第38話

 宇宙暦SE四五一九年十二月二十八日


 アルビオン側でもハディス要塞の要塞砲の発射準備が始まったことに気づいていた。


「要塞砲にエネルギーが注入されています!」


 情報士であるクリスティーナ・オハラ大尉の声が響く。


「了解。ハディス要塞からの威嚇砲撃後、反撃に転じる。敵が混乱した一瞬の隙を突くんだ!」


 クリフォードが何を狙っているのか理解した者はいなかったが、自信に満ちた指揮官の言葉に「了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」という力強い了解の言葉を返していく。


 その間にもDOE5とシポーラとの撃ち合いは続いていた。

 いずれも損傷を負っているものの、小破といったところだが、防御スクリーンが一系列トレインしかないDOE5の方が圧倒的に不利だった。


 防御スクリーンは一系列でも機能を発揮できる。

 しかし、防御スクリーンで受け止めたエネルギーを質量-熱量変換装置MECに送って処理する必要がある。


 その処理に若干のタイムラグがあるため、防御スクリーンに処理しきれないエネルギーが残り、防御能力が落ちてしまう。


 通常は二系列で交互にエネルギーを受け持つため、処理が追いつかないということはないが、一系列しかない場合は時間と共にエネルギーが蓄積していく。


「直撃! 防御スクリーン能力八十パーセント低下! 六十、五十……」


 敵からの攻撃の精度が上がり、直撃が増えてきた。

 これは艦底側のスラスターが損傷し上方への機動ができなくなったためで、敵の人工知能AIがそれに対応し、命中精度が上がっている。


「MECが厳しくなってきました! あと二回しか受け止められません!」


 MECは熱量と質量を可逆変換する装置で、余剰エネルギーを質量に変換し、逆に貯めた質量をエネルギーに変換して対消滅炉リアクターの補助をする装置だ。


 防御スクリーンで受けたエネルギーを一旦質量に変換しているが、直撃する回数が増えたことで処理が追いつかなくなった。


「すぐに要塞砲が発射される。この辺りは星間物質が多い。つまり、強いガンマ線が放出されるはずだ。そのタイミングで敵を攻撃する」


 惑星付近では引力によって引き寄せられた星間物質が多く存在する。クリフォードは陽電子と星間物質の対消滅反応により発生するガンマ線を利用しようと考えた。


 敵も陽電子加速砲を撃てばガンマ線が発生することは知っている。しかし、巨大な要塞にこれほど接近した状態で威嚇砲撃を受けることは想定していない。


 また、味方の艦隊が要塞近傍に待機することはあり得るが、その場合は要塞の後方もしくは側方に位置しているため、ガンマ線の影響は艦の放射線防護で充分である。

 クリフォードはこの隙を突こうと考えたのだ。


 彼がこの方法を思いついたのは砲艦での経験からだ。

 彼は砲艦と戦艦の一体運用による長距離砲撃を提案したが、その研究の際、艦を近接させすぎるとガンマ線による通信障害が発生することがあり、自動制御による連携を行う上での課題になっていた。


 通信障害自体は陣形の最適化で解決できたが、この現象を何かに使えないか考えていた。結局、艦隊戦で使用することは難しいという結論になったが、この危機的な状況でそれを思い出したのだ。


「ハディス要塞、要塞砲発射!」


 戦術士のベリンダ・ターヴェイ少佐の声と同時にCICのメインスクリーンが真っ白に染まった。膨大なエネルギーの表示を処理しきれず、ホワイトアウトしたのだ。


 要塞砲の砲撃はシポーラを包み込むように放たれていた。

 DOE5も至近距離にいたため、強いガンマ線の影響を受けたが、予め準備していたため、即座に対応できた。

 クリフォードは即座に砲撃を指示する。


「手動回避停止! 主砲発射! 冷却系の制限は無視して連射せよ!」


 クリフォードはシポーラが混乱していると確信し、手動回避機動を停止して人工知能AIによる自動砲撃に切り替えた。



■■■


 一方、シポーラでは大混乱が起きていた。

 戦闘指揮所CIC内には、強いガンマ線による障害の警報音が鳴り響いている。


『外殻部、放射線量急増。当該区域にいる乗組員は防護措置を行うか、速やかに避難してください。繰り返します……』


受動パッシブセンサー系異常。バックアップ系に切り替えます……』


『常用系艦内通信システム停止。バックアップ系艦内通信システム停止。戦術系システムによりバックアップ中……』


 人工知能AIの無機質な音声メッセージが絶え間なく続いている。


 ハディス要塞の三百門の主砲はシポーラに直接ダメージを与えるほど至近距離ではなかったが、総出力三十ペタワット、戦艦千二百隻分のエネルギーに一瞬だが包まれた。


 そのため、戦闘時に使用する多重化されたシステムはともかく、通常の運用に使用するシステムの多くがダウンした。


「何が起きた!」とアルダーノフが叫ぶ。


 それに対し、艦長のドゥルノヴォは冷静に「威嚇砲撃です!」と言い、部下たちを叱咤する。


「敵から目を離すな! 戦闘中だ!」


 しかし、彼も冷静ではなかった。


(これほど至近距離に警告砲撃が撃ち込まれるとは……もう一度撃たれれば戦術系システムすらダウンする。シャーリアは帝国と決別すると決めたのか……)


 指揮官用のコンソールを確認していたが、彼もDOE5にそれほど注意を払っていなかった。


 常用系の故障を示す警報音が唐突に停止する。

 その代わり、防御スクリーンに敵艦の砲撃が直撃し、より重要な設備にトラブルが発生したことが報告される。


質量-熱量変換装置MEC制御系異常。主砲制御系異常。戦闘指揮所空調システム停止……』


 未だに混乱しているCICに、緊迫度を増したAIの音声が響く。


「状況を報告せよ!」


 ドゥルノヴォの怒声にCIC要員が次々に報告を上げていく。


「敵主砲直撃! 防御スクリーン一系列過負荷オーバーロード停止トリップ! 予備系自動切換え成功!」


「MEC自動停止トリップしています! エネルギーを直接リアクターに強制注入中! 機関長! 早く再起動してください!」


「主砲制御系二チャンネル故障! 主砲発射不能! 緊急時対策所ERCにてバイパスライン構築中! 発射可能まで一分ください!」


 ドゥルノヴォは報告を聞きながら、艦が危機的状況にあると理解した。


「司令。このままではこの艦は沈みます。降伏か、自沈かをお選びください」


 MECの故障により防御スクリーンが早期に使えなくなることは明らかで、更に反撃にも時間が掛かる。


 脱出するにも敵に背を向ければ撃たれて沈められるため、降伏するしかない。

 しかし、ここまで傍若無人に振る舞ったアルダーノフが降伏するとは思えず、艦と運命を共にするという選択肢を用意したのだ。

 アルダーノフは「もう打つ手はないのか」と呟くが、すぐに顔を上げた。


「降伏してくれたまえ。部下たちを道連れにするのは忍びない」


 ドゥルノヴォは「了解しました」といい、


「降伏の信号を発信せよ。敵が受領次第、主機関を停止し、起動用核融合炉によるエネルギー供給に切り替えよ」


 アルダーノフは大きく頷くと司令用のシートから立ち上がる。


「艦長にはすまないが、この後の処理を頼む」


 ドゥルノヴォは何も言わず、敬礼しながら彼を見送った。


「アルビオン艦から入電です」


 そしてすぐに回線が接続される。


「アルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊司令クリフォード・コリングウッド中佐です。銀河帝国軍の指揮官と話がしたい」


「小官が銀河帝国軍特使派遣部隊司令代行、ニカ・ドゥルノヴォ大佐である」


「司令であるアルダーノフ少将はいずこでしょうか」


「セルゲイ・アルダーノフ少将は戦死された。よって小官が指揮官である」


 ドゥルノヴォは敵の若い司令が一瞬驚きの表情を浮かべたことに気づくが、それを無視して降伏の条件を切り出した。


「アルビオン王国軍に降伏するが、その条件は准士官以下の帰国である。それ以外は求めぬ」


「貴官の申し出をシャーリア法国政府に伝えます」


 ドゥルノヴォはクリフォードの言葉が理解できず戸惑う。


「どういうことだ?」


「現在、貴官らは国籍不明の武装勢力という扱いです。我がアルビオン王国軍はシャーリア星系での警察権を有しておりません。今後はシャーリア法国の法律に従っていただくことになります」


 ここに来て未だに敵味方識別装置IFFを作動していなかったことに気づいた。


「私は帝国軍人ではなく、海賊の首領として扱われるのか……フフフ、私には相応しいかもしれん……」


 ドゥルノヴォは自嘲することしかできなかった。


■■■


 アルダーノフはCICを出ると自室に向かった。

 部屋に入ると、機密情報を処分し始める。

 その間にも彼の個人用情報端末PDAからはドゥルノヴォ艦長が発する命令が聞こえていた。


 すべての情報を処分すると、ライティングデスクの引き出しから美しい装飾のブラスターを取り出した。


「これが私の使う最後の道具か……そう言えば、陛下から頂いたが一度も撃ったことはなかったな……フフフ」


 ブラスターは皇帝から下賜された物だった。


 彼はブラスターを弄びながら、今回の失敗について考えていた。


(何が悪かったのか……アルビオンの王太子を捕えるという考え自体は悪くないはずだ……敵の司令の能力が高かったからか? 確かにコリングウッドは優秀だった……そうか、私が口を出したことが敗因なのだ。所詮、私は艦隊戦の素人だ。最初からドゥルノヴォに任せておけば、ここまで無様に負けることはなかった……)


 そして、ブラスターをこめかみに押し当てる。


「陛下、申し訳ございません……」


 皇帝への謝罪の言葉を呟いた後、引き金を引いた。


 シポーラが降伏を受け入れたことで、軍法官カザスケルであるアル・サダム・アッバースはラスール第二軍港に攻め込む陸戦隊に戦闘中止を命じた。

 こうして、ラスール軍港での戦闘はすべて終了した。

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