第2話
キャメロット防衛第九艦隊は第六艦隊、第八艦隊と共にキャメロット星系に帰還した。
クリフォード・C・コリングウッド大佐は半年ぶりに帰ってきた故郷の星々を見て、ようやく戦争が終わったと実感する。
(ゾンファは多くの艦を失った。それに加え独裁政権が崩壊し、戦争ができる状態ではない……帝国も一万七千隻、ほぼ四個艦隊に匹敵する艦を失っている。その大半が皇帝直属のダジボーグ艦隊だ。内戦が起きるかどうかは分からないが、簡単に戦争を仕掛けることはできないはずだ……)
ゾンファ共和国はヤシマ星系のイーグン
これにより、ゾンファ共和国の戦力は会戦前の半数以下、十個艦隊を割り込んだ。
更に特筆すべきことは政治体制が変わり、これまで共和国を支配していた国家統一党が解体されたことだ。
それに伴って多くの軍人や官僚が公職を追放され、その結果、軍という組織自体が大きく揺らいでおり、まともに動ける部隊は三個艦隊程度にまで減っている。
もう一つの敵国、スヴァローグ帝国はゾンファ共和国に比べれば軽微といえるが、皇帝アレクサンドル二十二世の出身地であるダジボーグ艦隊が一万隻以上失われた一方、ライバルであるストリボーグ藩王、ニコライ十五世の艦隊は無傷であった。
更にダジボーグ星系のエネルギープラントがすべて破壊され、艦隊の運用に大きな制限が掛かっている。
これにより、帝国内のパワーバランスは大きく変化し、野心家であるニコライがいつ内戦に踏み切ってもおかしくない状況にあった。
(我が国も大きな犠牲を払った。この一年だけでも百万人近い戦死者を出している。尊い犠牲と言ってしまえばそうかもしれないが、これだけの数の人々が未来を失ったのだ……)
僅か一年ほどの間に、アルビオン王国は二つの大国を相手にした。
その結果、約八千五百隻を喪失し、百万人近い未帰還者を出している。これは二十年ほど前の第三次ゾンファ戦争における全期間、すなわち六年間の未帰還者数に匹敵する。
(残された家族はどのような思いをしているのだろうか……)
そんな思いを胸にしながらも、クリフォードは部下たちを労い、その苦汁に満ちた思いを見せることはなかった。
第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある要塞アロンダイトに入港すると、艦隊司令官のアデル・ハース大将と共に、多くのメディアの取材を受けることになる。
クリフォードが対ゾンファ作戦を考案したという噂が先に帰還した下士官兵から流れており、メディアはそのことに質問を集中する。
「今回の作戦では大佐が考えた策が決め手となったと聞きましたが事実でしょうか」
不躾な記者の質問に、クリフォードは広報担当の用意した答えだけを口にする。
「作戦に関する具体的な事柄についてはお答えできません」
それでも記者は執拗に質問する。
「では、艦を離れてジュンツェン星系に向かったのはなぜなのでしょうか? 反乱を誘発させるために新たな策を使う予定だったのではありませんか?」
「その質問にもお答えできません。軍広報に問い合わせてください」
取り付く島がないと思った記者は質問を変えた。
「今回の勝利の要因は何とお考えですか?」
その問いにクリフォードは真っ直ぐに答えた。
「勇戦してくれた我が軍並びに同盟国の全将兵の力です。彼らの奮闘なくして、勝利は掴めなかったでしょう」
これは彼の本心だった。
不利な状況にありながらも最後まで諦めずに命令に従い、戦い続けたことが勝利を呼んだと信じていた。
しかし、記者はその優等生的な答えに満足できず、更に質問を行った。
「では、最後にもう一つだけ質問させてください。第七艦隊のフレッチャー大将が指揮権を剥奪されましたが、それについて感想をお聞かせください」
「艦隊の指揮権に関して、コメントする立場にありません」
記者も一介の大佐が答えられるとは思っておらず、すぐに標的をハースに変える。
「では、ハース提督はどうお考えでしょうか?」
ハースはいつもと同じ、やや意味深な柔らかい笑みを浮かべながら答えていく。
「広報部の回答以上のことはお答えできませんが、個人的な感想を言うなら、フレッチャー提督は祖国のことを第一に考えておられたと思っています」
「それはどういう意味でしょうか?」
「個人的な感想ですから、特に意味を説明する必要は感じませんわ」
その後もいろいろな質問が出たが、メディア慣れしているクリフォードは危なげなく答えていった。
会見を終えた後、クリフォードとハースは防衛艦隊司令長官であるジークフリート・エルフィンストーン大将と面会する。
エルフィンストーンは二人を出迎えると、満面の笑みを浮かべて二人の手を取る。
「よくやってくれた! 君たちがいなければ、今頃我が国は大混乱に陥っていたことだろう」
ハースも会見時とは異なり、心からの笑みを浮かべる。
「相変わらず
エルフィンストーンはヤシマ防衛に成功したという報告を受け取ると、直ちにゾンファ共和国の前線基地のあるジュンツェン星系に五個艦隊を派遣している。
「あれはノースブルック首相とコパーウィート軍務卿が決めたことだ。実務は総参謀長らが頑張ってくれた。私は何もしていないよ」
エルフィンストーンはそう言って謙遜するが、実際には第一報を受けてから僅か四日でキャメロット星系から三個艦隊を派遣し、更に遅滞なく隣のアテナ星系から二個艦隊を派遣できたことは、エルフィンストーンの優れた統率力によるところが大きい。
「それよりもクリフ、君は本当によくやってくれた。アデルの報告書を見たが、あの策が決め手となったことは間違いない」
「ありがとうございます、提督」
クリフォードは感謝の言葉を返すが、その表情に明るさはなかった。
それを見たハースが少し肩を竦める感じで説明する。
「クリフは自分の権限を逸脱して献策したことを気にしているんですよ。彼らしいと言えばそうなのですが、そこまで気にする必要はないと思うんですけど」
いつもなら豪快にその言葉に同意するエルフィンストーンだが、彼の表情が珍しく曇っていた。
「退役した連中が私やヘイルウッド大将のところに抗議に来た。軍の秩序を乱すことを許すのかとな」
ジョアン・ヘイルウッド大将は統合作戦本部の副本部長であり、キャメロット星系における制服組のトップである。
「老人方はヤシマの状況を理解しておられないのですか? あの圧倒的に不利な状況で敗戦が許されない中、最善を尽くしたクリフにそのようなことを……」
温厚なハースにしては珍しく、表情を険しくしている。
「無論、私もヘイルウッド大将もそのことは伝えている。だが、旗艦艦長の権限を逸脱した行為であることは否定できん。一部の連中はクリフが持ち上げられるのが気に入らんらしく、年寄りを使って抗議してきたのだ」
エルフィンストーンは憮然とした表情で吐き捨てる。
「参謀本部や作戦部の参謀たちですか?」
ハースが聞くと、エルフィンストーンは顔を僅かにしかめながら頷く。
「そうだ。だが作戦部長も総参謀長も今回のクリフの行動は正しかったと認めている。軍の規則より国の安全の方が重要であることは自明だからだ」
総参謀長のウォーレン・キャニング中将と作戦部長のライアン・レドナップ少将はいずれもハースの薫陶を受けた人物で、前例や規則に拘ることはなかった。しかし、多くの参謀たちは自分たちの領域を犯すクリフォードに危機感を抱いている。
「ではなぜ?」とハースが首を傾げる。
「既に艦隊の縮小の話は君の耳にも入っているだろう。実際、軍務省を中心に具体的な検討が始まっているんだ。そんな中、参謀が役に立たなかったと言われるのが気に入らんのだろう」
百万人近い戦死者を出しただけでなく、ここ十年の急速な軍拡により、アルビオン王国の財政は大きく悪化している。
これまでは戦時国債の発行で凌いでいたが、勝利から二ヶ月以上経ち、熱狂も冷めたことから大幅な軍縮を行い、財政再建を行うべしという議論が行われていた。
元財務卿であるノースブルックは敵国が力を落としているうちに、財政再建を断行すべきと考えており、市民たちも支持し始めていた。
「艦隊の縮小は仕方がないが、あまりに急激な変化に将兵たちが不安を感じている状況なのだ。いきなり予備役として放り出されても生活ができぬと思っている者が多い。他にも爵位の高い者は実績を残す機会を失うことになるから危機感が強いのだ」
予備役であってもある程度の手当ては支給されるが、それだけで生活が成り立つほどの金額を受け取れる者はごく少数の将官級だけだ。
また、アルビオン王国の貴族制度では爵位に見合った実績を示さなければ、次の世代に相続する際、降爵されるため、そのことも危機感となっている。
「軍縮に危機感を持つ者たちの中には、この勢いに乗って帝国のダジボーグ星系を占領し、恒久的な平和を目指すべきと主張する者が出始めている。その中にはゴールドスミス元作戦部長もいる。彼女はメディアでそのことをしきりに主張し、参謀たちもそれに協力し始めているらしい」
元作戦部長、ルシアンナ・ゴールドスミスは帝国との戦いの後、軍を退役し、軍事評論家に転身した。長身の派手な感じの美女であることと、士官学校を首席で卒業し、統合作戦本部の要である作戦部長という経歴を持つため、メディアに頻繁に出るようになっていた。
「ゴールドスミス女史の後ろには民主党がいるようなのだ。彼女を利用し、次の選挙で政権を奪還しようと考えているらしい」
その言葉にハースが疑問を口にする。
「民主党は
「確かに以前は反対の姿勢が目立ったが、ここ数ヶ月で大きく主張を変えている」
「何が原因なのでしょうか?」
「民主党のマクファーソン議員がゴールドスミス女史とともに主戦論を展開し始めたのだ。この状況だからな。メディアも派手な主張を歓迎しているきらいがある。それに世論が追従し始めたという感じだな」
シンシア・マクファーソン議員は元キャスターの四十四歳の若手議員で、舌鋒が鋭く、メディアに取り上げられることが多い。但し、主張自体はその時々で変わり、保守党だけでなく、民主党のベテラン議員たちも煙たがるような存在だ。
そんな話で暗い雰囲気になりかけたが、エルフィンストーンがそれを吹き飛ばすかのように陽気な声を上げる。
「いずれにしても君たちには休暇が与えられる。少なくとも年内はゆっくり休んでくれ」
その言葉にクリフォードたちも笑みを返し、司令長官室を後にした。
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