第22話
第九艦隊は敵右翼の右舷九十度、距離約三十光秒の位置にあった。減速も終え、最大戦速である〇・〇一
対するシー艦隊も正面のアルビオン・
「巡航戦艦戦隊、砲撃開始! 回避機動パターン
司令官のアデル・ハース大将が鋭い口調で命令を発した。
三十秒後、敵のシー艦隊からの砲撃が第九艦隊に降り注ぐ。
しかし、距離があることと、高機動艦の特性を生かした鋭い回避機動により、命中はほとんどなかった。運悪く命中した巡航戦艦もいたが、比較的防御力の高い正面から受けたため、防御スクリーンで対処できている。
その三十秒後、第九艦隊からの砲撃の結果がメインスクリーンに映るが、敵戦艦の強力な防御スクリーンによって、こちらもほとんど有効なダメージは与えられなかった。
「全艦、最大加速! 第一分艦隊は上下角マイナス十度に変針、第二分艦隊は上下角プラス十度に変針!」
ハースの命令により、第九艦隊の二つの分艦隊は上下に分離し、加速を開始した。
その直後、シー艦隊の斜め後方から砲撃が加えられた。
ハースが連合艦隊の総司令官、サブロウ・オオサワ大将を通じて、ヒンド艦隊に依頼した攻撃だった。
その攻撃は意表を突くものだったが、後方の軽巡航艦や駆逐艦を数隻破壊しただけで、大きな損害を与えることはなかった。
しかし、後方からの攻撃ということで、シー艦隊の多くが動揺し、第九艦隊への攻撃が乱れることになる。
それを確認したハースは次の命令を発した。
「第一分艦隊、上下角プラス十度、第二分艦隊、上下角マイナス十度! 全艦、左舷十度変針せよ!」
二つに分かれた艦隊は約〇・六光秒の距離で上下に離れて並走する形となり、最大戦速を上回る〇・〇一五Cで敵の後方に向かう軌道に変えた。
シー艦隊はその大胆な機動に対応しきれず、混乱が輪をかけて大きくなる。
そこにヤシマ艦隊からの攻撃がシー艦隊を襲った。ヒンド艦隊の攻撃とは異なり、三個艦隊からの集中砲撃に次々と小型艦が沈められていく。
それを確認したハースは更に命令を発した。
「全艦、右舷三十度に変針後、減速開始!」
第九艦隊は元の軌道に戻すように変針すると、減速を開始した。減速は艦首を敵に向けたままであるため、加速時に比べ緩慢な減速となっている。
全艦の減速を確認すると、ハースは更に命令を続ける。
「全艦、ステルスミサイル全基発射!」
この時ハースは予め目標を定め、全艦に通達してあった。ゾンファ艦隊に向けて発射されたステルスミサイルは
ミサイル発射後も両艦隊では砲撃戦が続けられる。
第九艦隊はその機動性でゾンファ側の砲撃を回避し続けており、未だに大きな損害はなかった。
一方のシー艦隊は第九艦隊の意表を突く機動と、ヤシマ艦隊の砲撃により軽巡航艦と駆逐艦が五百隻以上沈んでいた。
思った以上に大きな損害だが、主力である戦艦や重巡航艦の喪失は少なく、また一時の混乱は収まりつつあることから、艦隊としての力は失っていない。
■■■
シー・シャオロン上将は連合艦隊側に先手を取られ、混乱したことに怒り狂っている。
「この程度の動きに幻惑されてどうするのです! 後方からの攻撃など無視しなさい! ヤシマもこれ以上、我が艦隊に関わっていられないはず! 前方の艦隊に集中するのです!」
ヒステリックに叫ぶものの、彼女自身、第九艦隊が上下に分離したことで、どちらに攻撃すべきか瞬時に判断できず、それが混乱を助長させていた。そのことに自ら気づき、目標を明確に指定した。
「目標は天頂方向に向かった分艦隊! 特に先頭の巡航戦艦に攻撃を集中させなさい!」
第九艦隊の第二分艦隊が先頭にいたため、ハースの旗艦がそこにいると思い込んだのだ。
五分ほど混乱が続いたが、艦隊も徐々に落ち着きを取り戻し、砲撃が命中し始めた。しかし、高機動艦による回避機動により、思ったほどの戦果は上がっていない。
更に五分後の標準時間〇三三五。
シー艦隊と第九艦隊の距離は十五光秒を割り込み、第九艦隊の第二分艦隊は徐々に被害を受け始めていた。
これは距離が縮まり命中精度が上がったことに加え、数が多い軽巡航艦の主砲の射程距離に入りつつあるためだ。
「敵のミサイル群、到達予定時刻三十秒前です! 推定一万五千基!」
索敵担当参謀の上ずった声がCICに響く。
「対宙レーザーで適切に処理しなさい! 駆逐艦戦隊、天頂分艦隊に向け、
ユリンミサイルはゾンファ軍のステルスミサイルで、アルビオン軍のファントムミサイルに相当する。しかしながら、ステルス性、破壊力共にファントムミサイルに劣り、駆逐艦にしか搭載されていない。
また、ヤシマ艦隊の攻撃によって駆逐艦が三百隻ほど沈められているため、一斉発射されるミサイルの数も七千基強とアルビオン艦隊の半数以下しかない。
到達予定時刻になってもミサイルが現れない。
「敵ミサイル群はどうなっている!」とシーが苛立ちながら確認する。
「お待ちください!」と索敵担当参謀が慌ててコンソールを操作する。
「我が艦隊を越え、リー艦隊に向かった模様!」
その直後、シー艦隊の左隣にあったリー・ツェン上将の艦隊に多数の爆発が確認される。
「敵は我が艦隊を無視したの! 舐められたものね!」とシーが驚きと怒りの声を上げる。
「全艦、敵天頂分艦隊に向けて突撃せよ! この屈辱を敵にぶつけなさい!」
それまでほぼ停止し、艦隊の側面を守っていたが、怒りに任せて突撃を命じた。
その命令に対し、参謀長が慌てて止めに入る。
「天底側の分艦隊はどうするおつもりか! 艦隊の下を攻撃しながら通過されれば、大きな混乱が起きますぞ!」
シーはそれでも命令を撤回しなかった。
「天頂側を殲滅後、天底側に向かいます。敵は僅か二千隻。シオン上将が指揮を執っている限り、大きく崩れることはありません」
「しかし……」と参謀長は言いかけるが、ここで命令を撤回すれば更に混乱すると口を噤んだ。
■■■
標準時間〇三四〇。
第九艦隊第二分艦隊を率いるショーン・マクレガー中将はシー艦隊が向かってきたことに満足する。
「
ハースは以前と同じく、巡航戦艦を先頭に押し立てる陣形にしていた。そのため、ゾンファの司令官が先頭にいる艦を旗艦だと思い込み、第二分艦隊に向かうと断言していた。
「よし! 全艦、ミサイル発射!」
マクレガーの旗艦インフレキシブル28からも四基の大型ステルスミサイル、スペクターミサイルが発射された。
既にシー艦隊との距離は十光秒に迫り、駆逐艦からの砲撃も加わり始めている。
「最大加速度で加速開始! 敵のケツを舐めるように上方にすり抜けるぞ!」
二倍の敵が迫り、不利な速度であるにもかかわらず、マクレガーは陽気な声でそう言うと、副参謀長のレオノーラ・リンステッド准将が苦笑する。
「もう少し言葉を選んでいただけませんか?」
「言葉の綾だ! 俺も舐めたいわけじゃないぞ。まあ、主砲とカロネードでケツは叩いてやるつもりだがな」
「もちろん、分かっております。ハース提督のお考えに沿った作戦案は既に艦隊各艦に送付済みですから、いつでも叩いてやれますよ」
以前よりも柔らかい表情でリンステッドがそういうと、マクレガーも「期待している」と返す。
そんな会話が交わされたが、その直後からシー艦隊の猛攻が始まり、数十隻単位で艦が爆発する。
その光景を目の当たりにし、マクレガーは内心では冷や汗を流していた。
(作戦通りと言っても提督が手を打ってくれないとまずい。こっちに打つ手はないんだからな……)
そう考えながらも陽気な表情を崩すことなく、次々と命令を発していた。
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