エピローグ

 宇宙暦SE四五二四年十二月七日。


 第二特務戦隊と共にヤシマ星系に入った特使代理であるグラエム・グリースバック伯爵は、直属の上司であるテオドール・パレンバーグ伯爵の病床を訪れていた。

 パレンバーグの体調は未だ万全ではないが、彼以上にグリースバックの顔色は悪かった。


「申し開きをしたいとのことだが、何に対することかな」


 パレンバーグは感情を排した声で確認する。


「ダジボーグでヤシマの商船を同行……いえ、商船に偽装した武装商船を同行させたことに対してです……あ、あの件は私の、小職の失敗……いえ、判断ミスでありますが、当時の状況をご説明したく……」


 グリースバックはたどたどしく説明していく。


「……私は我が国の同盟国に対する好意……誠意を見せるよい機会だと考えました。帝国領内とはいえ、コリングウッド准将率いる第二特務戦隊は非常に優秀であり、危険など考えられず……いえ、リスクは小さいと考えたのです……何の兆候もありませんでした! 商船を有するヤシマの会社に不審な点はなかったのです!……」


 グリースバックは必死に訴えるが、パレンバーグは表情を一切変えなかった。


「……それにゾンファの武装商船に対して、コリングウッド准将は完勝しております。帝国のリヴォフ戦隊が襲い掛かってくることなど、准将ですら想像しておりませんでした! あれは防ぎようがなかったのです!」


 グリースバックの言葉が途絶えたところで、パレンバーグは静かに話し始める。


「君の主張は理解した。それを報告書にまとめてくれたまえ」


 理解したという言葉にグリースバックの表情が一気に明るくなる。


「あ、ありがとうございます! 直ちに報告書を作成し、提出いたします!」


 グリースバックはそれだけ言うと病室を出ていこうとした。しかし、パレンバーグが止める。


「まだ話は終わっていない」


 グリースバックは驚いて振り返る。


「君が説明すべきことは多岐にわたる。第一に私が暗殺の標的となったにもかかわらず、予定通りに帝国に向かったことだ。特使である私が何者かに狙われたのであれば、帝国領内でも同様のことが起きる可能性は容易に想像できる。だが、君は駐ヤシマ大使やコリングウッド准将の意見を聞くことなく、外交使節団の副団長として独断で帝国訪問を決定した」


 その指摘にグリースバックが必死に反論する。


「し、しかし、団長が不在であれば、副団長が最高責任者となります! ならば、私が判断してもおかしくはないはずです!」


「確かに君に権限はあった。だが、君の稚拙な判断により、二十七名もの未帰還者を出しているのだ。権限に付随する責任については君も理解していると思うが、違うのかね?」


 最終的に第二特務戦隊は二十七名の戦死者を出している。なお、この人数にクリフォードは含まれていない。


「……」


 グリースバックはそこで口を噤む。


「先ほど君が説明した商船の同行についても同様だ。護衛戦隊の指揮官が懸念を示したにもかかわらず、君は強引に同行を許可している。その際、君は全責任を負うという文書を残しているが、なぜそのような判断をしたのかが気になる。この件に関しては君の報告書だけでは不十分だな。ダジボーグに調査員を派遣することも視野に入れていると伝えておこう」


「そ、それは……」


 グリースバックは焦るが、後ろ暗いところがあるため、それ以上言葉が出ない。


「君が負うべき責任については理解したと思うが、他にも新たに判明した事実がある……」


 グリースバックはこれ以上何があるのだとオドオドした態度でパレンバーグを見る。


「……ヤシマの情報機関によると、君の父上、ダドリー・グリースバック前伯爵は私を暗殺するようヤシマの裏組織マフィアに依頼したそうだ。これについてはキャメロットに情報を持ち帰り、我が国の捜査機関が調べることになるが、一応君にも伝えておこう」


 グリースバックはその事実に驚き、目を見開く。


「父上が……何かの間違いだ……あの父がそのようなことをするはずが……」


「私も間違いであることを願っているよ。帝国が私の命を狙ったと言われた方がよほどよかった。その方が我が国に混乱を与えないからな」


 パレンバーグの言葉はグリースバックに届いていなかった。


「では、報告書の作成を頼む。先ほどの話だが、君にも疑いは掛かっているから、行動は制限させてもらう」


 グリースバックはその言葉すら耳に入らず、呆然としたまま病室を出ていった。


■■■


 十二月十五日。


 サミュエル・ラングフォード中佐とキャメロット第一艦隊第二特務戦隊の将兵は祖国への帰還に先立ち、衛星軌道上にあるアルビオン王国軍専用施設に集まっていた。


 全員が白を基調とした第一礼装に身を包み、直立不動の姿勢で整列しており、厳粛な雰囲気に包まれている。


 第二特務戦隊の将兵とは対照的に、その周囲には多くのメディア関係者が劇的な瞬間を収めようと好奇に満ちた目で待ち構えていた。


 そんな中、アルビオン王国の国歌が厳かに流れ始めた。

 そして礼装に身を包んだ宙兵隊員たちが、アルビオン国旗に包まれた冷凍ケースを丁重に運んでくる。


「コリングウッド准将に敬礼!」


 サミュエルは鋭い声で命じると、自らも教科書通りの敬礼を行った。

 その命令に合わせ、一糸乱れずに全員が敬礼する。次の瞬間、シャッター音とフラッシュが彼らを包み込む。


 そんな中、クリフォードの遺体・・が収められたケースは、彼らの前をゆっくりと進んでいき、軽巡航艦グラスゴー451の舷門ギャングウェイに吸い込まれていった。


 サミュエルは敬礼を解くと、厳しい表情を崩すことなく、第二特務戦隊の将兵に向けて短い訓示を行った。


「今回の任務で我々は多くのことを学んだ! どれほど絶望的な状況であっても決して諦めない。そのことを准将は身をもって我々に教えてくれたのだ!……」


 そこですすり泣く声が聞こえる。


「悲しむことはない! 我が友クリフは我らと共にある! 胸を張って祖国に帰ろう! 我々を待つ者たちのところへ! 以上!」


 それだけ言うと、サミュエルは踵を返してグラスゴーの舷門に入っていった。

 彼の後ろにはクリフォードの弟であるファビアンが続く。


 その様子はヤシマ全土に放送され、多くのヤシマ市民が若き英雄の死を悼んだ。



 舷門に入ったサミュエルはすぐに出港準備に取り掛かるよう命令を発した。


「出港は予定通りだ! 着替えを終えたらすぐに準備を始めろ!」


 部下たちが走り出すと、宙兵隊員にも命令を出す。


「准将を艦長室に運んでくれ。私とコリングウッド少佐も同行する」


 サミュエルとファビアンは冷凍ケースの後ろを歩き、C甲板デッキにある艦長室に向かった。


 艦長室にケースが入れられると、宙兵隊員たちに下がるように命じた。

 宙兵隊員たちはサミュエルとファビアンがクリフォードとの別れの時間を作るため、敬礼のみを行い、すぐに退出する。


 宙兵隊員たちが立ち去ると、サミュエルは国旗を外しケースの蓋を開けた。


「お疲れさま。窮屈だっただろう」


 それまでの厳しい表情ではなく、笑みが零れている。


「さすがにきつかったよ。やはりこいつには死んでから入った方がいいな。クッションを入れてもらったが、背中が痛いよ」


 そう言いながらクリフォードが起き上がる。


「無理をさせたが、大丈夫か?」


 サミュエルはクリフォードを手助けしながら尋ねる。

 工作員たちを欺くために一度も面会することなく、個人用情報端末PDAでごく短時間話しただけだったためだ。


「まだ万全とは言い難いが、とりあえず大丈夫だ。ヤシマは工業製品だけじゃなく医療も優秀だからな」


 そう言ってケースから出ようと立ち上がった。もともとスラリとした体形だったが更に細くなり、足元がおぼつかない。

 ファビアンが慌ててクリフォードを支える。


「大丈夫ですか、兄さん。ずいぶん痩せたようですが」


 ファビアンの目には涙が浮かんでいた。

 彼は敵の諜報員のことを考え、サミュエルやバートラムから話を聞くだけで、一度もクリフォードに連絡を取っていなかったのだ。


 そんな弟の姿を見て、クリフォードは微笑む。


「少しふらついただけだよ。病室に缶詰になっていたから身体が鈍ったらしい。それよりも心配を掛けたな」


「……」


 ファビアンは言葉を発すれば感情を抑えられないと考え、首を横に振ることしかできなかった。


「サムにも心配を掛けた。パレンバーグ伯爵が私のことを考えて情報を流してくれたが、君たちに悪いことをしたと思っているよ」


「確かにな。この埋め合わせは故郷くにに帰ったらしっかりとしてもらうからな」


「私もです。兄さんの遺体を義姉ねえさんに引き合わせる役になったらどうしようかと、ずっと考えていたんですから」


 ファビアンは明るい声でそう言うが、その目からは涙が零れている。また、クリフォードとサミュエルの目にも光るものがあった。


「そろそろ行った方がいい。まだ部下たちにも隠しているのだろ」


 クリフォードの言葉にサミュエルが頷く。


「ああ。諜報員はいないだろうが、工廠関係者とは接触するからな。すべてを明かすのはヤシマからジャンプした後だ。グラスゴー以外はレインボー星系に入ってからになるだろう」


 そこでクリフォードが笑いながら二人の背中を押す。


「なら、そのまま涙を拭かずに行けばいい。みんな勘違いしてくれるぞ」


「そうさせてもらおう」


 それだけ言うと、サミュエルは振り返り、クリフォードの肩を抱く。


「本当に良かった。これからまた一緒だ」


「ああ。だが、先のことを考えると憂鬱になるな」


 そこにファビアンも加わった。


「今はみんなが待つ故郷に帰ることだけを考えましょう」


 それだけ言うと、大きく鼻をすすった。


 二人は艦長室を出ると、それぞれ自分の仕事に戻る。

 その目に涙があったことから、部下だけでなく工廠の技師たちはクリフォードとの別れを済ませたのだと勘違いした。


 艦長室に残ったクリフォードは椅子に深く座り、息を吐き出す。


(サムたちのところに何とか帰ってこられた。だが、この先、祖国はどうなるのだろうか? 帝国もゾンファも我が国に謀略を仕掛け始めた。混乱だけで済めばよいのだが……)


 不安を感じながらも故郷のことを考える。


(キャメロットを出てから半年か……長かったな……家族に会いたい。新しい家族にも……)


 クリフォードは背もたれに身体を預けながら、九月に生まれた第二子エリザベスの映像を眺めていた。


第七部完

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