第54話

 クリフォードは回復の途にあったが、彼が凶弾に倒れたというニュースは宇宙を駆け巡っていく。


 サミュエル率いる第二特務戦隊はシャーリア法国を出発した後、十一月十七日にロンバルディア星系に到着した。

 その際、クリフォードらが解放されるという情報を得た。


 サミュエルはクリフォードの交渉が上首尾に終わり、これで無事に合流できると安堵したが、ヤシマ星系の手前にあるツクシノ星系に移動した十一月三十日、自由星系国家連合FSUの情報通報艦から、クリフォード襲撃と死亡の情報を受け取った。


「クリフが死んだだと……」


 サミュエルは情報を見ながら言葉を失う。


「疑問の余地はないのですか」


 戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐がサミュエルの呟きに気づき、真っ青な顔で確認する。


「駐ヤシマ大使館の公式発表だ。疑いの余地はない……」


 その言葉でオハラの顔色が更に悪くなるが、それでも冷静さを失うことなく、事実関係を確認する。


「帝国が暗殺者を送り込んだのですか? 皇帝は謝罪した上で准将を解放しています。ここで暗殺を行えば、皇帝が頭を下げたという行為が無になります。ゾンファが手を出したのであれば、彼らは帝国領内にも深く浸透していることになりますが、帝国が易々と認めるとは思えないのですが」


 サミュエルは小さく首を横に振る。


「まだ誰が暗殺を命じたのか分からないそうだ。実行犯はヤシマの船員に扮していたが、襲撃直後に自殺している。船員が所属していた商社に捜査の手が入ったという情報しかない……」


 サミュエルはクリフォードの死という情報を前に心の整理が付かず、情報が映し出されているコンソールを見つめることしかできなかった。

 しかし、意を決してファビアンに回線を繋いだ。


「クリフが暗殺されたという情報を受け取った。君に何と言っていいのか……」


 ファビアンはサミュエルの言葉を受け、衝撃を受ける。


「兄が……兄さんが殺された……本当なのですか……」


「駐ヤシマ大使が全宇宙に向けて公表したそうだ。帝国からの移動に使った商船の乗組員が暗殺者だったらしい」


 その言葉を聞き、ファビアンは暫し考え込む。

 そして、絶望に満ちた表情を緩めた。


「兄は生きているかもしれません」


「どういうことだ? 大使館の公式発表だが?」


「兄が本当に暗殺されたのなら、情報を隠した上で本国に連絡し指示を待ちます。急いで公表する必要はありませんし、大使が今後の戦略に使える情報を自らの権限で公表するとは思えませんから」


「確かにそうだが……」


「もし兄なら、自分が襲われたという情報を工作員や諜報員を炙り出すことに使うはずです」


「クリフならそうかもしれんが……」


 サミュエルはファビアンの言葉に希望を持ち始める。


「ただ疑問なのは、襲撃の事実は公表するにしても、兄の生死を公表する必要はないということです。兄ではない誰かが情報を操作しているのかもしれません」


「我々はどうしたらいいと思う?」


「今は情報を事実として受け止めるしかないでしょう。ヤシマに着けば、嫌でも真実を知ることになりますから」


「希望はあるが、期待しない方がいいということか」


 サミュエルは希望を持ちつつも、あまり期待しないように努めた。

 クリフォードの死が何度も頭にちらつくが、表面上は冷静に指揮を執り続け、十二月六日にヤシマ星系に到着する。


 惑星タカマガハラの衛星軌道上にあるアルビオン王国軍の施設に入港すると、直ちに整備を命じた。


 彼自身は帝国内での行動の報告のため、オハラを伴って首都タカチホに降り、大使や駐在武官らと面会する。


 その際、冷凍保存されているはずのクリフォードの遺体と対面する予定だったが、大使館に篭っているバートラムとホルボーンに会い、クリフォードが生きていることを知らされる。


「本当に生きているのか!」


「俺も直接は会っていないが、連絡は取り合っている。ようやくベッドから降りられるようになったそうだ」


 その言葉を聞き、サミュエルは跪く。


「神よ! 感謝します!」


 特に信心深いわけではないが、思わず神への感謝の言葉が出るほど奇跡に思えたのだ。


「今はいいが、外では悲しむ振りをしろよ。暗殺を命じたのはゾンファらしいが、まだ諦めていないようだからな」


「了解だ。だが、ファビアンにだけは伝えてやってくれ。情報が不自然だから生きているかもとは思っているが、彼が一番参っているだろうから」


「私から伝えておこう」


 バートラムはそういうが、すぐにヤシマの状況を説明し始める。


「ヤシマの情報部と公安が諜報員や工作員を検挙しているが、まだまだ万全とは言い難い。クリフの安全のためにも情報の管理だけは徹底してくれ」


 クリフォード襲撃から一ヶ月近くが経っているが、ヤシマの軍情報部と公安警察による厳しい捜査は未だに続いていた。


 特にクリフォード死亡の情報が流れた後、それが真実なのか確かめようと軍病院に潜入しようとしたスヴァローグ帝国とゾンファ共和国の諜報員が数名捕らえられている。


 バートラムから詳しい経緯を聞き、ここ数日の強い悲しみを思い出し複雑な気持ちになるが、思った以上に帝国とゾンファの諜報員たちが潜入していると知り、気を引き締め直す。


「それでクリフの帰国はどうなっているんだ?」


 サミュエルの問いにホルボーンが答える。


「第二特務戦隊の整備と補給が完了次第、我々も帰国します。その際、我々はヤシマ防衛艦隊の兵員輸送艦に乗ることになっていますが、准将の遺体・・は親友であり指揮官代行である中佐が引き取り、グラスゴーに運び込む手筈となっています」


 バートラムたちだけでなく、帝国から帰還した百名の部下たちは帰国することなく、ヤシマに留まっていた。これは自分たちのために捕虜となったクリフォードと共に、祖国に帰還したいという申し出があったためだ。


「了解した。本格的な修理を行いたかったが、急がせることにしよう。それでも整備と補給に十日ほど掛かるが、ここヤシマは安全な場所ではないようだからな」


「そうしてもらえると助かります」


 ホルボーンが安堵の表情を浮かべてそう答えると、バートラムも同じように笑みを浮かべている。

 軍の病院とはいえ、暗殺に長けた帝国とゾンファの工作員に対して不安があったためだ。


「では、私は親友を失い、彼の遺志を引き継ぐ男を演じるとしよう」


 言葉は軽いが、サミュエルの表情は真剣だった。彼はバートラムらの表情を見て、改めてここが敵地に近いと気を引き締めていた。



■■■


 第二特務戦隊がヤシマに到着する前日の十二月五日。

 スヴァローグ帝国のダジボーグ星系にクリフォード襲撃と死亡のニュースが届いた。


 皇帝アレクサンドル二十二世はその情報を受け取ると満足げな表情を浮かべ、腹心であるディミトリー・アラロフ補佐官に話しかける。


「そなたの手配した者は上手くやったようだな」


 しかし、アラロフは普段浮かべている柔らかい笑みを消していた。


「それはどうでしょうか? 上手く行き過ぎている気がいたしますが」


「アルビオンが偽の情報を流したというのか? 英雄と称えられているが、一介の准将に過ぎんのだ。第一、ヤシマにいるアルビオンの外交官にそこまでの権限があるとも思えんが」


 皇帝は懐疑的な目でアラロフを見る。


「パレンバーグ伯爵がいらっしゃいます。完全に回復したという情報はありませんが、病床から指示を出すことは充分に可能でしょう。彼なら独断で行動を起こしてもおかしくはありません」


 アラロフはテオドール・パレンバーグの存在を指摘する。


「目的はなんだ? 我が国やゾンファに対する謀略に使えるとは思えんが」


「准将を餌に使うことが考えられます。ヤシマはスパイ天国と言われるほど諜報員や工作員がいますから、それらを一掃するために偽情報を流して炙り出そうとしてもおかしくはありません」


 その言葉にアレクサンドルも考え込む。


「それは考えられるな」


「いずれにしてもコリングウッド准将に対し、弔意を示す必要がございます。陛下のお心の広さを知らしめる、よい機会でございますので」


「確かにそうだな。アルビオンに頭を下げて謝罪までしたのだ。その屈辱を考えれば、意に添わぬとはいえ、コリングウッドを称え、弔意を表す程度のことはやってやろう」


「それがよいでしょう。ニコライ閣下の動きを封じた今、陛下が英傑の死を称えれば、我が国の軍人は必ず評価いたします。そうしておけば、ニコライ閣下の調略も不発に終わる可能性が高くなります」


 ストリボーグ藩王ニコライ十五世がアレクサンドルに送った親書は、約一ヶ月前の十一月四日に届いていた。


 その内容はアレクサンドルを非難するものであったが、既に自らの過ちを認め、アルビオン王国に対して謝罪しており、親書での詰問はほとんど意味をなしていない。


 アレクサンドルはその親書に対し、対応方針を示した文書を持たせた使者をストリボーグとスヴァローグに派遣しており、ニコライが打つ手を封じていた。


 アレクサンドルはアラロフの提案通り、クリフォードの死を悼む談話を発表する。


『……コリングウッド准将は偉大な戦略家であり、我が国にとって危険な存在であった。よって彼の死は帝国にとっては喜ぶべきことかもしれない。だが、余にそのような思いはない。彼と話をし、そのひととなりを知っているからだ……彼は理不尽に襲ったリヴォフ少将に対しても同情と哀悼の意を示している。彼は尊敬に値する武人であり、戦争が終わった今、友として語り合いたい人物であった……銀河帝国皇帝として、クリフォード・コリングウッド准将の不慮の死に対し、哀悼の意を表すとともに遺族の心痛が少しでも和らぐことを祈るものである……』


 談話は帝国内だけでなく、各国に送られた。

 ダジボーグ以外では皇帝が裏で糸を引いていると考える者が多く、“マッチポンプ”も甚だしいという印象を持つが、ダジボーグの民は皇帝の度量の大きさに感嘆する。


 更にスヴァローグ星系でも比較的好意的に受け止められ、過ちを認める度量と好敵手に対する敬意を見せたアレクサンドルの評価は確実に上がっていた。


 クリフォード暗殺の情報が届いた数日後、キャメロット星系で発生した暴動の情報がアレクサンドルの耳に入った。


(ファ・シュンファもなかなかやるではないか。帝国保安局も負けてはおられんな……)


 帝国保安局は皇帝直属の機関で帝国内での防諜活動だけでなく、対外的な工作や諜報活動も行うスパイ組織だ。


 コパーウィート軍務卿のスキャンダルは保安局が主導したが、今回の暴動はゾンファ共和国の旧体制派であるファ・シュンファ元政治局長が指示したことだ。


 距離が離れていることと、ファが軟禁状態にあることから綿密な連携は取れないが、アレクサンドルとファは一年近く前、ファが公職を追放された頃から密かに連絡を取り合っている。


 二人はアルビオン王国の一人勝ちの状況に対し強い危機感を持っていた。完全な共闘体制ではないが、二ヶ国がそれぞれ謀略を仕掛けていることから、アルビオン王国の対応が後手に回り、混乱が徐々に大きくなっている。


(アルビオンはこれで当分まともに動けぬ。このタイミングでニコライを排除すべきだな。今回のことで奴が諦めていないことは分かった。奴が動きたくなる隙を作ってやれば……)


 アレクサンドルはアルビオン王国に混乱を与えている間にニコライとの決着をつけるべく、準備を始めることにした。

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