第16話

 宇宙暦SE四五二四年八月二十四日。

 クリフォード率いるキャメロット第一艦隊第二特務戦隊はスヴァローグ帝国領ダジボーグ星系に到着した。


 翌日、ダジボーグの宇宙港に入港すると、特使代理のグラエム・グリースバック伯爵はすぐにダジボーグにある帝国政府のビルに向かった。


 クリフォードは情報収集のため同行を申し出たが、グリースバックに却下されている。


「護衛戦隊の指揮官がでしゃばるところではない。君はダジボーグに駐留する帝国艦隊に接触すればよいのだよ」


「帝国政府の許可がなければ、帝国軍が情報を開示することはありません。ぜひともその許可を得ていただきたい」


 クリフォードの依頼にグリースバックは煩わしげに頷く。


「分かった、分かった。君はその間に王国の現地事務所から情報を集めるんだ。頼んだぞ」


 クリフォードはそのちぐはぐな対応に眉を顰める。


(本来であれば、交渉相手の情報を得るために出先機関である現地事務所に先に行くべきなのだが……私が言っても反発するだけだ。私の方できちんと情報を集めるしかないな……)


 ダジボーグに到着するまでにも、グリースバックは事あるごとにクリフォードに突っかかっていた。


 外交使節団の中にはグリースバックの大人げない対応を見てクリフォードに味方する者もいたが、ほとんどがパレンバーグを補佐するために選ばれた事務方や護衛官であり、発言力は小さかった。そのため、クリフォードとグリースバックとの間に大きな溝ができている。


 それでもクリフォードは戦隊参謀であるクリスティーナ・オハラ中佐や副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐、更にはサミュエル・ラングフォード中佐らの協力を得て、情報を集めていった。


 情報収集を始めると、クリフォードは次第に不安を感じ始める。


(ここでも有益な情報がほとんど入ってこない。ストリボーグの状況はもちろん、航路の安全に関する情報がないことが気になる。最悪の場合はストリボーグ行きを取りやめる必要があるな……)


 三日ほど情報を集めたところで、各艦長を集めて会議を行った。


「王国の現地事務所に当たってみたが、ストリボーグに関する情報がほとんどなかった。帝国艦隊に情報照会を行っているが、航路データは得られたものの、ミーロスチ星系以遠については最新のものでも六ヶ月以上前のものしかない。ドゥシャー星系については一ヶ月前のものが運よく手に入ったが、我々の知りたい情報はほとんどなかった」


 クリフォードの言葉にオハラが頷き、補足する。


「唯一有益な情報はヤシマ政府の通商局とヤシマの貿易商から得られたものです。ストリボーグ星系で大規模な希少金属鉱山が発見され、鉱山用の設備を高値で買うという話がありました。その結果、十日前に四隻のヤシマ商船がストリボーグに向かっています」


 その情報に対し、旗艦艦長であるバートラム・オーウェル中佐が質問する。


「有益な情報というが、商船がストリボーグに向かったという情報が有益とは思えんのだが」


 その疑問にクリフォードが答える。


「海賊を恐れて船団を組んだと言っていたらしいが、敵になり得る船が四隻、我々に先行しているとも言える」


「商船といってもいろいろありますが、どのような船なのでしょうか?」


 バートラムの質問にオハラが答える。


「二百万トン級のヤシマの一般的な高速商船だそうです。ゾンファや帝国が使う通商破壊艦になり得る存在と言えるでしょう」


 オハラは説明しながらその情報をそれぞれの個人用情報端末PDAに転送する。


 一般の商船は主機である対消滅炉や防御スクリーンの能力を抑えるため、星系内での巡航速度は〇・一光速以下であるが、高速商船は軍艦と同じく星系内を〇・二光速で移動できる。


 当然、対消滅炉や防御スクリーン、更には通常空間航行用機関NSDも性能が高く、加速力は軍艦並みの三kGであることが多い。対消滅炉の能力が高いことから、主砲を設置した場合、軽巡航艦並みの攻撃力を持つこともある。


 ゼラス552の艦長、ダリル・マーレイ少佐が疑問を口にした。


「すべて別会社の船ですね。それに年代や形式、主要なスペックも全く違う船のようですが?」


 クリフォードがそれに答える。


「確かに情報ではそうなっている。掌帆長ボースンに確認したが、得られた情報を見る限り、データをいじっている可能性は否定できないそうだ」


「二百万トン級か……重巡航艦に匹敵する大きさだな。それが四隻……確かに有益な情報だな。敵であるならだが……」


 バートラムがそう呟く。


 アルビオン王国の標準的な重巡航艦であるカウンティ級の総質量は二百五十万トン。第二特務戦隊で最大の軽巡航艦キャヴァンディッシュ132は百三十万トンしかない。また、Z級駆逐艦は四十万トンに過ぎず、スループ艦を含めても八隻で四百二十五万トンしかなかった。


 戦闘力が質量に比例するわけではないが、大型の艦は質量に見合った高出力な主機を持ち、艦体の長さを利用した大きな加速空洞を設置できるため、主砲の威力は高くなる。


 クリフォードは会議室のスクリーンに情報を投影した。


機関長チーフ掌砲長ガナーたちに戦闘能力を推定してもらった。主機の出力は我が国の五等級艦軽巡航艦を上回る七百テラワットクラス。主砲の出力も最低でも七テラワット級だそうだ。但し、偽装が必要だから構造がシンプルな荷電粒子砲になるだろうとのことだ」」


 アルビオン王国軍の軽巡航艦の主砲は五テラワット級中性子砲だ。中性子砲はビームの直進性が高く、低出力の割に射程が長い。


 一方、荷電粒子砲は対消滅炉で使用する電子をそのまま加速空洞キャビティに送り込み、電磁場により加速・集束させるためのコイルだけがあればよく、中性子や陽電子のような煩雑な装置は不要だ。


 大型の武装を持たない商船に偽装する場合、主砲が存在しないように見せなければならないが、艦の中心部に客室ユニットを取り付けられる貨物室としておけば、分解しておいた加速コイルを取り付けることで、比較的短時間で荷電粒子砲を設置することができる。


 そのため、通商破壊艦や武装商船の主砲は通常、荷電粒子砲となる。

 但し、主砲は設置できるものの、ステルスミサイルや多数の副砲を搭載することは難しいため、主砲一本槍となることが多い。


船体ヴェッセルに余裕がある分、主機の出力に見合った防御スクリーンが多重化されているだろうと機関長たちは考えている」


 クリフォードの説明に全員が暗い顔になる。


「そいつが四隻か……手数ならこちらが上だが、こちらの駆逐艦は直撃を二回受けたら戦闘力を失う。ステルスミサイルが鍵になるが……」


 サミュエル・ラングフォード中佐の呟きにクリフォードが頷く。


「商船に偽装している関係でミサイルを搭載している可能性は低い。それに外から判別しやすい対宙レーザーも多くは設置できないはずだ。但し、隠している可能性は否定できないが」


「軽巡航艦クラス四隻ですか。敵であるとして、どのような目的があると思われますか? ゾンファにしても帝国にしても我々を攻撃する理由がないと思うのですが」


 ジニス745の艦長、ケビン・ラシュトン少佐の質問にクリフォードの表情が暗くなる。


「それが分からないんだ。ただ、帝国であるならこのような痕跡を残す必要はない。隣のソーン星系にある哨戒艦隊が待ち伏せすればいいだけだ。殲滅した後に何らかの原因で、超空間で行方不明になり、残骸も見つからなかったとすればいいだけだからだ」


「では、ゾンファが動いていると」


 ゾディアック43のアイリーン・チェンバース少佐が質問する。


「その可能性が一番高いというだけだ。敵の思惑が皆目掴めない。パレンバーグ伯爵が倒れられたことと合わせて考えているのだが、狙いが全く分からない」


 クリフォードの言葉に全員が頷く。彼らも同じように考えたが、結論が出なかったのだ。それまで一言も発言していなかったファビアンが話し始める。


「出発を一ヶ月ほど遅らせてはどうでしょうか? 四隻の商船が待ち伏せしているとしても、しびれを切らすはずです。それにその間を利用して、帝国政府に哨戒艦隊を派遣してもらい、ドゥシャー星系の確認を依頼してもおかしな話ではないと思いますが」


 ファビアンの意見にクリフォードは僅かに顔をしかめた。


「確かにその手が有効なことは確かだ。だが……」


 クリフォードはそこで口籠る。

 それを見たファビアンが一人の名を出した。


「グリースバック伯爵ですか」


「そうだ。伯爵は計画通りにストリボーグに向かうことを主張している。安全のためにもう少し時間が欲しいと頼んでいるのだが……」


 その言葉にバートラムが大きく溜息を吐く。


「はぁぁ……パレンバーグ伯なら問題なかったんだがな……これが敵の狙いなのかもしれんな……」


 バートラムの言葉にサミュエルが大きく頷いていた。


「出発に変更はないという前提でどう対応するかを話し合いたい。ドイル艦長、君が待ち伏せるとしたらどう戦う?」


 クリフォードはスループ艦オークリーフ221の艦長、マーカス・ドイル少佐に話を振った。ドイルはスループ艦の経験が長く、海賊や私掠船を探る任務が多かったため、意見を求めたのだ。


 ドイルは艦長の中ではバートラムに次ぐ年長者で落ち着いた雰囲気を持つ。


「敵が海賊なら小惑星帯で待ち伏せるでしょうが、小官が指揮を執るならジャンプポイントJP出口で待ち構えます」


「JP出口? 情報通報艦がいるし、ステルス機能を全開にしても隠れようがないが」


 サミュエルが疑問を口にした。

 ステルス機能は小惑星帯や惑星近傍など星間物質濃度の高いところで静止している場合が最も効果的に隠蔽できる。


 JP付近は周りに惑星などがなく、星間物質濃度も低いため、能動型アクティブセンサーによる走査で発見が可能だ。特にリーフ級のスループ艦のアクティブセンサーは優秀で、星間物質の少ない場所なら一光分程度の距離でも発見できる。


 一光分もの距離があれば奇襲は不可能であるため、ドイルはJP出口で待ち構えると主張したのだ。


「確かにそうですが、小惑星帯ではどこに来るか分かりません。相手が商船なら経済的な航路設定をするので、ある程度は想定できますが、我々がそれを気にしないことは敵も知っているでしょう。ならば、確実に攻撃できるJP出口で待ち受けますね」


「なるほど。確かに理に適っている。エルウッド艦長、君の意見はどうか」


 クリフォードはもう一人のスループ艦艦長、ライアン・エルウッド少佐にも確認する。

 エルウッドもスループ艦の経験が長く、特に海賊の取り締まりで活躍していた。


「小官もドイル艦長の意見と同じです。商船から積み荷を奪うならともかく、我々を攻撃するとなれば、加速される前にケリを付けたいと考えるでしょうから」


「ドゥシャー星系のJP出口か……確かに私でもそこで待ち構えているのが、一番可能性が高いと思う。では、その前提で今後の方針について検討したい」


 その後、艦長たちは活発に議論を行い、方針が定まった。


 その四日後の九月一日。

 グリースバックはクリフォードの反対を押し切り、ストリボーグ星系に向けて出港を命じた。

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