第30話

 クリフォード率いるアルビオン王太子護衛戦隊がラスール軍港を出港した。

 アルビオン側は軌道エレベータを巧みに利用し、スヴァローグ帝国戦隊に向けて加速を続けている。


 戦闘開始直後は余裕があったアルダーノフだが、敵に損害を与えられないことに苛立ち始めている。


「敵のミサイルは駆逐艦とスループ艦に対応させろ! しかし、軍港を離れたのになぜダメージが与えられんのだ。集中的に攻撃を加えられるはずだろう!」


 旗艦艦長のドゥルノヴォは戦闘指揮を行いながら、静かに反論する。


「敵は揚陸艦を巧みに使っております。あの揚陸艦の防御スクリーンは重巡航艦並。シポーラの主砲だけでは有効な打撃は加えられません」


 アルダーノフは感情に任せて反論しようとしたが、ドゥルノヴォの言った意味を理解したため、唸るだけでそれ以上何も言わなかった。


(この位置からミサイルを放っても軍港の迎撃システムに撃ち落される。あと二十秒ほどか……)


 アルダーノフはミサイル発射のタイミングを確認すると、すぐに命令を発した。


「ミサイル攻撃を行う! 揚陸艦に六、各駆逐艦に八基ずつ放て!」


 現在の相対速度は〇・〇一一光速強、秒速三千四百キロほどだが、相対距離が十九万キロを切っており、ステルスミサイルの加速度を調整すれば、軍港の対宙レーザーの射程外で攻撃できる。


 各艦からの了解の声が返ってくると、すぐに「ミサイル発射」と命令を発する。

 メインスクリーンに三十基のミサイルのアイコンが示され、それは敵戦隊に真直ぐ向かっていった。


(これで敵揚陸艦は沈められるはずだ。駆逐艦も最低一隻、上手くすれば二隻は沈められる。あとは逃がさないようにミサイルと主砲よる波状攻撃で軽巡航艦にダメージを与えればよい……)


 アルダーノフはそう考えながら、メインスクリーンに映るミサイルのアイコンを目で追っていく。


 二十五秒後、“チェーニ”ミサイルのアイコンがアルビオン戦隊と重なった。


 加速中に五基のミサイルが破壊されたものの、二十五基がアルビオン戦隊に襲い掛かったのだ。

 アルダーノフは勝利を確信し、笑みを浮かべる。


(あれだけの数を全数撃ち落すことは無理だ。駆逐艦も全滅させられるぞ……)


 しかし、その笑みは数瞬後に驚愕に変わった。


「敵揚陸艦に一発命中! 駆逐艦一隻、至近弾! その他はすべて喪失……敵揚陸艦、戦列を離脱し漂流中!」


 シポーラの戦闘指揮所CICは一瞬沈黙に包まれた。


「なぜだ……何が起こったのだ」というアルダーノフの声が響く。


「閣下、まだ戦闘中です! 次のご命令を!」とドゥルノヴォが声を張り上げ、アルダーノフは我に返った。


「敵の揚陸艦がいなくなったのだ。駆逐艦を狙い撃ちにしろ!」


「敵がベクトルを変えました!」


 情報担当士官の叫びにメインスクリーンに目をやる。


 そこには緩やかな弧を描くように旋回するアルビオン戦隊のアイコンが映し出されていた。


「敵は我が方の攻撃に恐れをなしたのだ! 敵の無防備な腹に攻撃を加えろ!」


 彼の言う通り、アルビオン戦隊は帝国戦隊から離れるように機動している。


「ミサイルが撃破された理由が判明しました! 敵は軍港の防衛システムを利用したようです!」


「何! 射程外だったはずだ! なぜ当たったのだ!」


「敵はミサイル発射後に速度を落としていたようです。そのため、軍港の防衛システムの射程内に留まれた模様です」


 アルビオン戦隊は回避機動に合わせて微妙に加速を調整していたのだ。


「なぜその報告が上がってこんのだ!」とアルダーノフは怒りを爆発させる。


 戦術担当士官は「申し訳ありませんでした」と謝罪するものの、戦闘機動では加速度を頻繁に変えることは常識であり、更にメインスクリーンや指揮官用コンソールに敵の速度情報はリアルタイムで表示されていた。

 戦術担当士官は見逃した指揮官のミスだと考え、内心で毒づく。


「まあいい。後退を中止し敵を追撃する!」


 アルダーノフは敵の策に乗せられてしまったことに怒りを感じていたが、それでも敵を追い詰められたと余裕を取り戻す。


(これで敵の退路を断てたのだ。ミサイルはまだある……)


 その時、彼の耳にドゥルノヴォの声が入ってきた。


「敵ステルスミサイル接近。全艦迎撃せよ」


 アルダーノフは恐慌に陥りそうになったものの、僅か八基のミサイルであれば充分に対処できるとすぐに落ち着きを取り戻す。


 彼の考えどおり、アルビオンのファントムミサイルは駆逐艦とスループ艦の対宙レーザーによってすべて破壊された。


「敵は焦っているぞ! やはり若い指揮官はこういう修羅場には慣れておらんようだ。この機を逃さず一気に護衛艦を殲滅するぞ!」


 アルダーノフはそう言って鼓舞するが、ドゥルノヴォは冷静だった。


(あの巧みな機動を行った指揮官が焦ってミサイルを放ったとは思えない。こちらを油断させる策ではないのか? 実際、少将は敵が焦っていると思い込んでいる。いや、それなら私が冷静でいればいいだけだ……)


 そう考えるものの、アルビオンの指揮官に対して不気味さを感じていた。


(敵の指揮官は確かコリングウッド中佐だったな。若き英雄らしいが、それだけではない。ルブヌイを拿捕しようとした策といい、今回のステルスミサイルの無力化といい、司令の性格を読んでいる気がする……この先、どのような手を打ってくるのだろうか……)


 彼は興奮気味の司令を横目に自らのコンソールを使い、敵の動向を確認していく。


(確かに我々から逃れようと必死に機動しているように見える。だが、本当にそうなのか? 何かたちの悪いペテンに掛かっているような気がしてならない……)


 彼の目にもゆっくりとだが、アルビオン戦隊が離れていくように見えていた。


■■■


 クリフォードは最初の難関を乗り切ったことに安堵していた。


(敵はこちらの速度を見誤った。あの指揮官なら引っ掛かってくれると思ったが、もし冷静な参謀がいたら危なかった……)


 彼が打った手は非常に単純だ。


 戦隊の加速度は五kGを保ったままで、回避機動に合わせてベクトルを上下左右に振っただけだ。


 但し、ラスール軍港から真直ぐに敵に向かっている針路からは大きく離れないようにしていたため、速度のパラメータに注視していなければ、初期の計算通りに進んでいると思い込む。


 もちろん、艦の人工知能AIはそのことを示していた。

 しかし、今回は敵がアルビオン戦隊だけとの想定で、ラスール軍港は第三勢力という位置づけであったため、軍港から迎撃されるという明確な警告は発していない。これはアルダーノフのミスというより、戦術士官のミスだ。


 また、ステルスミサイルのAIもアルビオン側の速度変化に気づき、目標を見失わないよう機動していた。


 しかし、艦のAIと同じくラスール軍港からのミサイル迎撃という条件が考慮されていないため、大きな影響はないと判断し、減速を行わなかった。


 その結果、僅かな距離の差で軍港の対宙レーザーの射程内に入ってしまい、千基のレーザー砲によって迎撃されてしまった。


 帝国側にとって幸運だったのはロセスベイに向かったミサイルに時間差があったため、レーザーの射程外となり、ダメージを与えることができたことだ。


 但し、このミサイルも直撃ではなく至近弾で、防御スクリーンの能力を八十パーセント以上奪ったものの、航行には支障はなかった。


 更に駆逐艦スウィフトに至近弾と報告されたミサイルも接近前に撃破しており、スウィフトの防御スクリーンを一時的に低下させ、一部の設備が損傷したものの戦闘に支障はなかった。


 クリフォードは直ちにロセスベイの通常空間航行機関NSDを停止させ、漂流させることにした。


(ロセスベイは盾になりえない。ならば、損害を受けて漂流しているように見せた方がいい。敵が気づかなければ使うことができる……)


 盾であるロセスベイを失ったため、彼は戦隊の針路を微妙に変化させた。


 今まではラスール軍港を背後に置く形で進んでいたが、それをやめたのだ。しかし、それは単に惑星の自転に合わせて弧を描くようにとっていた軌道を逆にしただけだ。そのため、実際には大きく軌道を逸らすわけではなく、敵艦に艦首を向けたままでいられる。


 ラスール軍港は第四惑星であるジャンナの赤道上にある。

 第一軍港がある地上十万キロの位置で秒速八キロ近い速度で動いている。そして、帝国戦隊は地表から三十万キロほどの距離にあり、秒速二十五キロほどで移動していた。


 この速度は巡航速度が〇・二光速、秒速六万キロの航宙艦からすれば非常に遅い。

 しかし、衛星軌道上では惑星中心を基準とした球面座標系で表示される。また、自艦を中心に表示されるため、自転速度に同期した機動は真っ直ぐに見えるが、自転速度と同期していない機動は曲がって見える。


 そのため、自転方向から逆に針路を取ると、予想進路を示す曲線は大きく曲がり、離れていくように見える。更にラスール軍港という基準となる巨大な構築物があるため、より勘違いしやすい。


 座標系の使い分けだが、星系内では黄道面を基準とした直交座標系が用いられる。これは三次元的な位置関係を俯瞰的に把握しやすいためだ。


 しかし、惑星近傍では直交座標系より球面座標系の方が衛星軌道上にある施設との関係が分かりやすく、基準となる星からおおよそ二から五光秒以内になると表示が自動的に切り替わる設定とされている。


 クリフォードはこの球面座標系における錯覚を利用した。


(AIなら錯覚はしないが、人の目は騙すことができる。特に航法士官はこの錯覚に陥りやすい。心配なのは冷静な情報士官だな。客観的に見られたら、こちらが大きく動いていないことはすぐにばれてしまう……今のところ、敵は引っ掛かってくれたようだな……)


 彼は敵が自分たちに向けて加速を開始したことで僅かに安堵の息を吐き出していた。

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