第28話
時はクリフォード率いる第二特務戦隊がソーン星系からドゥシャー星系に向けて超光速航行に突入した直後、九月九日に遡る。
第二特務戦隊を護衛していたダジボーグ艦隊のゲオルギー・リヴォフ少将は、麾下の各艦に命令を出す。
「直ちにアルビオンの戦隊を追う。全艦、旗艦に続け」
その命令に旗艦艦長であるイリヤ・クリモワ大佐が驚き、疑問を口に出す。
「護衛はここまでのはずですが? 命令を無視されるおつもりですか?」
リヴォフはクリモワに一瞬鋭い視線を向けた後、平板な口調で自分に従うよう命じた。
「アラロフ補佐官閣下より極秘命令を受けている。今は私の命令に従え」
ダジボーグ星系の実質的なトップである皇帝補佐官からの極秘命令であると断言されると、クリモワも認めるしかなかった。
リヴォフは本星系の司令官である、レオニード・ガウク中将に向け、通信を行った。
『アルビオン王国外交使節団護衛隊指揮官コリングウッド准将について疑義が生じた。根拠はヤシマ船籍の第一布袋丸船長イマミヤとの会話である。本戦隊は帝国の安全のため、小官の責任において緊急対応を行う。直ちに追跡が必要であるため、詳細については帰還後に報告する。以上』
ガウクの哨戒艦隊とは一光時ほど離れているため、通信が届くのは一時間後。リヴォフ戦隊八隻はガウクからの返信を待つことなく、第二特務戦隊がジャンプインした十分後に超空間に入っていった。
そして、しばらくした後、クリモワが彼の部屋を訪れる。
「今回の命令について確認させていただきたいのですが」
クリモワは硬い表情でそう切り出す。
旗艦艦長である彼としては部下に対する責任があり、更に戦隊の次席指揮官であるにも関わらず、直前まで知らされなかったことに怒りを覚えていた。
リヴォフは暗い目で彼を見つめた後、小さく頷き先を促す。
「アラロフ補佐官閣下の極秘命令とのことですが、具体的にはどのような命令なのでしょうか?」
リヴォフはその問いに十秒ほど沈黙した後、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「アルビオン王国の外交使節団のストリボーグ行きを阻止する」
「ストリボーグ行きを阻止する?……具体的にはどのように阻止するのでしょうか?」
クリモワの問いにリヴォフは僅かに沈黙した後、説明していく。
「彼らに同行しているヤシマの商船だが、ゾンファの武装商船らしい。他にも四隻の武装商船が待ち伏せしているという情報だ。補佐官閣下はそれを利用するそうだ」
「なるほど。ゾンファの武装商船がコリングウッド准将の戦隊を攻撃し、損傷を与えられたコリングウッド准将がストリボーグ行きを諦めるということですか」
「その通りだ」
クリモワは一つの疑問が頭に浮かんだ。
「しかし、ゾンファが我が国の宙域でアルビオン王国の外交使節団を攻撃するのはなぜなのでしょうか?」
「詳細は分からんが、補佐官閣下の話では人気が高いコリングウッドを帝国内で殺すことで、アルビオンの国民や政治家の目を皇帝陛下に向けさせ、あわよくばアルビオンに我が国を攻めさせる計画らしい」
「コリングウッド准将を殺して国民感情を悪化させて戦争へ……あり得ないと思うのですが、本当にゾンファはそのようなことを計画しているのでしょうか?」
リヴォフは小さく首を振り、表情を僅かに緩めた。
「それは私にも分からんよ。ただ、補佐官閣下はゾンファの指導部が本気かどうかは別として、実際に計画があるとお考えのようだ」
クリモワは理解できないという感じで肩を竦めるが、もう一つの疑問を口にする。
「その点は了解しました。ですが、我々がドゥシャー星系に向かうのはなぜなのでしょうか?
リヴォフは再び表情を消し、淡々と話し始めた。
「コリングウッドは有能な指揮官だ。先ほど見た通り、充分に警戒している。ゾンファの武装商船が失敗した場合、我々がコリングウッドの戦隊を全滅させ、ストリボーグ行きを阻止する」
その言葉にクリモワは絶句する。
そして、怒りに顔を赤くしながら声を上げる。
「正式に停戦条約を結んだ国の外交官とその護衛を騙し討ちにするなど、帝国軍人としてあるまじきことです! アラロフ補佐官閣下は何を考えておられるのか!」
その怒りを目にしてもリヴォフは暗い目をしたままだった。
「皇帝陛下の代理人たる補佐官の命令だ。もっとも命令書など証拠になるものは何もないがな」
クリモワは愕然とした表情を浮かべる。
「このような国家の命運に関わる重大事を口頭のみで……ガウク中将閣下はこのことをご存じなのでしょうか?」
「分からん。少なくとも補佐官から中将に伝えたという話は聞いていない」
「では、閣下が独断で行ったこととされる可能性もあるのではありませんか?」
リヴォフは自嘲するように顔を歪める。
「そういうこともあるだろうな。あの補佐官殿なら、私を切り捨てることにためらいを感じることは一切ないだろうから」
クリモワはその言葉を聞き、目の前が真っ暗になった。
(成功しても失敗しても我々は責任を取らされることになる。あの補佐官なら成功すれば証拠隠滅のために我々を処分するだろうし、失敗すれば部下の暴走を止められなかった自分に責任があると言いつつ、我々のせいにして幕引きを図るだろう……)
そこであることが頭に浮かんだ。
(本当に補佐官が命じたことなのだろうか? 少将閣下はサタナーの戦いで二人のご子息を亡くしておられる。それに閣下自身、小型艦部隊の指揮を執り、多くの部下を失った。あの戦いではコリングウッド准将が大きな働きをしたと聞く。恨みを晴らすために極秘命令と偽っているのではないか……)
リヴォフはダジボーグ星系会戦において、巨大ガス惑星サタナーのリングに隠れて奇襲を行った小型艦部隊の指揮官の一人であった。サタナーの戦いにおいて、小型艦部隊は味方の艦隊を逃がすために最後まで戦い、三千隻中二千隻を喪失している。
リヴォフは運よく生き残ったものの、二人の息子が戦死したことを知り、一時は廃人のように気力を喪失していた。
しかし、多くの艦を失ったダジボーグ艦隊では早急に再編を行う必要があった。気力を失った状態のリヴォフであっても退役は許されず、哨戒艦隊の指揮官として復帰した。
当初、クリモワはそんな彼に危惧を抱いたものの、リヴォフは指揮官として私情を挟むことなく任務に当たり、クリモワの不安も消えていた。
しかし、今回の件でそのことを思い出した。
それでもクリモワはその疑問を口にすることができなかった。
(少将閣下はこれまで私情を挟むことなく完璧に指揮を執ってこられた。それに既に二年近い時間が流れている。今更復讐に走るとは思えん……)
帝国の軍人として上官の言葉は絶対であり、明確な証拠もなく疑うことにためらいがあった。また、一年半にわたって彼に仕えてきた印象からその疑問を自ら打ち消した。
「了解しました。部下たちには極秘の命令があったとだけ伝えておきます」
クリモワはそれだけ言うと司令官室を去った。
残されたリヴォフはその後姿を見送ると、大きく息を吐き出した。
■■■
リヴォフの戦隊が第二特務戦隊を追ってジャンプインした一時間後、星系内に残っていた哨戒艦隊にその様子が伝わった。
指揮官であるレオニード・ガウク中将は旗艦である重巡航艦スラヴァのCICで、その行動を目の当たりにする。
「リヴォフは何をやっている! 通信は入っていないのか!」
その叫びに旗艦艦長であるゴラン・チュルキン大佐が真面目な表情で答える。
「リヴォフ少将閣下から通信が入りましたが、詳細は不明です。疑義が生じたとだけ口頭で報告があり、その証拠であるコリングウッド准将とイマミヤ船長の通信記録すら送られておりません」
「独断専行にもほどがある! 何を考えているのだ、リヴォフは!」
ガウクの怒りの声にチュルキンが生真面目に答えた。
「少将が何をお考えかは分かりかねます。ですが、少将は二年前のサタナーでの戦いで多くの部下を失っております。その辺りに理由があるかもしれません」
「あの戦いでは私も多くの部下を失っているが、その恨みを晴らすために命令違反をするつもりはない」
チュルキンはその言葉に頷くが、すぐに自らが知っている情報を伝える。
「小官の聞いた話では少将閣下のご子息が二人とも戦死なされたとか。それもアルビオンの第九艦隊からの攻撃を受けてのことだったはずです。少将閣下はコリングウッド准将のことをいろいろと聞いておられました。最初から狙っていたのかもしれませんな」
その言葉にガウクが愕然とする。
「確かにリヴォフがコリングウッド准将のことを調べていたことは知っているが……第九艦隊で活躍した准将を殺すつもりだったとは……」
「どうなさいますか? 今から追いかけてもJPに到着するのは五時間後になります。ジャンプアウトした時点で既に決着が付いていると思いますが」
チュルキンの指摘にガウクは頭を抱えたくなったが、すぐに情報通報艦でダジボーグに情報を送るとともに自身の哨戒艦隊に命令を発した。
「間に合わなくとも生存者の救出は可能だ。直ちにドゥシャー星系に向かうぞ!」
旗艦である重巡航艦スラヴァを先頭に十隻の艦がドゥシャー星系JPに向けて加速を開始した。
その後、ダジボーグ星系JPに情報通報艦が現れた。
『アラロフ補佐官閣下よりリヴォフ少将閣下への命令を伝えます。“ヤシマの商船はゾンファの通商破壊艦である可能性が高い。リヴォフ少将は麾下の戦隊を率い、直ちにドゥシャー星系に向かえ”。繰り返します……』
タイミング的には第二特務戦隊がジャンプインしてから一時間後、距離の関係からドゥシャー星系JP付近に通信が届くのは四時間後であった。
その通信を受けたガウクは憮然とした表情で黙り込む。
(このタイミングで命令が送られてきたということは、最初から狙っていたということだな。だとすれば、リヴォフは補佐官の命令を無視してジャンプしたことになる。何が起こっているのだ? 本当にリヴォフは私怨で動いているのだろうか? あの補佐官なら密かに命令した上で、自分が関与していないように見せかけることもあり得るが……)
ガウクはそう考えたが、あまりに憶測が混じるため、言葉にすることができなかった。
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