第23話
第九艦隊とゾンファのシー・シャオロン艦隊との戦いは佳境に入っていた。
第九艦隊は二つの分艦隊を黄道面に対し上下に分離し、ゾンファ艦隊を上下から挟むような動きを見せた。
対するシー艦隊は天頂側の第二分艦隊に狙いを定め、猛然と突撃を開始する。
天頂側を行く第二分艦隊の司令官ショーン・マクレガー中将はステルスミサイルを発射後、主砲とレールキャノン、通称カロネードを発射しながら最大戦速を無視した強引な加速で脱出を試みている。
ゾンファ軍のステルスミサイル、
一方、天底側の第一分艦隊は最大戦速である〇・〇一
第二分艦隊はシー艦隊の強引な攻撃によって傷つき始めているが、司令官のアデル・ハース大将はそれを冷静な目で見つめながら、次の手を考えていた。
「第二分艦隊のミサイル到達時刻に合わせ、一斉砲撃を。その後、ステルスミサイル全基発射」
ハースがそう命じると、クリフォードは戦隊の各艦に命令を発した。
「第一巡航戦艦戦隊各艦は回避パターン
「
クリフォードが指揮する第一巡航戦艦戦隊では、旗艦の攻撃と同調して同じ個所に攻撃する戦術を採用している。
具体的には
この戦術自体は教本にも書いてある一般的なものだが、戦隊の練度が低いとタイミングが合わせられず、他の艦の攻撃が無効になる可能性が高い。また、一瞬だけとは言え、手動回避を停止することから、敵からの攻撃を受けやすくなるというデメリットもあった。
クリフォードはこの戦術を演習で繰り返すことにより、完璧に近い形で使いこなせるようにしていた。
「主砲発射!」というポートマンの声が響く。
メインスクリーンにはインヴィンシブルと同時に僚艦十九隻から一ヶ所に砲撃が行われたことが示される。
その二十本の陽電子ビームが一隻のゾンファ戦艦に集中した。
「フージェン級戦艦、轟沈」
情報士のジャネット・コーンウェル少佐の冷静に報告する。
その後、第一巡航戦艦戦隊は同じように攻撃を繰り返し、多くの艦を葬っていく。
しかし、僅か二千隻強の攻撃では決定打にならず、シー艦隊は第二分艦隊に向かって加速を始めた。
「これで我々に攻撃する敵はいなくなりました。敵本隊の下方から攻撃を加えつつ、敵左翼側に抜けます」
第九艦隊第一分艦隊はシー艦隊を無視して、ゾンファ艦隊の真下を突き進んでいく。
主砲や副砲、カロネードによって攻撃を加え、ゾンファ艦隊にダメージを与えた。
ただ、第一分艦隊だけでは絶対数が少なく、防御力の高いゾンファ艦隊に大きなダメージは与えられていない。
但し、全く効果がなかったわけではなかった。
クリフォードが提案した際に指摘した通り、真下からの攻撃に、ゾンファ艦隊の一部が混乱している。
特にシー艦隊の内側にいたリー・ツェン上将の艦隊は第九艦隊が行ったミサイル攻撃を真横から受けただけでなく、シー艦隊が作戦を無視して戦列を離れたため、大きな混乱が生じていた。
その結果、それまでほとんど戦果を挙げていなかったヤシマ艦隊の砲撃がじわじわと効き始めている。
その光景は連合艦隊の将兵たちに希望を与え始めていた。
■■■
標準時間〇三三〇。
第九艦隊とゾンファのシー・シャオロン艦隊が砲火を交え始めた頃に遡る。
ゾンファ艦隊本隊とアルビオン・
開戦初期こそステルス機雷とステルスミサイル攻撃によって混乱したものの、想定の範囲内で戦闘が推移していることに、ゾンファ艦隊の総司令官、シオン・チョン上将は満足していた。
(既にアルビオン艦を二千隻以上葬っている。このままいけば一個艦隊分は撃沈できるだろう。撃沈できなくともヤシマのドックで修理できない艦も三千隻近い数になるはずだ。そいつらはキャメロットに帰還せざるを得ん……)
シオンの考える数字はやや楽観的だが、大きく外しているわけではなかった。
更にFSU艦隊の内、ヒンド共和国とラメリク・ラティーヌ共和国の艦隊が動きを止め、左翼の一個艦隊でそれら四個艦隊を圧倒している。
(ヒンドとラメリクの艦隊はこの戦いが終われば、本国に戻るだろう。ヤシマの艦隊も半数近くを沈められるから、第二次攻略部隊の勝利は確定したようなものだ。あとは敵第九艦隊の動きを抑えるだけでいい……)
第九艦隊と最右翼のシー・シャオロン上将の艦隊との戦いは未だに小競り合い程度で、時間さえ稼いでくれればいいと考えている。しかし、相手がアルビオン軍きっての知将、アデル・ハースであることから、司令官として経験の少ないシーが上手く対応できるか不安を感じていた。
(シー・シャオロンが上手くやってくれればよいのだが……)
不安はあるが、それほど強いものではなく、目の前の戦いに集中する。
「クゥ艦隊にゆっくり後退するよう伝えろ! その穴を我が艦隊が埋める!」
クゥ・ダミン上将の艦隊は戦線の中央にあり、ステルス機雷による攻撃などで多くの艦が沈められ、生き残っている艦のほとんどが傷ついていた。それでもクゥの指揮能力によって戦線を維持していたが、そろそろ限界だとシオンは感じていた。
クゥ艦隊と入れ替わるため、その指揮に集中していると、情報参謀が慌てた様子で報告を始める。
「敵第九艦隊が艦隊を分けました。我々の上下を通り抜けるつもりのようです」
「何!」とシオンは驚き、自らのコンソールに状況を映す。
そこには巧みな機動でシー艦隊を翻弄する第九艦隊の姿が映し出されていた。
そして、シー艦隊が天頂側の分艦隊に向けて攻撃を集中していく様子に変わる。
「何をしているのだ。それでは天底側の分艦隊が自由に動けてしまうではないか……」
そこまで言ったところで、状況が変わった。
第九艦隊が発射したステルスミサイルがシー艦隊の内側にあるリー・ツェン上将の艦隊を攻撃したのだ。
リー艦隊は側方からのミサイル攻撃を受け、大きく動揺する。また、その正面にあったヤシマ艦隊からの猛攻を受け、戦列が大きく崩れ始める。
そこでシオンは流れが変わったことを明確に感じ取っていた。
(ハースにしてやられたな。この状況でこれ以上無理をすれば、第二次攻略作戦に支障が出る。目的は達したのだ。ここは引くべきだろう……)
シオンは全艦隊に向けて命令を行った。
「
そこで第九艦隊の第二分艦隊に向かったシー艦隊に命令を送る。
「シー艦隊は追撃を中止し、我が艦隊の後方で待機。アルビオン艦隊を引き込もうとしているように見せるのだ!」
その命令にシー・シャオロン上将は自分がミスをしたと自覚し、素直に命令に従った。
「申し訳ございませんでした。直ちに艦隊を所定の位置に移動させます」
シオンはしおれたような顔のシーを見て頷く。
(しかし、シー・シャオロンは思ったより使えなかったな。いや、策に嵌った割には損害が少ない。手玉に取られたが、ハース相手に善戦したと言えるかもしれんな)
そう考えながらもすぐに全艦隊の動きを注視する。
第九艦隊の分艦隊が下方を通過しながら攻撃を加えてきたため、リー艦隊が更にダメージを受け、シー艦隊が戻るまで右翼側が危険な状態にあった。
「敵第九艦隊は無視しろ! 既にミサイルはほとんど撃ち尽くしているのだ。僅か二千隻では大したことはできん! 今は正面のアルビオンとヤシマの艦隊に中央突破されないようにする方が重要だ!」
リー艦隊はシオンの言葉で動揺が収まり、ヤシマ艦隊の猛攻を何とか凌いでいく。
その間に左翼側がヒンド・ラメリクの両艦隊に攻撃を加え、更にアルビオン艦隊に向かう動きを見せる。
それに対し、アルビオン艦隊は中央艦隊への圧力を弱め、左翼艦隊に艦首を向けていく。
「よし、上手くいったぞ! 砲撃を加えつつ、ゆっくりと後退せよ! 焦る必要はない! 敵に余力はないのだ! 今は沈められないようにそれだけに注力しろ!」
シオンの命令によって、ゾンファ艦隊はゆっくりと後退していった。
■■■
アルビオン艦隊のオズワルド・フレッチャー大将は、ゾンファ艦隊が後退していくことに疑念を感じていた。
(なぜだ? 敵の方が損害は少ない。あのまま前進されれば、我が艦隊は壊滅的な被害を受けたはずだ。第九艦隊を恐れたのか? それとも我々を引き込むための罠なのか?)
敵の思惑が分からず困惑するものの、大きなダメージを受けている第十一艦隊を守るため、司令官のサンドラ・サウスゲート大将に命令を送った。
「攻撃を継続しつつ、第七、第八艦隊に合流せよ。但し、敵の後退が罠である可能性が高い。敵が前進してきた場合は、艦隊の合流を最優先せよ」
第十一艦隊は砲撃を加えながら、ゆっくりと後退し始めた。
そこにヤシマ艦隊のサブロウ・オオサワ大将が通信してきた。
「敵の思惑は分かりませんが、敵が本当に撤退するにしても、現状では追撃は不可能です。一度、戦列を再構築する必要があると思いますが、提督のお考えは?」
「小官もそう考えます。恐らく我々が追撃しようと前に出ることを期待しているのではないかと。この乱れた艦列で追撃しても中途半端な攻撃しかできません」
「では、ヒンド、ラメリク艦隊のラインまでゆっくり後退しましょう」
それだけ言うと通信を切った。
第九艦隊の第一分艦隊はゾンファ艦隊の下方を通り抜けず、アルビオン艦隊本隊に合流した。
その間にゾンファ艦隊は整然と後退し、イーグン星系JPに入ると、一斉に
連合艦隊側の将兵たちはその光景を見て、一斉に歓喜の声を上げた。
しかし、ハースを始め、指揮官たちは敵がすんなり撤退したことに素直に喜べなかった。
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