第15話
アルビオン・
ゾンファ艦隊の出現予定時刻を九時間近く過ぎた前日の一二〇〇、連合艦隊の総司令官であるサブロウ・オオサワ大将は、このままでは疲労が蓄積すると判断し、JPから戦列を下げた。
距離は戦艦の主砲の射程外、三十三光秒の位置とし、その場で
シフト体制に切り替わってから二十四時間が過ぎ、クリフォードも
艦長休憩室は緊急時に艦長が対応できるように、
(敵が艦隊を合流させているなら、あと二十六時間は現れないはずだ。しかし、それを逆手に取って奇襲してくる可能性も否定できない。効果的な手段だと認めざるを得ないな。特にFSU艦隊には……)
寝台に横になりながら自嘲気味に考えているが、連合艦隊の将兵たちの精神的な疲労は溜まりつつあり、それを解消する術がなかった。
精鋭であるアルビオン艦隊では問題は起きていないが、ヒンド艦隊とラメリク・ラティーヌ艦隊では乗組員同士のトラブルが起きるなど、士気が落ちつつあった。
(敵が合流しているとすれば、八個艦隊以上。我々の実力では今でも厳しい。少しでも有利になる方策を考えなければ……)
方策を考えるものの、よい案が思い浮かばなかった。
(とりあえず、艦内を歩いてみるか……)
気分転換を兼ね、艦長休憩室を出て艦内を見回ることにした。
艦内は戦闘前とは思えないほど静まり返っている。
CICでは
ロジャースはクリフォードの姿を認めると立ち上がり、席を譲ろうとした。
「そのままで。少し雑談でもしようと思ってね」
クリフォードは戦闘の可能性が皆無の
「雑談ですか?」とロジャースが聞き返すが、クリフォードはそれに答えず、話を始める。
「この待機時間を使って、敵に確実にダメージを与えるよい方法がないか考えていたんだが、思いつかなくてね。中佐と話をすれば思いつくんじゃないかとここに来てみたんだ」
「それは光栄なことです」とロジャースは笑うが、その時彼女はクリフォードが何を狙っているのか、何となく察していた。
(艦長は私たちの緊張をほぐそうとしているようね。提督にあれだけ信頼されている艦長がここで余裕を見せれば、下士官たちは必ず仲間に伝えるから、艦隊全体に一気に広がるわ。あの“クリフエッジ”が何かやってくれそうだって……)
ロジャースがそれとなく周囲を窺うと、掌砲手や操舵手など下士官たちが聞き耳を立てているのを感じた。
そのため、とりあえず思ったことを口にすることにした。
「JPにある百万基のステルス機雷を上手く使えないでしょうか。我が国の標準的な設置数の四倍以上もの数なのです。これだけの数のステルス機雷は敵にとっても充分に脅威になると思うのですが」
ステルス機雷はJPに設置することが多いが、アルビオン、帝国、ゾンファの三大国でも通常は多くても二十万から二十五万基しか配備しない。これはそれだけの数の精密機器をメンテナンスする手間が大変だからだ。
しかし、品質に異常に拘るヤシマのステルス機雷はほぼメンテナンスフリーであるため、大量に配備しても誤作動を起こすことはほとんどなく、大量配備という戦術が容易であった。
クリフォードはロジャースの意見に「確かに」と言って小さく頷く。
「ヤシマのステルスミサイル、確かコウリュウ型と言ったと思うが、我が国のファントムミサイルより優秀だ。ステルス性もさることながら、航続距離も長いし、センサー類も優れている。遠距離からの攻撃でも敵にダメージが与えられるはずだ……」
ヤシマのステルスミサイルは“コウリュウ型”と呼ばれ、艦搭載型と機雷型がある。アルビオン軍のステルスミサイルのように大型、中型、小型という区分はなく、中型に相当する一種類だけだが、ファントムミサイルよりすべての面で優れていた。
その優秀なコウリュウ型のステルス機雷が百万基配備されている。仮に十個艦隊五万隻がジャンプアウトしてきたとしても、一隻当たり二十基のステルスミサイルが攻撃を仕掛けることになり、大きな戦果が期待できる。
「……しかし、問題もある。ステルス機雷は搭載された
「そうですね。数が多いから何とかできないかと考えたのですが、おっしゃる通りだと思います」
ロジャースはやや下を向き、落胆の表情を浮かべていた。
しかし、クリフォードはその言葉に何も言わなかった。
不審に思ったロジャースが顔を上げると、そこには考え込むクリフォードの顔があった。
「この数の多さは確かに有効だ。それに帝国が使った方法でもある……我が軍のミサイル迎撃法までは調べられていないはずだ。だとすればやりようはある……」
クリフォードはそう呟くと、ロジャースに向かって早口で話し始めた。
「スヴァローグ帝国がダジボーグで行ったことを覚えているか?」
「ダジボーグ星系会戦……ステルス機雷を艦隊のミサイル攻撃に見せたことでしょうか?」
ダジボーグ星系会戦において帝国艦隊はミサイルの残数を偽装するため、艦隊の近くに配置したステルス機雷を発射し、艦搭載のミサイルで攻撃を加えたように見せている。
「そうだ。だが、今回は偽装のためではなく、艦隊の攻撃と連動させるんだ。具体的には艦隊の前面に機雷を配置し、艦隊側から集中的に攻撃するようにする」
「艦隊側からですか?……」
クリフォードはその問いに直接答えず、自らの考えを語っていく。
「敵が十個艦隊だとして、ジャンプアウト時の標準的な球形陣であれば、直径は一光秒ほどになる。対宙レーザーの射程は〇・五光秒程度。一ヶ所にステルス機雷を集中させれば、敵艦の半数以上は射程外になる……」
ロジャースは頭の中でクリフォードが話している状況を思い浮かべているが、それを上回る速度でクリフォードは話し続けた。
「……それに加えて、連合艦隊の全艦からミサイルを撃ち込めば、五、六分で敵艦隊にミサイルは到着する。その間に艦隊を前進させれば、混乱した敵に戦艦の主砲を撃ち込める。これなら勝てる……」
そこでクリフォードはロジャースに自分の考えが正しいか確認した。
「中佐、今の私の考えはどうだろうか? ミサイルの到達時間は感覚的なものだが、合っているだろうか?」
ロジャースはすぐに指揮官用のコンソールを使い、クリフォードの言葉を検証していく。
そして、その結果に目を見開いた。
「合っています。艦隊から発射されたミサイルの到達時間は最短三百十八秒、ミサイルの回避機動を考慮すると四百二十秒後です。艦隊が最大加速度で前進した場合、約百秒で最大戦速に達し、射程内に入るのはその二百五十秒後です。三十光秒離れていますので、敵に主砲が到達するのは三百八十秒後。艦長のおっしゃる通り、ミサイルと同時に主砲による攻撃が可能です」
やや興奮気味のロジャースの声にCIC要員たちも驚きの声を漏らしている。
「ありがとう。あとはステルス機雷をどれくらいの時間で移動させることができるかだ。これはヤシマに問い合わせなければならないが、やってみる価値はある」
クリフォードがそう言うと、後ろから声が掛かる。
「クリフ、大至急、今の案を提案書として提出しなさい」
いつの間にか司令官席に座っていたハースが命じた。
クリフォードは慌てて立ち上がると、「
彼女の後ろには首席参謀のヒラリー・カートライト大佐と副官のアビゲイル・ジェファーソン中佐が立っていた。
カートライトは司令部の参謀席に座っていたが、たまたまクリフォードの話が聞こえ、ハースに連絡していたのだ。
「アビー、参謀長と副参謀長を至急呼び出して。ヒラリー、あなたはヤシマの司令部にステルス機雷の移動について確認してちょうだい……」
矢継ぎ早にハースは指示を出していく。
クリフォードはその声を聴きながら、ロジャースに顔を向ける。
「君にも共同立案者として手伝ってもらうぞ。もう一度、さっきの条件で計算を……」
ロジャースはメモを取りながら、頭の片隅で別のことを考えていた。
(ほとんど艦長が考えたことで、私は何もしていないのだけど……それにしても凄いわ。艦長もそうだけど、断片的に聞いただけで即断できる提督も……)
一瞬だけ尊敬の目をクリフォードに向けると、CIC要員に向かって指示を出す。
「艦長の作戦案を具体化します。操舵手と索敵員、通信員以外は私の指示に従い……」
インヴィンシブルのCICは一気に活気づいた。
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