第20話

 宇宙暦SE四五二四年九月十四日標準時間一一〇五。


 キャメロット防衛第一艦隊第二特務戦隊はドゥシャー星系へのジャンプアウトを五分後に控えていた。


 旗艦キャヴァンディッシュ132では戦闘準備が完了しており、戦闘指揮所CICを含め、すべての部署には船外活動用防護服ハードシェルを着用した乗組員たちが緊張した面持ちで待機している。


 クリフォードは艦内用のマイクを手に取ると、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「予定通り一一一〇にジャンプアウトする。我々を攻撃してくる敵が待ち伏せている可能性があることは既に説明した。しかしながら、諸君らの中にはそのようなことがあり得るのかと疑問を持っている者も多いと思う……」


 そこで言葉を切ると、強い口調で言葉を続けていく。


「今一度、我々の任務が何かを思い出してほしい! 敵となり得る存在に対しては常に警戒し、それに備えるのが我々護衛戦隊の任務なのだ! 実際、我々に先行してストリボーグに向かった不自然な高速商船が存在する。この先は戦場に飛び込む緊張感をもって任務に当たってほしい。以上!」


 その後、艦長であるバートラムが命令を発していく。


機関長チーフ対消滅炉リアクターを最高出力に維持せよ! 戦術士タコーはジャンプアウトと共に主砲の照準及びスペクターミサイルの目標を二隻の商船に設定! 操舵長コクスンはジャンプアウト後に手動回避を開始してくれ!」


 その命令にそれぞれが「了解しました、艦長アイアイサー」ときびきびと答えていく。


了解っす、艦長アイサー


 唯一、操舵長であるレイ・トリンブル兵曹長だけはいつも通りの緩い感じだが、それがクリフォードにはありがたかった。


(コクスンのお陰で過度に緊張しなくて済む。それに万が一敵が待ち伏せていなくても何か言ってくれて笑い話にしてくれるだろう。その可能性は低いと思うが……)


 クリフォードはジャンプポイントJPでの待ち伏せを確信していた。


(私が襲撃側なら間違いなく、ソーンJPで待ち伏せる。小惑星帯では航路を外れれば待ち伏せは不可能だし、ミーロスチ星系側のJPでは奇襲を掛けられる前に機動力を使って回避できる。あるとすれば、ドゥシャー星系ではなく、先のミーロスチ星系の出口だが、ストリボーグ艦隊の状況を調べる時間はなかったはずだ。そのリスクを考えれば、ここしかありえない……)


 そんなことを考えていると、オブザーバー席に座るグラエム・グリースバック伯爵がクリフォードに嫌味を言ってきた。


「これほど警戒して何もなければ部下たちが呆れるのではないかね?」


 グリースバックはクリフォードの警戒が無駄に終わると考え、ジャンプアウトしたタイミングで、彼をこき下ろそうとオブザーバー席に座っていた。


「我々の任務は外交使節団を守ることにあります。任務を全うするために最善の行動を採ることはおかしなことではありません。そのことは部下たちも分かっております」


 クリフォードの正論に対し、グリースバックは不機嫌そうな表情を浮かべ、フンと鼻を鳴らすことしかできなかった。


 航法士のカウントダウンの声がCICに響く。


「ジャンプアウトまで三十秒……二十秒……十秒……五、四、三、二、一、ジャンプアウト!」


 次の瞬間、超空間を示すグレーしか映っていなかったメインスクリーンにペルセウス腕銀河の星々と、M5Ⅴの赤色矮星である主星ドゥシャーが放つ、暗赤色の光が映し出される。


「ヤシマ船籍を示す敵味方識別信号IFF確認! 数は四! 位置は主星側、約十光秒です!」


 戦隊参謀であるクリスティーナ・オハラ中佐が早口で報告する。


「照合の結果、先行してストリボーグに向かった、“ギャラクティックアロー”、“千島丸”、“ニューミズホ”、“ヤシママックス”と判明しました」


 オハラの報告にクリフォードは頷く。


 その間にスマートな艦体のキャヴァンディッシュは螺旋を描くような自動回避機動に加え、手動回避が始められていた。更に第二特務戦隊の他の艦もジャンプアウトし、旗艦を中心とした紡錘陣形が形成されていく。


 戦隊の前方一光秒の位置には二隻のヤシマ商船、第一布袋丸と第四弁天丸の姿があり、戦隊と同じ〇・一光速の速度で航行していた。


 クリフォードは指揮艦用コンソールで状況をすばやく確認すると、後ろに控える副官、ヴァレンタイン・ホルボーン少佐に戦隊の各艦への命令を伝える。


「戦隊各艦は慣性航行のままヤシマ商船に艦首を向けよ! 手動回避継続! それぞれの目標は旗艦より指示せよ!」


 ホルボーンが了解を答える前にオハラに向かって命令を出す。


「四隻の商船にJPで待機していた理由を確認! 第一布袋丸と第四弁天丸には現状の針路維持を指示!」


 その直後、CICに警報音が響く。


「ヤシマ商船、砲撃開始! グラスゴーに直撃!」


 サミュエルが指揮する軽巡航艦グラスゴー451は紡錘陣形の先頭にあったため、直撃を受ける。


 クリフォードは盟友の艦の状況が気になったが、それを無視して命令を発した。


「ヤシマ商船を敵性勢力と認定! プランアルファに従い、攻撃を開始せよ!」


 クリフォードは敵が待ち伏せていることを想定し、敵の対応によって複数の行動パターンを予め命じてあった。プランAは敵が即座に攻撃してくることを想定していたパターンだ。


 その命令にバートラムがいち早く応える。


了解しました、准将アイアイサー! 敵最左翼、ギャラティックアローに砲撃開始だ! スペクターミサイル発射準備いいな!」


 戦隊の各艦も砲撃を開始する。


人工知能AIによる分析完了しました。敵の主砲はいずれも七・五テラワット級荷電粒子砲です。副砲に一テラワット級荷電粒子砲一門も確認しました。防御スクリーンはスペクトル解析により、ヤシマ製の十三テラジュール級の模様。少なくとも二重化されています」


 オハラが冷静な声で報告した。


「了解。中佐は引き続き分析を。対宙レーザーの数は早急に確認してくれ」


 クリフォードはオハラに命じながらも戦力差について分析を始めていた。


(想定に近い能力だが、立て続けに命中すれば、駆逐艦はもちろん、キャヴァンディッシュですら耐えきれない。このまま速度を生かして離脱する方が安全だが、無傷で射程外に逃れることは不可能だろう。ステルスミサイルをどこで使うかがカギになる……)


 指揮官用コンソールを見つめた後、戦隊各艦に指示を出していった。


「第一布袋丸と第四弁天丸が針路変更! こちらに向かってきます!」


 ホルボーンが大声で報告する。

 クリフォードも二隻の商船については注意を払っており、その声が聞こえる直前に気づいていた。


 二隻の商船は第二特務戦隊の針路に向かうように右に回頭していた。


「イマミヤ船長に元の針路に戻って加速するよう命じてくれ。直ちに指示に従わない場合は攻撃を行うとも伝えてくれ」


了解しました、准将アイアイサー


 ホルボーンは直ちに回線を開き、通信を行った。


「第一布袋丸及び第四弁天丸は直ちに元の針路に戻し、加速を開始せよ。命令を実行しない場合は敵性勢力と判断し攻撃を加える」


 すぐにイマミヤがスクリーンに映し出される。


『我々も手伝わせてもらいますぜ。ここで英雄を見捨てたとあっちゃ、ヤシマに戻れませんからね!』


 ホルボーンはイマミヤの言葉を無視して警告を発する。


「助力は不要だ。直ちに針路を戻せ! 戻さなければ敵と判断し、攻撃を開始する! これは脅しではないぞ!」


 ホルボーンの言葉を無視するように第一布袋丸と第四弁天丸は第二特務戦隊に向けて加速を続けていく。


 その会話を聞いていたグリースバックが声を上げた。


「友好国の商船に対して何という言い草だ!」


 クリフォードはグリースバックの言葉を無視する。


「第一布袋丸及び第四弁天丸を敵性勢力と認定! 別動隊と呼称する! 本隊だけでなく別動隊の行動にも注意せよ!」


「准将! 君は私が守ると約束した友好国の商船を攻撃するというのか!」


 グリースバックが更に叫んでいるが、クリフォードは高速での戦闘ということで、意識を一切向けていない。


 第二特務戦隊は二隻の商船のやや後方にいるが、既に六十度近い角度が付いており、艦首を振り向けないと主砲での攻撃が不可能な位置になっていた。


(このままでは正面だけでなく、側面からも攻撃を受けてしまうな……だが、二隻に艦首を向ければ、敵本隊に側面を晒すことになる。まずは正面の敵を突破することを考えるべきだろう……)


 クリフォードは腹を括ると命令を発した。


「正面の敵本隊を先に叩く! 全艦ステルスミサイル発射準備!」


了解しました、准将アイアイサー! やってやりましょう!」


 バートラムの気合の入った声がCICに響いた。


■■■


 待ち伏せていたゾンファ側の四隻の指揮官、リー・バオベイ中佐は通商破壊艦スリュスの指揮官シートに座り、攻撃の指揮を執っていた。その表情には焦りは見えないが、内心では想定外のことに戸惑っている。


(まさか速度を維持したままジャンプアウトしてくるとは……通信の間に逃げられてはと思わず攻撃を命じてしまったが、早まったか……)


 アルビオン側は〇・一Cで航行しているため、最大加速を行われれば三分ほどで射程外に逃げられてしまう。そのため慌てて砲撃を開始したが、シフト中ということもあり、いつも通りの能力が発揮できていない。


 幸いリーがCICにいたタイミングであったため、全体指揮を執ることができたが、僚艦の指揮官が副長や戦術士であったため、微妙に連携が取れていなかった。


(不味い状況だ。ディン大佐のスウイジンとリユソンスの援護も受けられない。我々四隻だけで全滅させることは難しいぞ……)


 そんなことを考えていると、部下の一人が緊迫した声で報告する。


「敵針路そのまま! 我々の横をすり抜けるつもりのようです!」


 その報告にリーは更に表情が曇る。


(このままでは逃がしてしまう。この距離と速度で敵を殲滅することは困難だ。ディン大佐たちに回り込んでもらって、追撃戦に挑む方がいい……)


 リーは自分たちが壁となり、ディンたち二隻が回り込むチャンスを作ることに切り替える。


「砲撃継続! 敵旗艦に攻撃を集中せよ! 敵とすれ違ったタイミングで、最大加速で追撃する! 当たれば敵の防御スクリーンは一気に過負荷になる。こちらが圧倒的に有利なのだ! ここが正念場だ! 攻撃の手を緩めるな!」


 リーは内心の焦りを隠し、毅然とした表情で命令を発していった。

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