第38話

 宇宙暦SE四五二三年六月三十日 標準時間〇二三〇。


 ヤシマの首都星タカマガハラの衛星軌道上では、ヤシマとロンバルディアの自由星系国家連合FSU艦隊が、猛将レイ・リアン上将率いるゾンファ前衛艦隊の激しい攻撃を受けていた。

 FSU側は既に二千五百隻以上が沈められ、大破し漂流している艦が続出している。


 ゾンファ前衛艦隊も無理な前進によって多くの艦が傷ついていたが、戦意は旺盛でFSU艦隊に止めを刺そうと、更に接近を続けている。

 その勢いを受け、FSU艦隊はズルズルと後退し続けていた。


 アルビオン艦隊はシオン・チョン上将率いるゾンファ艦隊本隊と対峙しながらも、第六艦隊のジャスティーナ・ユーイング大将の的確な指揮により、損害を最小限に抑えつつ、戦線を維持している。


 しかし、倍する敵に押されたかのように、アルビオン艦隊は首都星を守る直径五キロメートルのムツキ級軍事衛星十基に隠れるように、ゆっくりと戦場から離脱していく。


 第九艦隊は天底方向に向けて加速を開始し、ゾンファ艦隊本隊の下方に向かう。その動きは第六艦隊と第八艦隊を支援しているように見えた。


 アルビオン艦隊の動きにゾンファ艦隊本隊が反応した。


「我々の勝利だ!」


 シオンはアルビオン艦隊が撤退することで勝利を得たと顔をほころばす。

 その叫びに旗艦ラーシャン04の戦闘指揮所CICにいる参謀や士官たちが「「オオ!」」と呼応する。


「だが、勝利を完璧なものにする必要がある! アルビオン艦隊を逃すな!」


 その命令にゾンファ艦隊本隊は加速した。

 唯一、後方にあったフェイ・ツーロン上将の艦隊だけが現状の速度を維持している。

 それを見たシオンは小さく頷くと、フェイに回線を繋ぐ。


「敵第九艦隊の処理はお前に任せる。その位置なら我が艦隊に向かってくれば、敵の側面から攻撃できる。お前がいてくれて助かったよ」


「了解した。第九艦隊は任せてくれ」とフェイは頷くものの、懸念を示した。


「軍事衛星群と連携した罠を考えているかもしれん。追撃中に衛星の対消滅炉を暴走させるような大胆な手を考えている可能性がある。充分に注意してくれ」


 その言葉にシオンは笑みを浮かべて頷いた。


「確かにその可能性はあるな。あの位置なら衛星軌道上の施設に影響は出るかもしれんが、タカマガハラ本星に被害は出ない。衛星を破壊してから追撃戦に移ることにしよう」


「他の罠も気にしておいてくれ。勝利は目の前だ。くれぐれも慎重にな」


「心配はいらんよ」とシオンは笑顔で言って通信を切った。


 フェイは映像が消えたコンソール画面を見ながら不安を感じていた。


(俺が考えつくような安易な罠だけのはずはない。もっと意表を突くような嫌らしい手で来るはずだ……)


 そう考え、情報担当の参謀に戦場周辺の再調査を命じた。


「敵の罠が隠されていないか、もう一度確認してくれ。遠距離では見つからなかった罠が発見できるかもしれんからな」


「了解しました。ですが、戦闘によってデブリが多く発生しています。探査精度は通常よりかなり落ちているとお考えください」


 参謀は申し訳なさそうにそう言うと、部下に探査を命じた。


■■■


 標準時間〇二三五。


 第九艦隊は巡航戦艦を先頭に紡錘陣形を組み、ゾンファ艦隊本隊の下方に向かっている。しかし、フェイ艦隊が急速に接近し、その対応を迫られていた。


 フェイ艦隊との距離は既に二十光秒ほどとなり、戦艦からの砲撃が届いていた。距離があることから回避機動で対処しているが、これ以上接近されれば側面から攻撃を受けることになるためだ。


「主砲発射! 防御スクリーンと質量-熱量変換装置MECの状況は適宜報告してくれ!」


 旗艦インヴィンシブル89と第一巡航戦艦戦隊を指揮するクリフォードは、メインスクリーンを睨みながら指示を出していく。


 シオン率いるゾンファ艦隊本隊とは十五光秒ほど離れており、このまま直進すれば五光秒程度の距離ですれ違うが、第九艦隊に攻撃を加えることなく、ムツキ級軍事衛星に対し、砲撃を集中させていた。


(敵の後衛部隊はムツキ級を無力化させることに専念するつもりか……確かに我々第九艦隊はフェイ艦隊を無視できない。さすがに手堅い……だが、これで勝機は見えてきた……)


 クリフォードは敵の戦略がはっきりしたことに、僅かに安堵する。


 その時、第九艦隊司令官のアデル・ハース大将が命令を変更した。


「フェイ・ツーロン艦隊に向けて針路変更。正面から迎え撃ちます」


 ハースもクリフォードと同じ結論に達していた。


(さすがは提督だ。このタイミングなら、慎重なフェイ上将も我が艦隊が何かしようとしたが封じ込められたと考えるだろう。これでアルビオンに打つ手は無くなったと思ってくれれば、この後の策の成功率は更に上がる……)


 クリフォードはそんなことを考えたが、すぐに旗艦と第一巡航戦艦戦隊への指示に追われていく。


航法長マスター! 回避パターンは君から戦隊に指示を出してくれ! 戦術士タコー、全艦カロネードの準備は終わっているな! 操舵長コクスン! 針路変更上下角……」


 CICのメインスクリーンには敵味方が入り乱れて戦っている様子が映し出されているが、敵からの攻撃が激しさを増し、クリフォードを含め、それを見る余裕のある者はいなかった。


 その時、情報士のジャネット・コーンウェル少佐の鋭い声が響く。


「ユリンミサイル接近! 推定八千基! 艦隊前列に集中する模様!」


 クリフォードは迷うことなく、命令を発した。


「第一巡航戦艦戦隊、手動回避停止! 人工知能AIによる迎撃を開始せよ!」


 艦隊戦の最中に手動回避を停止させると、敵の砲撃が命中するリスクが増大する。一方で、手動回避を停止することで、AIによる予測の精度が上がり、ステルスミサイルを撃破する確率が上がる。


 クリフォードは砲撃よりもミサイルが脅威と考えて迎撃を優先した。

 この判断は第一巡航戦艦戦隊だけでなく、多くの戦隊で行われている。これは演習で繰り返し行われており、第九艦隊では当然の対応となっているためだ。


「ステルスミサイル群、迎撃成功……」と、コーンウェル少佐が告げた直後、艦が大きく揺れる。


「ラーシャン級戦艦の主砲直撃! 防御スクリーンA及びB系列トレイン過負荷オーバーロード停止トリップ! C系列トレインにて対応中! 質量―熱量変換装置MEC七十パーセント……」


 機関士からの報告にCIC要員たちは安堵の表情を浮かべるが、クリフォードは冷静に「了解」とだけ答え、指揮官用コンソールに一瞬だけ視線を送った。


(主砲だけではなく、副砲も命中したようだな。この距離でこれだけの威力だと、接近したら大きな損害を被る……)


 その予想はすぐに的中した。次々と戦隊各艦の損害が報告され、その対応に追われていく。


「レパルス54、連絡途絶! 爆発を確認しました!」


「レゾリューション86より、主砲損傷との報告あり!」


「アンソン145、左舷側スラスター損傷。回避機動についていけないとのことです!」


「了解。レゾリューションには補修の可否を確認。アンソンは独自に回避せよ」


 クリフォードが対応しているその後ろではハースが艦隊を叱咤していた。


「耐えるのはあと十分間です。敵の前衛艦隊が罠に掛かった瞬間に敵の混乱に付け込んで攻撃を加えます。それまで艦の戦闘力を維持するよう努めなさい!」


 ハースの言葉に多くの者が疑問を感じていた。

 現状では回避機動によって対応できているが、接近すればするほど命中率は上がっていく。元々防御力の低い第九艦隊では命中すれば大きな損害を受けることは自明だ。


 一方、敵艦隊は高い防御力によって命中したとしてもほとんど被害はなく、艦隊の動きに余裕すら窺えた。


 そのため、この状況があと十分も続けば、多くの艦が傷つき、戦闘力が激減すると考えていたのだ。


 クリフォードはその空気を変えるべく、「了解しました、提督アイアイマム!」とことさら大きな声で了解を告げる。


 クリフォードの言葉にCIC要員たちも次々に「了解しました、提督アイアイマム!」と応え、きびきびとした動きに戻っていく。


「重巡航艦戦隊を巡航戦艦戦隊の側方に展開してはどうでしょうか」と参謀長のセオドア・ロックウェル中将が進言した。


(さすがは参謀長だな。比較的重防御の重巡航艦にも敵の攻撃を分担させれば、敵の攻撃は分散せざるを得ない。これで巡航戦艦だけでなく、後方の軽巡航艦や駆逐艦も回避しやすくなる……)


 ハースは戦術家として一日の長があるロックウェルの提案を即座に了承した。


「分かりました。隊形は任せますので、各戦隊に指示をお願いします」


「第一から第三重巡航艦戦隊は……」


 ロックウェルはすぐに新たな隊形への変更を指示し始める。隊形は紡錘陣形から傘が開いたような特殊な形に変わり始めた。


 その間にも数隻の巡航戦艦が沈められ、二十隻近い艦が脱落していた。


「これでも厳しいですね」とハースがロックウェルに零す。


 敵艦隊に全く隙がないことに、ハースが焦っているとクリフォードは感じていた。


(提督が焦るくらい敵は手強い。正攻法では活路を見いだせないし、奇策を使う隙もない。厄介な敵だ……ならば、敵を迷わせればいい……)


 クリフォードは戦隊の指揮を執りながら振り向いた。


「敵本隊から離れる針路に変更してはいかがでしょうか」


 クリフォードの突然の提案にハースは一瞬けげんな表情を浮かべるが、すぐに彼の意図を理解する。


「敵を迷わせるということね」


はい、提督イエスマム」とだけ答え、クリフォードは再び旗艦と戦隊の指揮に戻った。


「どういうことでしょうか?」とロックウェルが疑問を口にした。


「敵の司令官、フェイ・ツーロン上将は有能かつ慎重な人物です。更に言えば、以前クリフに手玉に取られています。我が艦隊が予想もしない行動を起こせば、罠の可能性を考えるでしょう」


「罠を恐れて躊躇するということですかな」


 ロックウェルの質問にハースは頷く。


「敵が採る手としては、我が艦隊を阻止するために加速して向かってくるか、速度を落として防御を固めるかでしょう。どちらにしても敵に多少の混乱は生じますから、数分程度は時間が稼げるということです」


「なるほど」とロックウェルは納得した。


(これがコリングウッド艦長を参謀として迎えたいと言っていた意味か……奇抜な作戦を思いつくだけでなく、このような状況でも敵の心理を洞察できる。この能力は何物にも代えがたいということだな……)


 ロックウェルはそこで提案を行った。


「ならば、敵に向けてカロネードを撃ち込んではいかがでしょうか? この距離でカロネードを撃っても効果がないことは敵も知っていますが、罠の一環として考えてくれるかもしれません」


 カロネードはレールキャノンの通称で、金属弾を電磁加速器によって撃ち出す質量兵器だ。


「それはいいですね。ミサイルは温存しておきたいですが、散弾筒キャニスターには余裕がありますから」


 散弾筒キャニスターは金属弾を収納した円筒状の容器だ。

 ハースは艦隊に向けて命令を発した。


「カロネード装備の全艦、敵艦隊に向け全弾発射! 上下角マイナス二十度。速度そのまま!」


 軽巡航艦以上の艦から質量弾が一斉に発射された。距離は未だに十五光秒ほど離れており、接近戦用のカロネードを使うタイミングではなかったが、素直に命令に従っている。

 カロネード発射後、第九艦隊は敵本隊から逃げるような針路を取った。


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