第39話

 エドワード王太子はラスール第二軍港で待機していたが、入港してくる自国の艦を見て言葉を失った。


(倍する敵と戦ったから当然なのだが、私がここに来ることを反対すれば、これほど大きな犠牲を払うことはなかった……)


 そのことを侍従武官であるレオナルド・マクレーンにいうと、彼は即座にその考えを否定する。


「彼らの犠牲があったからこそ、シャーリア法国は帝国に降らなかったのです。彼らによって多くの人々が救われました。殿下にはそのことを心に刻んでいただきたいと思います」


 王太子はその言葉に苦笑する。


「相変わらずレオは容赦がない。しかし、言いたいことは分かった。私がすべきは彼らの死を無駄にしないこと。そういうことだな」


 王太子の言葉にマクレーンは無言で頷いた。


■■■


 激しい戦闘を終えたアルビオン王国軍の各艦はラスール第二軍港に入港し、応急修理を受けている。


 軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]は最下層のJデッキが大きく抉られ、格納庫が完全に破壊されていた。しかし、戦闘中にJデッキに配置される部署はなく、人的被害は衝撃により転倒した軽傷者のみだった。


 S級駆逐艦シレイピス545号は艦首部分にある主砲が完全に破壊された。

 また、艦尾側も損傷し、艦の心臓である対消滅炉が一系列使えないなど、戦闘艦としての機能は完全に損なわれている。


 そのため、艦首付近にいた掌砲手ガナーズメイトと機関室にいた機関士たちに死傷者が出ている。


 同じS級駆逐艦であるシャーク123号の損傷はシレイピスの比ではなく、ほとんど残骸と言っていいほど破壊されていた。艦の前部は醜く溶け、爆発しなかったのは奇跡と言われているほどだ。掌砲手ら兵装関係の乗組員を中心に全体の半数を失っていた。


 喪失したスウィフト276号と合わせて、実に百五十名近い未帰還者を出している。

 この状況にクリフォード・コリングウッド中佐は顔には出さないものの、適切な手を打てなかったことに激しく後悔していた。


 彼は戦隊を率いた当初から、駆逐艦の艦長が弱点になることが分かっており、それを改善できなかったことが今回の結果だと考えている。


(もっとやりようはあったはずだ。少なくともスウィフトとシャークは救えた。私が指揮官として、艦長たちをしっかりと統率していれば……)


 内心の後悔を隠しながら、負傷した将兵たちを見舞い、慣れない他国の軍港で修理を行う掌帆手ボースンズメイト技術兵テックたちに声を掛けていく。



 そんな中、やらなければならないことがあった。

 それはシャークの艦長イライザ・ラブレース少佐に対する処分だ。


 ラブレースは敵艦との戦闘の最終盤、自らの功績のためクリフォードの命令を無視して猪突した。その結果、DOE5は敵ミサイルによって損傷して一時的に戦闘力を失い、その影響でシャークとシレイピスが敵の砲撃で大きな損傷を受けた。


 彼女はクリフォードの命令で自艦の艦長室で謹慎している。


 クリフォードは王太子にラブレースの処分について説明にいった。


「ラブレース艦長を更迭します」


 クリフォードの言葉に王太子は「君が指揮官だ。私は君の判断をいつでも支持する」と言って承認する。

 秘書官のテオドール・パレンバーグは控えめに反対を表明した。


「王国の支配星系に戻ってからでもよいのではないか」


 それに対し、クリフォードは明確に否定した。


「ラブレース艦長の命令違反は明確です。幸いリックマン艦長がおられますので、シャークの指揮に不安はありません」


 そう言い切ると、パレンバーグもそれ以上何も言わなかった。


 クリフォードはラブレースに面会するため、シャークの艦長室を訪れた。

 ラブレースはいつもの妖艶な笑みが消え、憔悴しきっている。艶やかだった髪すら輝きを失っているように見えた。


「何か言いたいことはあるかな、ラブレース少佐」


 努めて事務的にそう問い掛けると、ラブレースはゆっくりと顔を上げる。


「あの時はあれが最善の手だと確信しておりました。戦術の教本通りの行動ですし……敵があのような手を打たなければ……」


 そこまで言ったところでクリフォードに詰め寄り、「私の行動は勝利のために必要なことだったのです!」と叫ぶ。


 必死に言い募るラブレースに、彼は静かに反論する。


「それでも君の命令違反は明確だ。もし敵が何もせず、我々に損害がなく勝利したとしても、私は今回と同じように君を更迭しただろう。君は自らの手で勝利を決めるために友軍を危険に晒した。いや、多くの将兵を死に追いやった……」


 ラブレースは彼の言葉を遮った。


「しかし! 私は! 中佐も武勲を挙げた時、無茶をしているんじゃないんですか! どうして私だけが……」


 悲嘆にくれるラブレースを無視し、再び事務的に話を進めていく。


「ここには君を裁くべき将官がいない。軍法会議はキャメロットに戻ってから行われる。シャーク123号の艦長の任は戦隊司令である私の権限で一時的に剥奪する。臨時の指揮官としてリックマン中佐が引き継ぐから、準備しておくように。引き継ぎ後はDOE5に移ってもらう」


 ラブレースががっくりと膝を突く。クリフォードは僅かに憐憫の情が浮かぶが、控えている宙兵隊員に拘束を命じた。



 ラブレースを拘束した後、シレイピスに向かった。

 応急修理の指揮を執るシャーリーン・コベット少佐の姿を見つけ、声を掛ける。


「少佐のお陰で助かった。今回の戦闘がどのような扱いになるかは分からないが、司令部にはできる限り正確に伝えるつもりだ」


 コベットは「ありがとうございます」といって軽く頭を下げると、


「艦長の下で戦えたことは私にとって誇りです。この戦いがどのように評価されるかは分かりませんが、我々が帝国軍を叩きのめさなければ、シャーリアは降伏し、このペルセウス腕で大きな戦乱が起きたことでしょう。我々はそれを防いだのです。この事実は何があろうと変わりません」


 あれほど挑発的だったコベットがサバサバとした表情でそう言い切ったことに、驚きを隠せない。そのことを感じたのか、コベットが更に話を続けていく。


「私は中佐のことが嫌いでした。運に恵まれて出世したあなたが憎かったと言ってもいいでしょう。ですが、今は違います。中佐はいついかなる時も目的のために全力で行動していました。あなた以外にこんな状況をどうにかできる人はいません。運というより、神がそうなるように配したとすら考えています」


 そう言った後、いつもの厳しい表情ではなく、笑みを浮かべた。


「ですが、こんな崖っぷちクリフエッジは二度とごめんです、私は」


 そう言いながら敬礼し、作業の指揮に戻っていった。



 シレイピスからDOE5に戻ると、サミュエルの出迎えを受ける。


「リーコック少佐が見つかりました。軍港の一室で酔って寝ていました。作戦中行方不明者MIAではなく、無断離脱AWOLです」


 サミュエルは事務的にそのことを告げるが、DOE5の航法長マスターハーバート・リーコック少佐がAWOLすなわち、敵前逃亡したことに怒りを覚えていた。


(副長に次ぐ士官が敵前逃亡だと! これではクリフの経歴にも傷が付く。副長である俺がしっかりしていなかったからだ……)


 それに対し、クリフォードは「少佐はどこに」と、ラブレースに対した時と同じように事務的に話を進めていく。


「DOE5の営倉が使えませんので、軍港の保安部隊の収容施設を借りて収容しています」


 DOE5の営倉は最下層のJデッキにあり、今回の戦闘で使用不能になっていた。


「でもよかったと思いますよ」とサミュエルが自嘲気味に言うと、クリフォードは首を傾げる。


「DOE5の営倉は未だかつて使用したことがないことが誇りだったのです。それが最も不名誉な敵前逃亡、それも士官に対して使うことになるところだったのですから」


「しかし、応急修理で営倉も使えるようになるのではないか?」


 クリフォードの問いにサミュエルは大きく首を横に振る。


「DOE5の営倉は緊急性がないため修復しません。ですので、シレイピスに収容してもらいます。コベット艦長は嫌がるでしょうが、その方がリーコック少佐も堪えるでしょうから」


 修理の責任者は副長であるサミュエルであるため、その権限を使い、航宙に不要な設備である営倉の補修を取りやめるつもりでいた。


 そして、死傷者がいないDOE5より、善戦し満身創痍のシレイピスの方がリーコックに相応しいと考えた。

 クリフォードはサミュエルの考えに苦笑するものの、それ以上何も言わなかった。


 クリフォードは負傷者の見舞いや応急補修の指揮で忙しく動き回っていたが、二日目になって時間ができたため、リーコック少佐に面会することにした。


「何か言いたいことは、少佐」


 リーコックは一日で十歳以上歳を取ったかのように疲れきった表情でクリフォードを見つめている。


「自分はどうしてしまったのでしょうか? 気づいたら軍港の中にいたのです……私はどうなるのでしょうか……」


 焦点の合わない目でそういうが、クリフォードは感情を排した声で事実を告げる。


「君が志願した任務で失敗したことは聞いている。それだけなら、まだ何とかできただろう。しかし、君は士官としての責務を放棄した。その時点で士官たる資格を失ったのだ」


「覚えていないんです……」


「君は戦闘中に酒を飲み、艦を無断で降りたのだ。私は君の士官としての権限をすべて剥奪した。キャメロットに戻り次第、軍法会議に掛けられるだろう」


 軍法会議という言葉にリーコックは嗚咽を漏らし始めた。

 クリフォードはそれ以上何も言わずに立ち去った。

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