第17話

 宇宙暦SE四五二四年九月一日。


 ストリボーグ星系への出発前、クリフォードは珍しく、旗艦の司令席で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


 理由は出発の直前になって、ヤシマの商船が二隻同行することが判明したためだ。

 同行の理由はドゥシャー星系とミーロスチ星系の治安が不安であり、アルビオン王国の外交使節団と行動を共にすることで、海賊からの襲撃を回避したいというものだった。


 理屈としてはおかしくはないが、クリフォードは特務戦隊の安全を考えて拒否しようとした。しかし、特使代理のグリースバック伯が独断で承認していた。


「あの船が敵の通商破壊艦でないという証明ができません。外交使節団の安全を考慮し、同行は拒否すべきです」


 それに対し、グリースバックは怒りの表情を浮かべる。


「君は同盟国の民を見捨てろというのかね!」


「我々の任務は王国政府の方針に従い、帝国に混乱をもたらすことです。ヤシマの商船が不安を持つなら、ヤシマ政府が当該星域の安全に責任を持つ帝国政府に正式に依頼すべきです」


「その帝国があてにならんから我々を頼ってきたのではないか!」


 興奮するグリースバックに対し、クリフォードは冷静に反論していく。


「ヤシマ政府から王国政府に対し、正式に依頼があったのでしょうか? それであればヤシマの責任で同行を願い出たことになります。商船について疑念は一切ないとヤシマ政府が保証しているのでしょうか」


 この問いにグリースバックは口籠る。


 彼はヤシマ政府を介さず、商社から直接依頼されていた。

 彼はその商社の幹部から接待を受け、更にヤシマ政府高官との個人的なコネクションを提供すると言われ、個人的に了承している。そのため、答えることができなかったのだ。


「ヤシマが安全を保証するものではないと……では、外交使節団の安全のため、同行を認めることはできません」


「君は私に逆らうことしかできんのか! 既に彼らには特使代理たる、この私が許可を出しているのだ! 今更断ることなどできん!」


 グリースバックは怒り狂う。


「では、特使代理の公式の文書をいただきたい。安全上の懸念を小職が指摘したにもかかわらず、外交上の利益を優先するために危険を許容すべきだという趣旨のものを」


 クリフォードは責任を取りたくないグリースバックならこの条件で降りると思っていた。しかし、グリースバックは机をバーンと叩き、了承する。


「よかろう! 君がありもしない危険を恐れて同盟国との関係を壊そうとしたという証拠を残してやる! これでいいのだな!」


 グリースバックは今更断れば、接待を受けた話が漏れると考えた。また、ヤシマの商船を守ったという実績を自由星系国家連合FSUに認めさせることで、外交上の成果としようとも考えている。


 クリフォードはそんなグリースバックの考えに思い至らず、同行を許可することになったことを後悔した。


(まさかあの条件で認めるとは……特使代理は自分の安全に影響ないと確信するほどの情報を持っているのだろうか? それほど用意周到な人物とは思えないが……)


 こうした経緯でヤシマの商船、第一布袋丸と第四弁天丸が特務戦隊に同行することとなった。


 念のため、クリフォードは最も信頼するサミュエルに、二隻の商船に乗り込んでの調査を命じたが、不審な点は見つからなかった。


 出港前、クリフォードは戦隊全艦に向けて放送を行った。


『これよりストリボーグ星系に向けて出発するが、ここから先は敵地、それも即座に戦闘が起きる最前線に向かう気持ちで当たってほしい……どのような状況でも油断することなく、私の命令に従い、冷静に対処してほしい。以上!』


 出港後、二隻の高速商船が合流する。

 第一布袋丸の船長のイマミヤがクリフォードに通信を入れてきた。


 司令用コンソールの画面に映し出された顔はヤシマ人らしくモンゴロイド系の特徴を持つが、愛想笑いを浮かべることが多いヤシマ人とは異なり、豪快な笑顔を浮かべて話しかけてきた。


『いやぁ、まさかあの有名な“崖っぷちクリフエッジ”のコリングウッド准将の指揮する戦隊とは思いませんでしたよ! 国に戻ったら家族や仲間に自慢してやります』


 それに対し、クリフォードはいつも通りの冷静さを保ちつつ、対応する。


「私の指示には絶対に従っていただく。先ほど送った文書通り、本戦隊は準敵性国家の宙域では中立国家の船籍を含め、敵対行動に対しては即座に反撃する。そのことは理解していただきたい」


『了解ですよ。アルビオンの軍人さんには国全体が世話になっているんです。間違っても逆らったりしませんから。ハハハ!』


 豪快な笑いを残し、映像が消える。

 その映像から敵であるとは思えなかったが、クリフォードは警戒を怠らないことを心に誓った。


 隣のソーン星系行きジャンプポイントJPに向かう途中、スヴァローグ帝国艦隊の艦船が合流する。


 事前にソーン星系を通過するまで護衛として同行すると通告されていたため、誰も声を上げないが、多くの者が胡散臭そうに見ていた。


 護衛戦隊は旗艦である重巡航艦メルクーリヤを筆頭に、軽巡航艦一隻と駆逐艦六隻からなる。

 戦隊司令はゲオルギー・リヴォフ少将で、不愛想な表情で一度だけ通信を送ってきただけだった。


『……ソーン星系を出るまでは小官の指示に従うように。従わない場合はスパイ行為とみなし、警告なく攻撃を行う。以上』


 クリフォードは暗澹たる気持ちになっていた。

 リヴォフの護衛戦隊に関しても直前になって通達があったため、表敬訪問を行うこともできず、そのひととなりを知ることができなかった。


 また、外交使節団が収集した情報からリヴォフに関する情報を確認しようとしたが、グリースバックは理由を明確にすることなく拒否した。

 そのため、情報がなく不安を感じていたのだ。


(皇帝アレクサンドルが我々に手を出すとは思えないが、我々がここダジボーグ星系で砲火を交えたのは僅か二年前。皇帝の意思に背いても個人的な恨みを晴らそうとする者がいてもおかしくはない……)


 ダジボーグ星系会戦はSE四五二二年十月一日に行われている。ダジボーグ艦隊の多くが犠牲になっていることから、クリフォードはその点を気にしていた。


(最後まで会えなかったが、アラロフ皇帝補佐官は非常に優秀な人物と聞いている。ここで我々を攻撃すればストリボーグ藩王が有利になることは分かっているはず……だが、今一つ腑に落ちない。私なら監視役として外交官を同行させる。そのことを一切提案することなく、護衛だけを付けた。それも隣の星系までという中途半端な形で……)


 ディミトリー・アラロフは皇帝の代理としてダジボーグ星系における全権を有しているが、アルビオン王国の外交使節団に監視役を送り込むことなく、ストリボーグ星系に向かうことを了承していた。


 クリフォードはそのことに疑念を持ったが、これには理由があった。

 アラロフは案内役兼監視役として、ダジボーグ艦隊の士官を乗艦させようとしたが、グリースバックがそれを断っていた。そして、クリフォードを含め、誰にも告げていない。


(これほど情報が少ない状況はトリビューン星系以来だ。あの時も敵の戦力が分からなかった……もっともあの時は士官候補生に過ぎなかったから悩むこともなかったが……今なら分かる。マイヤーズ艦長がどれほど苦しい思いをしたのか……)


 スループ艦ブルーベル34号の艦長、エルマー・マイヤーズ少佐のことを思い出しながらも、クリフォードは今後のことを考え始めていた。

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