第19話
ヤシマの商船、第一布袋丸の船長イマミヤは、ソーン星系からドゥシャー星系に向けて
(“
イマミヤはゾンファ共和国の通商破壊艦部隊の指揮官で、本名はディン・クーといい、大佐の階級を持つ。
スヴァローグ帝国内での特殊任務、すなわちクリフォード暗殺を命じられた“S方面特殊遊撃戦隊”の指揮官であり、第一布袋丸ことツアイバオ級通商破壊艦スウイジンの艦長でもある。
(命令に従うしかないが、こんなことに意味があるとは思えん。一介の准将を暗殺してもアルビオンが帝国に攻め込むはずがない。本国の連中も組織が壊滅した影響で頭までおかしくなったようだな……)
彼は作戦の目的、アルビオン王国の民衆に人気が高いクリフォードを暗殺し、世論を対帝国戦争に向けるという突拍子もない話を聞いた際、唖然とした後、ゾンファ共和国軍人にしては珍しく命令者に対し、憮然とした表情を見せて反論していた。
(まあ、俺たちに命令を伝えた奴もあり得ないと言っていたから、組織全部がおかしくなったわけではないのだろうが、意味もなくやらされる俺たちの身にもなってもほしいものだ……)
彼が考える通り、この作戦を命じた旧指導者であるファ・シュンファ元政治局長ですら、暗殺によって戦争が起きるとは考えていなかった。
ファはクリフォードを暗殺することで、政治家や市民、メディアの目をそこに集中させ、その隙に別の謀略を仕掛けるつもりでおり、必ずしも作戦の成功に期待しているものではなかった。
ディンに戦争を引き起こすためという情報を与えたのは、彼が捕らえられた時のことを考慮したために過ぎない。
(いずれにしても
ディンの当初の計画では、リー・バオベイ中佐率いる四隻の通商破壊艦がヤシマ商船に偽装したままJPで待ち受けて奇襲を掛け、更にディンが指揮するスウイジンと僚艦である第四弁天丸ことリユソンスが後方から攻撃を加えるというものであった。
しかし、クリフォードが待ち伏せを警戒し、スウイジンとリユソンスを戦隊の前方に配置し、更に速度を保ったままジャンプインしたことから挟み撃ちは成立せず、更に高速移動による命中率の低下から奇襲の成功率は低い。
(あのコリングウッドを相手に今更誤魔化しは効かんだろう……それにベクトルをずらされてしまった。この速度でこれだけベクトルがずれていると俺たちの艦じゃ、接近するにしても時間が掛かり過ぎる。慣性航行なら四分弱、最大加速で軌道を変えても五分弱しか射程内に入れられん……)
ツアイバオ級の加速能力は三kGしかなく、〇・一
(それにしてもチェン・リオフェイのリユソンスと連絡が取れなかったのは痛かったな。まさか通信を禁じてくるとは思わなかった……)
クリフォードはディンたちに対し、直接通信することを禁じていた。
連絡が必要な場合は旗艦キャヴァンディッシュを通すことが徹底され、それを怠った場合は敵対行為を行ったとして宙兵隊を送り込むと言って脅している。
(まあいい。ツアイバオ級が四隻ならコリングウッドの戦隊と互角以上に戦える。それに俺たちが速度を持ったままなら追撃も容易だ。リーの部隊が止めを刺し損ねても逃げられることがなくなったと割り切ればいい……)
ツアイバオ級通商破壊艦は総質量百八十万トン、主機は三百五十テラワット級対消滅炉が二基、主兵装は七・五テラワット荷電粒子加速砲に加え、全方向に攻撃が可能な一テラワット荷電粒子砲を一門、副砲として持つ。
このツアイバオ級はヤシマの高速商船に似せて作られた戦闘艦である。そのため、商船を改造した武装商船とは異なり、
それに対し、アルビオン王国の軽巡航艦であるキャヴァンディッシュ級とタウン級は共に、主機は三百テラワット級対消滅炉二基、主兵装は五テラワット中性子砲とツアイバオ級の七割程度の能力しかない。
また、Z級駆逐艦の主砲は二・五テラワット荷電粒子砲、リーフ級スループの主砲は一テラワット荷電粒子砲であり、ツアイバオ級の防御スクリーンに対し、負荷を与える程度の能力しかなく、防御スクリーンが万全なら脅威とはなりえない。
砲撃力だけでみれば、ツアイバオ級に有効な打撃を与えられるのはアルビオンの軽巡航艦の中性子砲二門だけであり、単純な比較では三倍以上ある。但し、アルビオン側にはステルスミサイルがあるため、総合的な戦力差は二倍程度とディンは見積もっていた。
そのため、ディンはシフト体制というハンデを考慮しても互角以上の戦いができると考えている。
ディンは表情を緩めると部下たちに命令を出す。
「戦闘準備開始だ! ジャンプアウトまで五日あるが、やることは山ほどある。一つずつ確実にこなしていってくれ!」
商船に偽装していたため、分解されていた主砲や対宙レーザーの設置や戦闘指揮所の改造などを指示していく。
こうして商船“第一布袋丸”は戦闘艦“スウイジン”に姿を変えていった。
■■■
同じ頃、ドゥシャー星系で待ち受けるリー・バオベイの部隊はソーン星系側JP付近で待機していた。
彼らは十日ほど前の八月下旬に本星系に到着している。
到着後、待機していたスヴァローグ帝国の情報通報艦二隻を砲撃によって沈めた後、星系内にある帝国の監視衛星を破壊していった。
これは証拠や証人を残さないための措置である。
帝国の情報通報艦は通常一ヶ月半に一度しか交代しないため、タイミングさえよければ二ヶ月程度、タイミングが悪くとも三週間程度は討伐のための艦隊が来ることはない。
今回は交代してから二週間ほどしか経っておらず、次の情報通報艦が派遣されるまでには一ヶ月程度の時間がある。そのため、十月に入るまでは待機することが可能であった。
監視衛星の破壊などを九月三日までに完了させ、JPから十光秒の位置に待機している。
待機開始から一週間ほど経っているが、リーの部隊の将兵に士気の低下は見られない。彼らは長期間の潜伏に慣れており、一ヶ月程度なら問題なく待機できるベテランたちであった。
彼ら本来の戦い方であれば、ステルス機能を最大限に生かして隠れ、隙を突いて奇襲を掛けるのだが、障害物が少ないJP付近では、偵察に特化したスループ艦がいる場合、六十光秒以下に近づかれるとステルス機能をフルに生かしても瞬時に発見されてしまう。
そのため、リーの部隊はヤシマ船籍を示す
但し、この状況、すなわちJP付近に四隻の商船が無意味に待機している状況は極めて不自然であり、早期に看破されることは覚悟している。
(ディン大佐が上手くやってくれればいいんだが、最悪の場合はシフトの体制のまま戦闘に突入することになる。やはり小惑星帯に潜んだ方がよかったのではないか……)
リーは航路上にある小惑星帯に潜み、奇襲することを提案しており、そのことを何度も思い返していた。
しかし、指揮官であるディンはその提案を却下している。
航路といっても明確な線が引かれているわけではなく、数十光秒程度の幅があること、航路上では巡航速度である〇・二Cで移動することから逃げられる可能性が高いことから、ディンは確実に攻撃が掛けられるソーン星系側JPでの待ち伏せを命じていたのだ。
(いや、今回の任務の目的を考えれば、大佐の判断は正しい。高機動の敵を逃がさないためには確実に攻撃が仕掛けられる、
ゾンファ軍の自分たちが関与したことを秘匿するために、アルビオン側の生存者を残すわけにはいかず、第二特務戦隊を文字通り殲滅する必要があった。
しかし、第二特務戦隊は最大加速度六kGの高機動艦だけで構成されており、半分程度の加速力しか持たないツアイバオ級では追撃は不可能だ。
そのため、速度を落としているJP付近で待ち伏せることにしたのだ。
(いずれにせよ、敵が現れた後の五分が勝負だ。判断に一分掛け、最大加速度で離脱するにしても五分間は我々の射程内から逃れることはできない。戦力的には約三倍。JPでの襲撃を予想していたとしても打てる手はほとんどないはずだ。敵が逃げ出す前に一気に片を付けてしまえばよい……)
リーは自らを納得させると、部下たちの士気を上げるため、陽気な表情を浮かべながら艦の中を巡回していった。
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