を命じるくらいなら融和の姿勢は見せず、私やパレンバーグ特使への暗殺の罪を問い続けたはずだ。その罪を問うという形で兵を挙げた方が自らの艦隊の士気は上がるし、スヴァローグ星系の支持も取り付けやすい。それに加え、勝利の後の統治も行いやすいからな」


「だとすると誰なのでしょうか? 今回の騒動で一番利益を得るのはゾンファですが、撹乱のために皇帝を暗殺するというのは考えにくいのですが?」


「その点も私も同感だ。そもそもゾンファからスヴァローグまでは78パーセク(約254光年)もある。そうなると命じたのは四ヶ月以上前、つまり昨年の七月頃ということになる。そのタイミングでは外交使節団への襲撃とその後に起きたであろう王国の帝国への懲罰出兵は考えていないから、皇帝を暗殺する命令を出す蓋然性がない」


 クリフォードは距離の問題を指摘した。


「そうなると誰がやったのか全く想像がつきませんね」


「少ない情報で無理やり判断しようとすると落とし穴に嵌まる。もちろん、戦場では少ない情報で瞬時に判断を行わなければならないが、星系間の謀略のように時間が掛かるものについては、慎重に判断しなければ大きなミスに繋がる」


 そこでバートラムが話に加わってきた。


「我々第二特務戦隊への影響はどう考えているんだ?」


「そうだな……当面は大きな影響は出ないと思う。この状況で我が戦隊が国外に行くことはないだろうし、帝国やゾンファの謀略に対応することもないだろうからね」


「ならば、今まで通り訓練に勤しむしかないな。真新しい艦に早く慣れなければならんからな」


 バートラムが笑顔でそう言うと、クリフォードも笑みを浮かべる。


「そうしてもらえるとありがたい。帝国でのようなことがそうそう起こるとは思えないが、準備しておくことに越したことはないからな」


「確かにそうだが、准将の場合はいつ“崖っぷちクリフエッジ”に追い込まれるか分らんからな。ハハハハハ!」


 彼の笑い声にその場にいた者たちも釣られて笑っていた。

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