第22話

 軽巡航艦グラスゴー451の艦長、サミュエル・ラングフォード中佐は焦慮を隠したまま、指揮を執っている。


 第二特務戦隊は通商破壊艦部隊の本隊の横をすり抜け、更に別動隊からも徐々に離れつつあった。


 グラスゴーは戦闘開始から戦隊の先頭に立っており、僅か数分の間に敵主砲の直撃を四度、副砲の直撃も二度受けていた。


 幸いなことに連続で命中しなかったため、通常空間航行機関NSDが損傷した他は致命的なダメージは負っていない。しかし、防御スクリーンの能力は限界に達し、艦の最外殻の装甲は高エネルギーの荷電粒子によって焼かれ、満身創痍といった見た目になっている。


(厳しい状況だ。次の直撃で致命傷を負う可能性が高い……今俺たちが生き残っているのは敵がキャヴァンディッシュを仕留めようとしているからに過ぎない。もし一隻ずつ沈めていくつもりだったなら、半数以上は撃沈されていただろう……)


 サミュエルは命令を出しながら頭の片隅でそんなことを考え、すぐに陽気ともいえる声を上げる。


「准将ならこの程度は崖っぷちクリフエッジには入らんと言うだろう。まあ、俺たちは結構崖っぷちだがな」


 その言葉にCICにいる乗組員たちに笑みが浮かぶ。


「このまま射程外に出れば、速度とベクトルの関係で別動隊も追いつくことはできない。今は回避と防御スクリーンの調整に専念してくれ!」


 この時、グラスゴーの通常空間航行機関NSDの加速能力は、正常時の三分の一である二kGにまで落ちていた。


 サミュエルは当然そのことを知っていたが、落ちた状態の加速力でも逃げられることは確認している。


 更にサミュエルは緊急時対策所ERCにいる副長に命令を出す。


副長ナンバーワン! 三分後からNSDの応急修理に入ってくれ。それまではゆっくりコーヒーでも飲んでくれればいいぞ。だが、配給酒グロッグはまだだからな!」


 その言葉に副長の呆れた声がスピーカーから流れる。


『ここにグロッグなんてありませんよ。それに三分じゃ、コーヒーを淹れたところで終わってしまいます。第一、船外活動用防護服ハードシェルを着ているんですから、のんびりコーヒーなんて飲めませんよ』


 副長の声こそ生真面目なものだったが、緊張感のない会話が艦内に響く。


 回避に専念している操舵長コクスンと防御スクリーンの調整を行っている機関士だけはその会話を聞く余裕はないが、他の乗組員たちは自分たちの艦長がいつも通りであることに僅かに余裕が戻っていた。


(これで何とかなりそうだな……だが、この後はどうするつもりなんだろうな、クリフは。この航路でもミーロスチ星系JPに向かえないことはないが……)


 通常の航路からは外れるが、次の星系であるミーロスチ星系行きJPまではベクトルを大きく変えることなく向かうことができる。


 そのため、敵が星系内最大巡航速度である〇・二光速を超える無謀な速度で移動しない限り、追いつかれることはない。


 また、仮に敵が最大巡航速度を超えて追撃してきたとしても、その場合は防御スクリーンの能力が著しく低下していることに加え、対宙レーザーの命中率が低下し、ステルスミサイルに対する防御が甘くなることから、反転して反撃すれば勝利を得ることは難しくない。


 そんなことを一瞬考えたが、すぐに意識を戦闘に戻す。


(敵の攻撃が激しさを増してきたな。向こうもここで仕留めなければ逃げられると思っているのだろう。しかし凌ぎ切れるのか……)


 別動隊であるスウイジンとリユソンスはそれまでより砲撃間隔を縮め、加速空洞キャビティや加速コイルの冷却を無視した、激しい攻撃に切り替えている。

 グラスゴーにも何度か敵主砲が掠め、ギリギリの状態で回避していた。


■■■


 ゾンファ共和国の通商破壊艦部隊、S方面特殊遊撃戦隊の指揮官、ディン・クー大佐は強い焦りを覚えていた。


(このままでは任務は失敗だ。リーの隊がこの状況に対応できなかったことが原因だが、コリングウッドの部隊は想像していた以上に精鋭だ。ヤシママックスフェイツウイギャラクティックアローマナオが沈められるとは思わなかった……だが、このままでは終わらせん!)


 待ち伏せていたリー・バオベイ中佐は高速でジャンプアウトしてくるとは想定しておらず、初期の対応に戸惑った。


 その結果、高速移動により防御スクリーンの能力が落ちている第二特務戦隊に命中させることはできたものの、止めを刺すところまで持ち込めなかった。


 ディンは自らが指揮するスウイジンと僚艦であるリユソンスに安全規定を無視した砲撃を命じていた。


 本来であれば、荷電粒子を加速する加速器を守るため、主砲の砲撃には一定の間隔を空け、適度に冷却する必要があるが、それを無視して連射を命じたのだ。


「冷却が追いつきません! このままでは磁場が歪んで加速空洞キャビティが溶けてしまいます!」


 主砲を管理する戦術担当の下士官が悲鳴を上げる。


「あと五分だけ保たせられればいい。今はそれだけを考えてくれ」


「了解しました! 緊急冷却を使用します! 今後、大規模なメンテナンスを行うまで、主砲が使えなくなる可能性があることだけは承知おきください!」


 下士官のやけくそ気味の言葉に、ディンは「了解」とだけ答え、更に命令を出していく。


「他の艦に構うな。敵旗艦に攻撃を集中させろ! リーの部隊にも徹底させるんだ!」


 これまでも可能な限りキャヴァンディッシュ132に攻撃を集中させていたが、全滅させることを優先し、グラスゴー451や周囲にいる駆逐艦にも散発的に攻撃を行っていた。


(リーたちを責めることはできんな。俺自身も冷静さを欠いていた。まだ時間はある。旗艦に集中攻撃を掛ければ沈めることができるはずだ……)


 未だディンらに有利な状況ではあるが、待ち伏せを主体とする彼ら本来の戦い方ではなく、命中率は必ずしも高くなかった。そのため、当初の狙い通りに作戦は進んでいない。


(コリングウッドの性格はある程度分かっている……そろそろ護衛艦が限界のはずだ。部下を盾にするようなことはしないだろう……)


 ディンはダジボーグ星系出発後の約二週間の間、クリフォードを観察していた。その結果、非情さは持ち合わせているものの、部下たちを簡単に切り捨てられる性格ではないと看破していた。


(全滅は無理でもコリングウッドだけは確実に殺す。奴に恨みはないが、俺たちにも意地がある……)


 ディンは第二特務戦隊全滅を諦め、クリフォードを倒すことだけに切り替える。


「ここが正念場だ! 何としてでも敵旗艦を沈める! 頼んだぞ!」


「「オオ!」」


 ディンの言葉に部下たちが呼応する。

 その士気の高さにディンは満足げに頷くが、すぐに目の前のコンソールに集中していった。

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