第10話
キャメロット第九艦隊首席参謀レオノーラ・リンステッド大佐は、統合作戦本部作戦部長であるルシアンナ・ゴールドスミス少将の思惑通りに動いた。
リンステッドは首席参謀という地位を利用し、部下である各参謀たちが参謀長とコミュニケーションを取ることを妨害する。そのため、司令部のまとめ役である参謀長セオドア・ロックウェル中将が孤立する事態に陥った。
ロックウェルは参謀たちを掌握するため、副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将と協議するが、楽天的な性格のビュイックは危機感をあまり持っておらず、真面目なロックウェルと意見が合わない。
「参謀長はそうおっしゃいますが、首席参謀は不当なことをやっているわけではないと思うのですが?」
「それは理解しているが、今の首席参謀のやり方は酷過ぎる。少なくとも参謀長である小官と各参謀との間に壁を作るような行為は慎むべきだ」
その時、リンステッドは作戦参謀や後方参謀などの担当に対し、どのような些細なことでも首席参謀である自分を必ず通すように命じていた。
首席参謀の職責は参謀たちを総括し、司令官及び参謀長を補佐するというもので問題はないのだが、会議の席ですら各参謀に発言を認めないというやり方に、ロックウェルは一度怒りを爆発させている。
「これでは自由な意見が出ないが、大佐は何を考えておるのだ!」
それに対し、リンステッドは冷静さを失わずに反論する。
「各参謀の意見は首席参謀たる小官が吸い上げてから上申しております。ここは戦場ではありませんので時間を掛けて議論した結果を会議に上げるようにしたのですが、どこか問題があるのでしょうか?」
「それでは会議をやる意味がないのではないか。発言を制限されるなど全体主義のゾンファ軍ですらありえぬ」
「ゾンファの会議のやり方を小官は存じ上げません。ですので、そのようなことを申されても困ります。どの部分が艦隊運用規則のどの条文に違反しているかを明確にしていただかないと」
その不毛なやりとりを聞いていた司令官アデル・ハース大将が二人の会話の間に入った。
「今は権限が誰にあるかなどということではなく、来るべき対スヴァローグ帝国との戦いについて考えましょう」
そう言ってハースはロックウェルとリンステッドの争いを収め、一つの課題を出した。
「諜報部が掴んだ情報と戦略戦術研究部の解析によれば、ここ二年以内に帝国が
そこでスクリーンに統合作戦本部から送られてきたデータを表示する。そこにはダジボーグ星系に十二個から十五個艦隊が集結し、その一部がテーバイ星系に向かうという情報が映し出されていた。
「見ての通り、帝国は動員可能なほぼすべての戦力をダジボーグに集結させるはずです。帝国がこの大艦隊をどう動かすか。そして、それに我が国がどう対抗するかを考えねばなりません」
そこでリンステッドが発言を求めた。
「具体的には何を検討するのでしょうか? 第九艦隊としてどう対応するかは作戦部と防衛艦隊総司令部の意向に左右されます。しかしながら、防衛作戦全体の検討を行うことは一艦隊司令部の裁量の範疇を超え、あまり意味がないように思いますが」
ハースはコケティッシュともいえる、魅力的な微笑みを浮かべて頷く。
「大佐の懸念はもっともね。でも、こう考えてはどうかしら? これはあくまで戦術検討の前提条件を見るためのケーススタディよ。この検討をもって作戦部に意見を具申する気はないけど、作戦部から来る情報を待っていては検討が遅れてしまう。だから、第九艦隊独自に戦略の検討を行うの。これならおかしなことではないでしょ?」
ハースの言葉にリンステッドも「
「私が条件を考えては面白くないわね」とハースはいい、一言も発言していなかったクリフォードをチラリと見た。
「そうね。こうしましょう。折角だから、アルビオン側と帝国側に分かれて、それぞれが戦略を立てるのです。それに従って艦隊をどう動かすかから考えていきましょう。アルビオン側は今後の指標になるから、首席参謀がリーダーとなって検討しなさい。帝国側は……そうね、副参謀長がリーダーになって検討を進めて。でも、それだと手が足りないわね……」
そう言って周囲を見回し、クリフォードに視線を送る。
「艦長にもお願いしようかしら。参謀長はどう思いますか?」
突然話を振られたロックウェルは戸惑うが、「特に問題ありませんな」と答える。
「クリフはどう?」
クリフォードは自分がなぜ加わる必要があるのか疑問に思い、
「艦長としての職務を優先したいと思います」と答えた。
「そう言えば定期
「だったら、副長に任せれば大丈夫でしょ。それに数日のことなのだから」
最初から決められていたと感じたクリフォードは、「
ハースの言う通り、インヴィンシブル89は第三惑星ランスロットの要塞衛星アロンダイトに明日入港し、十日間のメンテナンスに入る予定だ。
「では、私と参謀長は審判役になるわ。三日後にアロンダイトの戦略シミュレータを使って対戦します。それまでに作戦案をまとめておいて。帝国と
ハースはそう言うと全員を見まわし、質問がないことを確認すると、そのまま会議室を出ていこうとした。しかし、一度立ち止まり、クリフォードに視線を向ける。
「あなたは航法が苦手だったわね。メンテナンスに
その言葉にクリフォードが答える前に更に付け加える。
「ちょうどいい機会ね。部下たちの力量を把握するために、艦の運用に支障が出ない範囲で部下を使いなさい。これは命令よ」
それだけ言うと参謀長と副官を従えて部屋を出ていった。
呆気に取られているリンステッドら参謀とクリフォードが残された。
「では艦長。三日後を楽しみにしていますわ。英雄の戦いを見せていただけると嬉しいのですけど」
リンステッドはそれだけ言うと、参謀たちを引き連れて会議室を出ていく。
先に会議室を出たロックウェルはハースの迂遠なやり方に納得できず、ハースと副官だけになったところで真意を質した。
「提督のお考えをお聞かせいただきたい」
その直截ないい方にハースは苦笑しそうになるが、表情を崩すことなく真剣な表情で答えた。
「首席参謀の暴走は統合作戦本部の誰かが示唆したものでしょう。この時期にこのようなことをする人物がいること自体信じられませんが、放置しておくわけには参りません」
「それは分かるのですが、なぜコリングウッド艦長を起用されたのか。ビュイック少将にも参謀チームを付ければよい話だと思うのですが?」
「それでは司令部全体の検討になりません。それに首席参謀の下に全員を付けておいた方が後で言い訳できないでしょ」
そう言って“チェシャ
「言い訳ですか? つまり副参謀長、いえ、コリングウッド艦長が勝利するとおっしゃりたいのですか」
「ええ、私はそう考えています。彼はとても優秀な戦略家です。それに引き換えリンステッド大佐は戦略眼を持っていません。もし、リンステッド大佐が勝利するなら、それは部下の意見をきちんと聞いたということです。ですが、彼女にその度量はないでしょう」
「言わんとすることは分かりますが、万が一リンステッド大佐が勝利した場合は今以上に増長しますぞ」
ロックウェルの警告にハースは「その時はその時ですよ」と笑みを浮かべたまま返すだけだった。
会議室に残されたクリフォードと副参謀長のビュイックは顔を見合わせて同時にため息をついた。
「提督は何やら深いお考えがあるようだな」とビュイックが言うと、クリフォードは「そのようですね」と苦笑する。
「君は帝国軍と戦った経験があるし、
そうしてクリフォードとビュイックは艦の戦術AIを使い、検討を始めることにした。
クリフォードは航法長のデッカー中佐、戦術士のポートマン中佐、情報士のコーンウェル少佐らに協力を仰ぎ、戦略をまとめていく。
当初、このような作業に戸惑ったデッカーたちだったが、参謀たちとシミュレータで戦うと聞かされ俄然やる気になる。
特にポートマン中佐は強いやる気を見せた。
「リンステッド大佐にひと泡吹かせられるなら徹夜でも何でもやりますよ」
「個人的な感情は抜きで頼みたいのだが」とクリフォードは窘めるが、
「もちろんですよ」と答えるものの、好戦的な表情は崩さない。
リンステッドは旗艦の士官たちに対し、
「あなたたちは戦う必要などないのだから楽なものね」という感じで、馬鹿にするような態度を取ることが多かったのだ。
実際、旗艦は他の巡航戦艦のように前線に出て戦うことは少なく、前任の猛将エルフィンストーン提督時代でもほとんど砲火を交えることはなかった。
それでも旗艦の士官ということで、他の艦よりも強い重圧を感じて任務に当たっている。
更にハースは演習において旗艦を最前線に置くことが多く、演習と同じような形で実戦になった場合、真っ先に戦闘に入る可能性が高い。
そのことを一切考慮しない発言に、温厚なコーンウェル少佐ですら怒りを覚えていた。
そんなこともあり、今回のシミュレータ対決が“司令部の参謀”対“旗艦の士官”の対決の場と捉えられることが多かった。
これはハースの思惑通りで、彼女は士官たちとの付き合いが短いクリフォードが早く艦に馴染むよう仕向けたのだ。
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