第11話

 宇宙暦SE四五二一年八月二十三日。


 要塞アロンダイトの戦略戦術シミュレータ室には多くの人が集まっていた。


 第九艦隊の司令部がシミュレータを使って、帝国に対する戦略を検討することになっているためだが、司令部の参謀と旗艦士官との対決という珍しい見世物があるという噂が広がり、人が集まったのだ。


 命じた司令官アデル・ハース大将はこのことを一切口外しなかったが、首席参謀レオノーラ・リンステッド大佐が自らの勝利を見せつけるため、故意に情報を広めた。しかし、そのことでハースから咎められることはなかった。


 参謀長であるセオドア・ロックウェル中将はリンステッドのやり方に反発し、ハースに意見する。


「今回の件は研究の一環であって見世物ではないはず。リンステッド大佐にひと言注意すべきではありませんか」


「私は口外することを禁じていません。それに研究の成果を広めることはよいことですよ。この結果次第で王国が厳しい状況にあると認識してもらえるのですから」


 ロックウェルはハースの真意を掴めなかったが、非公式とはいえ、口外することを禁止しなかったことは事実であり、それ以上何も言わなかった。


 シミュレータ室は艦隊の総旗艦の戦闘指揮所CICを模擬した部屋となっている。アルビオン艦隊側を指揮するメンバーがそこで事前に入力した作戦と、刻一刻と入ってくる情報を吟味し、複数の艦隊に命令を出すことで対応する。


 一方の敵側のメンバーは事前に作戦を入力するだけで、あとは人工知能AIにすべてを委ねることになる。これはゾンファ共和国軍にしてもスヴァローグ帝国軍にしても本国の作戦を無視して臨機応変な対応を採ることは稀であるという前提に立っているためだ。


 クリフォードはこの考えに否定的だった。

 ゾンファにしても帝国にしても現場の指揮官の判断が勝敗を左右すると考えているためだ。しかし、ハースの意図を察しているため、AIに任せても大きな支障はないと割り切り、特に何も言わなかった。



 リンステッドらがシミュレータ室に入った。

 そして、審判役のハースが事前情報を読み上げ、それがシミュレータ室と観覧用のスクリーンに映し出される。


「今回の敵はスヴァローグ帝国です。ダジボーグ星系に十五個艦隊が集結し、更に多くの輸送艦が現れたという情報がヤシマ経由で届きました。この時点を基準時間とします」


 スクリーンに映し出された日時情報はゼロが並んでいる。


 更に星系図が映し出され、艦隊のアイコンが点滅していた。


「キャメロット星系に九個艦隊、アテナ星系に二個艦隊、ヤシマ星系に三個艦隊が配備されています。各艦隊の状況は……自由星系国家連合FSUの状況はスクリーンに示した通り。各国の判断は作戦部の指標を使い、AIが判断します。敵と接触するまでは事前の作戦通りなので、時間経過を千倍にして進めます。ではスタート……」


 ハースの言葉でスクリーンの情報が目まぐるしく変わっていく。


 アルビオン側はリンステッドらの立てた計画に従い、キャメロット駐留九個艦隊四万五千隻のうち、五個艦隊約二万五千隻を六パーセク(約二十光年)離れたテーバイ星系に派遣した。


 更に二十二パーセク(約七十二光年)離れたヤシマ星系に三個艦隊約一万五千隻を派遣する。


 テーバイ星系に派遣した艦隊には帝国側に当たるアラビス星系へのジャンプポイントJPで迎え撃つよう指示を出している。これは帝国艦隊のテーバイ星系予想到達日時が八日零時以降という解析結果に基づいていた。


 その理由をリンステッドは得意げに説明する。


「スヴァローグ帝国の戦略目的は自由星系国家連合FSUのロンバルディアとヤシマの占領です。この二ヶ国を攻略するために最低十個艦隊は必要ですから、王国への牽制に使える艦隊は最大でも五個艦隊です。敵艦隊の予想到達時刻は八日の零時。ですので、ギリギリですが間に合います」


 そこで戦術画面に切り替え、テーバイ星系図を映し出す。


「アラビスJPには濃密な機雷原がありますから、余裕をもって対処できるでしょう。そして重要なことは、我々はヤシマも死守しなければならないということです。三個艦隊を増派し、六個艦隊とすればヤシマ艦隊に期待しなくとも守り切ることは難しくありません」


 リンステッドは戦略予備として一個艦隊をキャメロットに残しただけで、アテナ星系の艦隊には手を付けなかった。その点についても説明を行った。


「ゾンファ共和国の動向が不明ですので、アテナ星系を空にするわけにはいきません。現在の二個艦隊に加え、要塞“アテナの盾イージスⅡ”があれば、相手が六個艦隊でも充分に戦えます。更に戦略予備の一個艦隊を加えれば、ゾンファ共和国が動員可能な十個艦隊にも対抗できます」


 アテナ星系には大型軍事要塞“イージスⅡ”がある。直径約百キロメートルの小惑星を利用した要塞は五基の十ペタワット(十兆キロワット)級動力炉と、一ペタワット(一兆キロワット)級反陽子加速砲が三十門備えられたアルビオン王国における最大級の要塞だ。


 その説明をしている間にダジボーグとテーバイ星系の中間に当たるマヤーク星系に帝国艦隊が現れたという情報が表示される。日時は五日の零時を指していた。


「では、一旦ここでシミュレータの速度を通常に戻します」というハースの声でスクリーンの表示が緩慢になった。


 スクリーンに表示された帝国艦隊数は七。リンステッドの予想を裏切る数字だった。

 マヤーク星系とキャメロット星系の距離は十七パーセク(約五十五光年)で、二十日前の情報となる。


「充分に間に合うタイミングよ。ですが、万全を期すために一個艦隊を増派し、戦略予備のためにアテナから一個艦隊を呼びよせます」


 リンステッドは直ちに実行するよう指示を出した。

 再びシミュレータの速度が上がり、十日が過ぎた。そこでシミュレータの速度が通常に戻される。

 テーバイ星系から急行してきた情報通報艦からの情報がスクリーンに映し出されたのだ。


 帝国艦隊は五日の十八時にテーバイ星系のアラビスJPに現れた。リンステッドの派遣した五個艦隊はその五時間後にテーバイ星系にジャンプアウトし、初期の戦略であるアラビスJPでの迎撃は失敗に終わった。


 帝国艦隊はステルス機雷を排除した後、キャメロットJPにもスパルタンJPにも向かわず、アラビスJPに居座っているというものだった。


 リンステッドは「そんな……」と絶句するが、増派した一個艦隊を含めても帝国軍に数で劣っており、決戦を挑むことは無謀だった。


 そこでシミュレータの表示がテーバイ星系に切り替わった。

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