第38話
ダジボーグ星系第五惑星サタナーは木星型
ここには文明の血液であるエネルギーを供給するための
スヴァローグ帝国軍はそのプラントを死守せんと、ヤシマ星系で傷ついた艦隊を出撃させた。
その数二万二千隻。
すべて戦闘艦で、サタナーを盾にするかのように配置され、輸送艦などの補助艦艇は三十光秒後方に待機している。
一方のアルビオン王国及びロンバルディア連合によるダジボーグ進攻艦隊は十一個艦隊約五万五千隻。帝国艦隊と同じように補助艦艇を切り離し、五十光秒後方に待機させている。
戦闘艦はアルビオン艦隊が約二万七千隻、ロンバルディア艦隊が約二万二千五百隻。サタナーを挟むようにして五十光秒の位置で、帝国艦隊と対峙していた。
アルビオン艦隊が右翼を、ロンバルディア艦隊が左翼を担当し、その後方十光秒の位置にアルビオンの第九艦隊が予備として置かれている。
アルビオン及びロンバルディア両国の将兵は勝利を確信していた。
ヤシマ艦隊を除く前衛だけでも戦力比は二倍を超えている。また帝国艦隊の多くの艦が傷付いたまま応急補修さえ満足に完了していない。
総司令官ジークフリート・エルフィンストーン大将はアルビオン、ロンバルディアの両艦隊にそれぞれ指示を出した。
その命令は、アルビオンが右から、ロンバルディアが左から迂回して攻撃するというものだ。但し、ロンバルディア艦隊に示した航路はアルビオンより大回りで、射程距離に入るタイミングは十分以上遅くなる。
ロンバルディア艦隊の指揮官ファヴィオ・グリフィーニ大将は進撃に先立ち、麾下の艦隊に厳しい口調で訓辞を行った。
「チェルノボーグJP会戦を忘れるな! 戦意を抑え司令部の命令を遵守せよ! ここで同じ過ちを繰り返せば、祖国を取り戻すことなどできぬと思え! この戦いに勝っても帝国の脅威が去るわけではないのだ。蛮勇を捨て、理性をもって戦うのだ!」
彼だけでなく、ロンバルディアの軍人はチェルノボーグJP会戦での失態を恥じていた。特に暴走を許した艦隊司令官や戦隊指揮官は言い訳のしようがなく、他国の将官の冷たい視線を受ける屈辱に耐えるしかなかった。
そのため、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、暴走した艦の指揮官を更迭し、組織の引き締めを図っている。しかし、その処置はただでさえ経験不足の指揮官の質を更に下げることになった。
グリフィーニはそのことをエルフィンストーンに正直に伝えていた。エルフィンストーンはそれを理解した上でロンバルディア艦隊に命令を出していた。
「貴艦隊は我が艦隊と帝国艦隊の交戦後に攻撃を開始してください。そのため、可能な限り時間を掛けて回り込んでいただきたい。そうすれば、敵は我が艦隊と交戦せざるを得ず、貴艦隊は敵の側方から一方的に攻撃できるでしょう」
こうして五万隻弱の戦闘艦は左右にきれいに分かれて帝国軍に向かった。
第九艦隊はゆっくりと前進し始めた。しかし、上下左右のどの方向に向かうわけでもなく、サタナーにまっすぐ向かう針路だった。
標準時間一二三〇。
アルビオン艦隊と帝国艦隊の戦艦が同時に攻撃を開始した。距離は三十光秒と最大射程距離であり、両艦隊とも不運な数隻の艦が爆発するだけで、防御スクリーンを発光させるに留まっている。
「落ち着いて狙うんだよ! 敵の数は少ないんだ!」
第三艦隊司令官、“
「だが、無茶はするんじゃないよ! 敵は死に物狂いで攻撃してくるはずだからな!」
その言葉遣いの荒さに司令部内には苦笑する者もいたが、艦隊の各艦ではいつも通りの姿に士気が上がる。
「うちの親分はやる気のようだな」
「全くだ。だが、俺たちは
そんな会話が下士官たちの間でなされていた。
また、第十艦隊では温厚な紳士であるジョアン・ヘイルウッド大将が落ち着いた口調で艦隊に指示を出していた。
「敵の動きに惑わされぬよう充分に注意せよ。敵が何か策を弄している可能性があると、“
今回派遣されたアルビオン艦隊において最も長い軍歴を誇る彼も、帝国軍に何らかの策があると考えていた。
ただ、その策自体を見出すことができず、どのような事態になっても落ち着いて対応することを言い聞かせようとしたのだ。
アルビオン艦隊の各艦隊ではそれぞれの艦隊の特色に従って慎重に戦いを進めていく。
戦闘は始まったが、大艦隊同士の戦いの割には静かだった。
もちろん、数十隻単位で艦が沈み、多くの将兵が戦死している。しかし、数に劣る帝国艦隊の動きが思った以上に緩慢だった。
帝国艦隊はゆっくりと後退し始めた。
その動きはアルビオン艦隊の圧力に負けているようにも見える。
後方にいる第九艦隊旗艦インヴィンシブル89の艦長クリフォード・コリングウッド大佐はその動きに違和感を抱く。
(戦意が乏しすぎる。このまま後退し続ければエネルギー供給プラントを守ることはできない。戦術目的を放棄してまで後退するほど逼迫はしていないはず。これは罠では……)
同じことを司令官のアデル・ハース大将も感じたのか、参謀長のセオドア・ロックウェル中将にそのことを話す。
「参謀長はどう思いますか? 私には帝国艦隊の動きが不自然に見えるのですが」
戦術家としてはロックウェルの方が一日の長があるため、意見を求めたのだ。
「ロンバルディア艦隊に後ろを取られるのを嫌がっているようにも見えますが、敵が誘っているように見えなくもありません。だとすれば艦長が言っていた罠の可能性が高いかと」
そこでクリフォードをみて、「艦長の意見は?」と意見を求めた。
「私も同じ考えです。誘い込むような動き……まさか!」
そこでクリフォードの言葉が止まる。
「何か思いついたの、クリフ」とハースが声を掛けると、
「敵艦隊の構成が異常です」
「異常? 帝国艦隊の通常の編成だと思うのだけど……分かったわ! そういうことね!」
ロックウェルら参謀たちは二人の考えについていけない。
クリフォードが早口で説明をする。
「ここは帝国の支配星系です。
その間にハースはエルフィンストーンに通信を入れていた。
すぐに通信は繋がる。
「敵の星系内戦闘艦による奇襲の可能性があります! リングや小惑星からミサイル攻撃があるかもしれません! 注意してください!」
しかし、十光秒の距離があり、すぐには返信が来ない。時間差をもどかしく感じていると、アルビオン艦隊の中にいくつもの爆発が生まれた。
情報士のジャネット・コーンウェル少佐が声を上擦らせながら報告する。
「敵ステルスミサイル多数! ステルス機雷と高機動ミサイル艦による攻撃と思われます!」
ハースは「してやられたわ」といつになく激しく吐き捨てると、
「右舷三十度、上下角プラスマイナスゼロ。最大加速で敵艦隊の側面に向かいます!」
その命令にクリフォードが反応する。
「右舷三十度、上下角プラスマイナスゼロ。最大加速!
クリフォードの矢継ぎ早の命令にCIC要員たちは命令を復唱していく。
そんな中、コーンウェルの声が響く。
「ロンバルディア艦隊もミサイル攻撃を受けています!」
メインスクリーンに混乱するロンバルディア艦隊の姿が映る。
「ロンバルディア艦隊はどうされますか」とロックウェルがハースに問うが、
「帝国艦隊に攻撃を加えることを優先します。奇襲による混乱は短時間で収まるはず。それよりも帝国の主力による攻撃の方が危険ですから」
ロックウェルはその考えに賛同するように大きく頷く。
第九艦隊は三百秒の加速を行い、〇・〇五Cまで加速する。艦隊戦において〇・〇一Cを超えることは防御スクリーンに過剰な負荷が掛かるため、通常は行われないが、そのリスクを冒してでも早急に対応することを選んだのだ。
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