第4話
ヤシマの造船技師、ユズル・ヒラタは自らの執務室でこれまでのことを思い出していた。
(とりあえず計画通り、私の設計が認められた。あとはどこまで気づかれずに配備されるかだ……)
ヒラタの設計方針は非常に明確だった。
ゾンファ艦共通の課題である防御スクリーンを増強する方針を設計に反映したのだ。
ゾンファの艦船はアルビオンに比べ、単一の防御スクリーンの能力は高いものの、多重化の点で劣っていた。そのため、初撃に対する防御力は高いが、連続攻撃に対してはスクリーンが過負荷に陥りやすく、極端に防御力が低下するという欠点があった。
そのため、ヒラタは防御スクリーンの多重化を第一に考えた。
また防御スクリーンだけでなく、主砲の出力向上や副砲の増設など、防御力だけでなく、攻撃力も増強している。
更にエネルギー貯蔵庫も大型化し、ゾンファ艦隊の弱点である輸送部隊の負担を軽減させることで、行動可能期間を延ばすことにも成功した。
それらを解決するには常識的に考えれば、艦の大型化しかない。
しかし、ヒラタは総トン数を増大させることなく、艦の総合的な戦闘力の強化を実現した。
その方法だが、非常に単純なことであった。
それは直接戦闘に関係しないスペースにそれらの設備を押し込んだのだ。
具体的には搭載艇格納庫や補修用資材保管庫を縮小しただけでなく、准士官以下の居住スペース、食堂、調理室などを撤廃したのだ。
そのため、彼の設計方針に対し、運用側である艦政本部からクレームが出ている。
本部の役人たちはヒラタを会議室に呼び出し、説明を求めた。
「搭載艇を削減すれば、艦同士の連絡に支障をきたす。どうするつもりなのだ?」
それに対し、彼は平然と答えていく。
「艦同士の連絡というが、戦隊に一艇あれば充分だろう。運用実績を調べたが、搭載艇の稼働時間は平均して年間五百時間に満たない。これにはメンテナンス後の試運転も含まれる。つまり、年間の稼働率は六パーセントに満たないのだ。それに搭載艇が必要になるのは拠点周辺だけだ。ならば、基地もしくは要塞にある汎用艇を使えば問題ないはずだ」
その姿は傲慢ともいえるもので、捕虜として連れてこられたものの態度ではなかった。その傍若無人さに役人たちはたじろぎ、数字まで出されたことで反論に窮してしまう。
そこで別の問題を指摘した。
「補修用資材倉庫はどうなのだ。物資がなければ継戦能力の低下は免れんぞ」
「それも問題はない。そもそも防御力が弱いから損傷するのだ。その防御力を上げれば、補修作業自体が不要になる。もちろん、すべてなくなるわけではないが、補修用の物資を保管しておくために防御力を下げるというのは本末転倒ではないか」
正論を堂々とぶつけられ、再び役人たちは言葉に詰まる。しかし、最大の問題点を突き付けることでヒラタをやり込めてやろうと意気込んだ。
「では、どこに兵たちは寝泊まりするのだ? 寝台すらないではないか」
「提案書に書いてある通りだ。きちんと読め」と言い放つ。
「書いてあることは知っている。だが、脱出ポッドの仮設寝台を使うというのは、やり過ぎだろう!」
そう言ってバンとテーブルを叩く。
脱出ポッドは直径五メートル、長さ十メートルほどのカプセル型の構造体で、定員十名が三十日間の漂流に耐えられる設計だ。
長期間にわたる漂流を考慮しているため、座席を簡易寝台にすることができ、それを利用しようとヒラタは考えたのだ。
「脱出ポッドの容積は現行の設計の兵員室より広い。漂流時と違い、脱出ポッドの中に缶詰め状態になるわけではないのだ。兵士が耐えられないはずがない」
その言葉に役人も納得しそうになったが、それでも更に反論を試みた。
「それは机上の空論だろう。現行の設計は工学的に実証されているが、脱出ポッドの簡易寝台は脱出時の状況に対応しているのだ。当然、プライバシーやストレスに対する考え方が根本的に違う。設計思想が違うものを流用して問題が起きないはずがない」
その反論に対し、ヒラタはフンと鼻を鳴らす。
「そんなことはない。私は既に十ヶ月以上、簡易寝台を使っている。それもほとんど執務室に閉じこもり、貴国の監視者によってプライバシーがない状態でだ。それでも私はこのように、健康に問題はない」
それに対し、役人は困惑しながらも指摘をやめなかった。
「食堂や調理室まで削除するのはやり過ぎだ」
「
レーションは主に地上軍の野戦用の食糧だが、その保存性と簡便さから緊急時用の食料として脱出ポッドにも保管されているものだ。
ちなみに野戦用の物は食器と一緒になったタイプだが、脱出ポッドの物は保管スペースの関係から袋からそのまま食べるようになっている。
「兵士たちの唯一の楽しみが食事なのだぞ! レーションだけでは彼らの不満が溜まることは火を見るよりも明らかだ」
「レーションにもバリエーションはあるし、栄養面も問題ない……」
「そうは言ってもだな……」と役人が言いかけるが、それを無視して話し続ける。
「私は十ヶ月以上、レーションだけで過ごしているが、先ほど言った通り健康面では何ら問題はないし、不満も感じていない。私のような技術者でも問題ないのだ。前線の兵士が問題にするなら、それは兵士の教育が間違っているのだ」
「だが……」と更に役人が言い募ろうとしたが、ヒラタはそれを遮った。
「貴国が欲しているのは、
その言葉を聞き、役人たちは呆れ顔で小さく首を左右に振る。
取り付く島がないと思ったのか、「君の意見は理解した」と言い、会議は終了した。
ヒラタの設計はこれにより認められた。
もちろん、ヤシマから拉致してきた技術者ということで、不利益な設計をするのではないかと警戒されている。
ゾンファの技師が何度も設計情報を確認しているが、問題は何一つ見つからなかった。
更にヒラタが言ったように彼の行動は常に監視されていた。それだけではなく、彼の執務室は何度も執拗に調べられ、メモの類もすべて確認されている。
また、同じく拉致されてきた技術者たちとも最低限の交流しかしておらず、その際の会話もすべて盗聴されていたが、ヒラタは自らの設計の優秀さを語るだけだった。
数ヶ月にわたる調査が行われたが、ヒラタからゾンファに不利益をもたらす意図は何も見つからなかった。こうして、ゾンファ軍は彼がただの変人であり、自分がやりたいことをやらせれば、自国に多大な貢献をしてくれると思い込んだ。
しかしヒラタはゾンファへの復讐を考えていた。
彼は離婚した妻と娘、孫をゾンファ軍の地上部隊によって殺されていたのだ。その事実はゾンファ軍に知られていなかった。
妻は離婚した際に姓が変わっており、更に調査したゾンファの地上軍のほとんどが帰国しておらず、その情報が本国に伝わっていなかったのだ。
ヒラタはそのことを知り、復讐のため変人であることを装った。
(これで兵士たちが不満に思うはずだ。不満が募れば、戦いにも影響が出る。戦いは士官だけではできないのだから……)
ヒラタはあえて准士官以下の乗組員の居住環境だけを悪化させた。士官たちも同じ待遇になれば、仲間意識が醸成される可能性はあるが、明らかな待遇差に准士官以下は不満を持つ。
不服従までいかなくとも、意思の疎通が阻害できるだけでも戦闘能力が削られることは充分に考えられる。
しかし、彼の計画はそれだけではなかった。
ヒラタは帰還した兵士たちが民主化運動に関わっていることを知り、それを増長させようと考えた。
(この程度のことで強固なゾンファの支配体制が崩せるとは思っていないが、少なくとも嫌がらせはできる……)
それでも最終的にはゾンファの支配体制を破壊し、この国を混乱に陥れることを考えていた。
(……上手くすれば反乱も期待できるはずだ。ただ何年掛かるかは分からない……できれば、私が生きている間に起きてほしいが、そこまでは望むまい……)
ヒラタは自らの考えを悟らせないよう、艦船の設計に没頭していった。
そして、それによってゾンファの支配層の信用を勝ち取り、既存艦の改造まで手掛けるようになる。もちろん、新型艦と同じ設計思想で。
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