第16話
クリフォードの作戦案が完成したため、ハースはアルビオン艦隊の総司令官であるオズワルド・フレッチャー大将に提案を行った。
作戦案の骨子を聞き終わったところで、フレッチャーは重々しく告げる。
「第九艦隊の作戦案だが、アルビオン艦隊として提案することは認められん」
「なぜでしょうか? ステルス機雷の移動は五時間あれば可能です。それも有人艦を派遣することなく行えますから、現状で大きなリスクはないと思うのですが」
「ステルス機雷の特性を殺すことになる。一ヶ所に集中すれば、それだけ発見されやすくなり、撃墜が容易になるのだ。四方八方からミサイルが飛び込む方がより敵にダメージを与えられる」
フレッチャーの言葉にハースが反論する。
「一般的にはそうでしょう。ですが、今回は状況が異なります。ステルス機雷をミサイルとして使うのですから」
「それは理解している。だが、失敗した場合、我が国の責任となる。現状の配置が致命的というならまだしも、このような冒険的な作戦を認めることはできん。第一、この案はコリングウッド艦長が発案したものだ。参謀でもない一艦長の作戦案を承認することなどできんよ」
フレッチャーは元々保守的な考えの持ち主で、破天荒なハースを嫌っていた。また、クリフォードのことも嫌っているが、これはクリフォードがハースに気に入られているためではなかった。
その理由だが、意外なところにあった。
以前クリフォードが司令を務めた王太子護衛戦隊の護衛艦の艦長であったイライザ・ラブレース少佐とフレッチャーは関係があったのだ。
ラブレースの父が彼の元上官であったため、イライザのことも幼い頃から知っており、娘のようにかわいがっていた。
そのイライザを、功を焦ったというだけで軍法会議に掛けたクリフォードに対し、強い怒りを抱いた。
但し、怒りに任せてクリフォードに当たれば、元第三艦隊司令官のハワード・リンドグレーンと同じようにメディアに叩かれると思い、ラブレースの不名誉除隊を阻止するだけに留めている。
しかし、わだかまりがなくなったわけではなく、クリフォードが職責を無視して出した作戦案が有効であると思っても認めることができなかった。
「確かに発案はコリングウッド艦長ですが、これは第九艦隊の司令部が認め、正式に上申した作戦案です。総司令官の権限で検討されないというのであれば仕方ありませんが、却下した理由を明確にした上で、記録に残していただきたいと思います」
ハースは個人的な感情で有効な作戦案を認めないフレッチャーに怒りを覚えていた。
「その必要はない。すぐにでも敵艦隊が現れるかもしれんのだからな」
「理由について記録を残すだけであれば、五分もあればできます。もちろん、明確な理由があればですが」
ハースの辛辣な言葉にフレッチャーは僅かにたじろぐが、ハースは更に追い打ちをかけていく。
「提案書にも付けておりますが、シミュレーション結果では敵艦隊のジャンプアウト後に五千隻以上にダメージを与えられます。一方、現状の配置では精々二千隻です。シミュレーション結果がすべてではありませんが、この結果を否定するだけの理由がなければ、統合作戦本部も艦隊総司令部も納得しないでしょう」
フレッチャーはその言葉で頭に血が上りそうになるが、後ろに控える参謀長が咳払いすることで冷静さを取り戻した。
「了解した。もう一度検討してみる」
「では、レイヤード提督とサウスゲート提督を交えた会議を三十分後に開催することでよろしいですね。却下するにしても他の艦隊司令官に説明は必要でしょうから」
そこでフレッチャーは内心でしてやられたと思った。他の司令官に説明すれば、必ず賛成に回る。特にサウスゲートは猛将と呼ばれており、敵にダメージを多く与える作戦案なら無条件で賛成することは目に見えていた。
「それで構わん。三十分後にヴァーチャル会議をセッティングしてくれ」と後ろにいる副官に命じ、通信を切った。
ハースはフレッチャーが消えた場所を見つめながら憤慨していた。
(まだ自分の感情を優先する指揮官がいるのね。それで多くの将兵が死ぬというのに……でも、今のは私も失敗だったわ。彼を追い詰めてはいけなかった。リンドグレーンの二の舞になるとは思わないけど、そのことを頭に入れておくべきだったわ。この後の会議ではフォローしないと……)
そこで軽く頬をパンパンと叩き、後ろに控える副官のアビゲイル・ジェファーソン中佐に顔を向ける。
「フレッチャー提督が認めたら、提督は最初から快諾してくれたという噂を流しておいてくれるかしら。そうね、
ジェファーソンは「
(提督も大変ね。嫌われている相手にも気を使わなくてはいけないなんて。もっともこれから大変な戦いが待っているのに個人的な感情で物事を決めようとする人がいること自体信じられないけど……)
その後、司令官による会議が行われ、クリフォードの作戦案は承認され、連合艦隊司令部に提案されることになった。
提案はハースから連合艦隊の総司令官であるヤシマ防衛艦隊のサブロウ・オオサワ大将に直接行われた。
作戦案を聞いたオオサワは即座には了承しなかった。
「機雷の移動に五時間かかるが、その間にゾンファ艦隊が現れた場合、現状より機雷の効果が少なくなる。この点についてはどうお考えか」
「ゾンファ艦隊が何らかの準備を行っていることは明らかです。もっとも考えられるのは艦隊の合流。その場合、ジャンプアウトしてくるのは最短で五月十三日の一八〇〇。最確値では五月十四日の〇二〇〇です。今から五時間以内に敵が現れる確率は五パーセント以下でしょう。その場合は当初の予定通り、七個艦隊ですから多少機雷の効果が少なくともミサイルによる集中攻撃との組み合わせで充分対応できます」
オオサワはその説明に小さく頷くと、真面目な表情を少しだけ崩した。
「了解しました。確かにこの作戦案は有効です。ヒンド、ラメリクの両艦隊司令官には小官から説明しておきます」
「ありがとうございます」とハースが礼を言うと、
「それにしてもさすがは“
「私の発案ではないんですよ。私の艦長が骨子を考えてくれたんです」
「コリングウッド艦長ですか! 彼には驚かされますな。では、すぐに作戦案を実行します」
それだけ言うと、通信を切った。
その後、ヤシマのステルス機雷は軌道修正用のスラスターによって移動し、連合艦隊とイーグンJPの間に配置された。
この作戦変更により、連合艦隊では待ち続けるという単調さからも解放され、過度に緊張していたFSU艦隊の将兵たちも少しだけ余裕が戻った。
ハースはそのことに気付き、クリフォードにそのことを話した。
「これもあなたの狙ったことなのかしら?」
ハースがいたずらっぽく聞くと、クリフォードは真面目な表情で答える。
「
「いずれにしてもこれで少しはマシになったわ。あとはこの状態をどれだけキープできるかが問題だけど」
五月十三日の一八〇〇になってもゾンファ艦隊は現れず、五月十四日を迎えた。
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