第37話

 宇宙暦SE四五二二年十月一日標準時間〇一〇〇


 巡航戦艦インヴィンシブル89はスヴァローグ帝国の支配星系ダジボーグ星系にジャンプアウトした。


 周囲にはアルビオン王国艦隊約三万隻とロンバルディア連合艦隊約二万五千隻が球形陣を作っている。

 帝国艦隊の待ち伏せが懸念されたが、敵艦は一隻も存在しなかった。


 クリフォードはジャンプアウトと同時に命令を発した。


「ステルス機雷の処理を開始せよ」


 超空間にいる間に手順の確認は終わっており、戦闘指揮所CICでは全く混乱はなく、戦術士タコーのオスカー・ポートマンが部下たちに落ち着いた口調で対宙レーザーの状況を確認させている。


 三十分後、ヴァロータ星系側JPの掃宙作業は無事終了した。


 更にその一時間後、途中まで同行していたヤシマ艦隊一万隻が輸送艦隊五千隻と共にジャンプアウトする。


 脆弱な輸送艦隊の損害を少しでも減らすためと、戦闘後の交渉のために同行しているヤシマのサイトウ首相を守るため、時間をずらしたのだ。



 帝国艦隊は唯一の有人惑星である第二惑星ナグラーダ周辺に二万隻の戦闘艦が展開していた。しかし、漫然とした感じが否めず、艦隊単位のようには見えない。


 総司令官であるジークフリート・エルフィンストーン大将は総参謀長ウィルフレッド・フォークナー中将から分析結果の報告を受ける。


「遠距離からの観測であり正確性に欠ける部分はありますが、帝国艦隊の多くの艦がナグラーダ周辺にある軍事要塞スヴァロギッチ、工廠衛星、更には民間宇宙港に出入りしております。チェルノボーグJPで受けたダメージが未だ回復していないと推察されます」


「増援は来ていない。これは幸先がいいな。では当初の作戦通り、敵艦隊に決戦を強要する」


 エルフィンストーンはヤシマ艦隊と輸送艦部隊に待機を命じると、アルビオン及びロンバルディア艦隊に出撃を命じた。


「出撃! 目標第五惑星サタナー! 敵艦隊を引きずり出すぞ!」


 エルフィンストーンは楽観的だった。

 アルビオン王国艦隊だけでも敵を凌駕しており、士気はともかく練度に不安が大きいロンバルディア艦隊に期待する必要がないためだ。


 エルフィンストーンの命令でアルビオン及びロンバルディア艦隊が前進する。補助艦艇は戦闘艦の後方に置き、最大巡航速度の〇・二光速で進む。


 連合艦隊の目標である第五惑星サタナーは木星型の巨大ガス惑星ガスジャイアントであり、ダジボーグ星系のエネルギー供給源になっている。

 そのため、巨大なエネルギー供給プラントが衛星軌道上にあった。


 このプラントを破壊されれば、ダジボーグ星系のエネルギー事情は一気に悪化し、軍事だけでなく、民間にも大きな影響を及ぼす。

 また完全に破壊された場合、完全復旧には年単位の時間を要することは確実だ。


 そのため、アルビオン艦隊の参謀たちは圧倒的に不利であろうと、帝国軍はプラント防衛に出ざるを得ないと考えている。


 帝国軍に決戦を強要するためのもう一つの選択肢として有人惑星ナグラーダに向かう作戦も考えられるが、その衛星軌道上には二十キロメートル級の軍事要塞スヴァロギッチがあり、大きな障害になると考えた。そのため、要塞と艦隊を切り離す策を選んだ。



 第九艦隊司令官アデル・ハース大将の幕僚、首席参謀のレオノーラ・リンステッド大佐はこの状況で自らの存在価値を示そうと躍起になっていた。


「敵がいないサタナーのエネルギー供給プラントの破壊だけなら、ロンバルディア艦隊だけでも充分ではないでしょうか」


 それに対しハースは「そうね」と答えるものの、


「敵の方が近い位置にいるわ。全艦は無理でも二万隻以上の艦がサタナーに向かえばロンバルディア艦隊では荷が重いでしょうね」


 それでもリンステッドは引き下がらなかった。


「では、第九艦隊を分離し、アルビオンとロンバルディアの十個艦隊で迎え撃ち、我が艦隊が後方もしくは側面から挟撃してはいかがでしょうか」


「それをする利点は何かしら? このまま正面から戦っても充分に勝てます。リスクに見合うリターンが何か説明してほしいわ」


 ハースの視線を受け、一瞬言葉に詰まるが、


「ロンバルディア艦隊がリスクです。私ならロンバルディア艦隊を挑発して混乱を大きくします。その上でヤシマ艦隊と補給部隊に高速艦を叩きつけ、動揺を誘う作戦に出ます」


「二倍以上の戦力差がある中、帝国が艦隊を分けるとは思えないのだけど?」


 そこでリンステッドは反論できなかった。しかし、思わぬところから援護が入る。

 それまで交わされる会話を聞いていただけのクリフォードが話に加わってきたのだ。


「私もリンステッド大佐の考えに賛成です。第九艦隊を戦術予備として後方ないし側方の離れた場所に配置すべきと考えます」


 ハースはクリフォードが積極的に関わってきたことに驚くが、すぐにその意図を確認する。


「どうしてかしら? 有利な状況ではあるけど、それほど余裕があるわけじゃないわ。最大の攻撃力を持つ第九艦隊を前線から外せば、王国艦隊と帝国艦隊はほぼ互角になるのよ。まさかとは思うけどロンバルディア艦隊に期待しているわけではないわね?」


はい、提督イエス・マム。ロンバルディア艦隊に期待はしていません」


「ではなぜ?」


「敵の動きが自然すぎて、逆に不自然です。何がと具体的には言えませんが、敵が何らかの罠を仕掛けてくるのではないかと思えるのです」


「だから一網打尽にならないように艦隊を分離して置けということ?」


はい、提督イエス・マム。機動力のある第九艦隊であれば、首席参謀がおっしゃったような側面への攻撃にも有利ですし、不利な状況になった味方の支援もすぐに行えます。また、敵が何か考えているとしても第九艦隊であれば不自然には見えないでしょう」


「なるほど……分かったわ。首席参謀、あなたの提案を早急に作戦案にして提出しなさい。それをもってエルフィンストーン提督に掛け合うから」


 リンステッドは宿敵ともいえるクリフォードの助け舟にプライドを傷つけられたものの、この作戦を成功させることで見返せると考え、「了解しました、提督アイ・アイ・マム」とだけ答えて作戦案の作成を始めた。


 ハースはクリフォードの思いやりを微笑ましく思ったが、彼の言ったことを真剣に考え始める。


(確かに自然すぎるわ。軍事拠点を利用して防御しようとしたことも、プラントを守るために出撃したことも。確かクリフの昔のレポートにこんな言葉があったわね。“人は見たいものを見ると無条件に信じてしまう”と。同じ言葉じゃなかったかもしれないけど、今の私がまさにその状態……本当に凄い子だわ……)


 ハースは索敵担当の情報参謀にサタナー周辺に罠がないか、重点的に確認するよう命じた。


 十時間後、アルビオン王国艦隊とロンバルディア連合艦隊は第五惑星サタナーから百光秒の位置に到着した。

 既に艦隊陣形を整え、艦隊の戦闘速度である〇・〇一光速まで減速を終えている。


 第九艦隊はリンステッドの作戦案通り、両艦隊の後方十光秒の位置に配置され、敵の側方に向かえるよう準備を終えていた。


 これはハースに手柄を上げさせたくない総参謀長フォークナー中将の思惑とも一致しており、比較的あっさりと認められている。



 十月十一日 標準時間一二〇〇。

 のちに第一次ダジボーグ会戦と呼ばれる戦闘が始まろうとしていた。

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