第29話
無人の高機動揚陸艦ロセスベイ1は自動操縦によって静かに出港した。その後ろにDOE5と駆逐艦三隻が追従し、単縦陣を形成している。
クリフォードは重巡航艦を上回る防御力を持つロセスベイを盾にし、敵の攻撃力を封じる作戦に出た。
滑るように宇宙空間に飛び出すと、ロセスベイは軌道エレベータのシャフトに沿うように、最大加速度五kGで加速を開始する。
帝国側も手を
帝国側の各艦はラスール軍港を形成する軌道エレベータの延長上にあった。
その距離は軍港の先端にある第一軍港から約二十四万キロ。
帝国の指揮官、セルゲイ・アルダーノフ少将はロセスベイを先頭に出港してきたことを確認すると、直ちに攻撃開始を命じた。
「敵は揚陸艦を盾に脱出するつもりだ! 揚陸艦より軽巡航艦、駆逐艦に攻撃を集中せよ。だが、軽巡航艦は沈めるな。ある程度痛めつけて降伏させるのだ!」
この時、彼は全艦が出港したことから、DOE5に王太子が乗っていると確信した。
(軍港が
アルダーノフはそう考え、旗艦艦長ニカ・ドゥルノヴォ大佐に命令を出す。
「軍港への影響の恐れがなくなったところで、駆逐艦を一気に殲滅する。最初のタイミングは軍港の対宙レーザーの射程から出たところだ。発射基数は君に任せる。各艦と連携して確実に仕留めてくれたまえ」
彼の命令にドゥルノヴォは黙々と従っていく。しかし、言葉で言うほど簡単なことではなかった。
軽巡航艦シポーラには十本のミサイル発射管があり、駆逐艦にも各四本が備えられている。
一斉に発射すれば、三十基のステルスミサイルが発射できるが、大型ミサイルである“
当然のことだが、攻撃回数を増やそうとすれば、一回当たりのミサイル数が減る。いかにステルス性に優れているとはいえ、ミサイルの数が少なければ、対宙レーザーの餌食になるだけだ。
タイミングはともかく、どれだけの数を発射するか、その判断が最も難しい。
ドゥルノヴォはその困難さに頭を悩ますが、実戦経験の少ないアルダーノフはそのことに気づいていない。
彼はドゥルノヴォに攻撃を任せると、アルビオン戦隊に向けて降伏勧告を行った。
「アルビオン戦隊に告ぐ。直ちに機関を停止し、降伏せよ。降伏の意思を見せぬのであれば、次期国王もろとも貴戦隊を殲滅する」
しかし、アルビオン側は一切反応せず、加速を続けていった。
その間にもラスール軍港から戦闘行為の停止の警告が叫ばれ続けていた。
「国籍不明艦に警告する! 直ちに砲撃を中止し、本星系から立ち去れ! 砲撃を継続するのであれば、実力で排除する……」
帝国戦隊の各艦は未だに国籍を明確にしておらず、
「実力で排除するだと。やれるものか」とアルダーノフは嘲笑する。
「軍港には当てるな。占領後に必要になるからな。“
彼は圧倒的に有利な状況での戦闘に高揚し、ドゥルノヴォに任せたはずの発射基数も自分で決めてしまった。
(結局自分で決めているではないか。私も同じ判断だからよいが、これでは先が思いやられる……)
ドゥルノヴォは結果として自分の判断と同じだったため、何も言わなかった。そのため、アルダーノフはドゥルノヴォを無視したことに気づいていなかった。
■■■
クリフォードが指揮するアルビオン戦隊は軌道エレベータのシャフトから僅か数キロの位置で回避運動を加えながら、帝国戦隊に向けて加速していく。
既に加速開始から三十秒。二万キロ以上を進み、速度は秒速約千五百キロに達している。
これほどの速度において、巨大なシャフトから僅か数キロしか離れていない場所で、回避運動を行うことは冒険というより無謀だ。
角度が〇・一度ずれた状態が僅か一秒続くだけで、軌道は二・六キロもずれる。僅かなミスでシャフトへ衝突する危険があるのだ。
特に現状では敵の砲撃を回避するため、操舵手による手動回避が加えられており、いかに
しかし、クリフォードは加速と手動回避を継続させた。
この努力は成果を上げていた。事実、軌道エレベータ付近において、アルビオンの各艦は未だに損傷を受けていない。
出港後五十秒で軌道エレベータの上端部、第一軍港を通過する。それでも速度は〇・〇一
クリフォードはここからが正念場だと考え、気合を入れ直す。
「ここからは敵の攻撃が更に激しさを増す。だが、こちらも反撃に転じるぞ。主砲発射用意!」
この時、帝国側は全速での後退でラスール軍港から離れる機動を行っていた。しかし、主機関での機動ではないため、その加速力は小さく、相対速度を僅かに減らす程度の効果しかない。
「ロセスベイ1被弾! 前面スクリーン能力五十パーセント低下!」
情報士であるクリスティーナ・オハラ大尉がいつもより緊迫した声で報告する。
「了解」とクリフォードは静かに答えるが、戦術士であるベリンダ・ターヴェイ少佐には強めの口調で命令を発した。
「敵駆逐艦に向けて主砲発射!」
「
その直後、DOE5の主砲である中性子砲が発射された。メインスクリーンに模擬的に映し出された中性子の柱が真直ぐ敵に向かっていく。
しかし、初弾は敵の機動によって回避される。
「主砲は撃ち続けるんだ! 敵に余裕を与えるな!」
クリフォードの命令にターヴェイと彼女の部下である
彼はその応答を聞きながら、敵の次の手を打った。
「全艦に命令! ファントムミサイル一斉発射せよ! 加速は最大加速で十秒!……発射!」
DOE5と三隻の駆逐艦から計八基のステルスミサイルが発射された。
十秒間の加速中は敵の対宙レーザーの射程外であり、充分な速度とはいえないものの、加速を終えたミサイルは味方の監視装置からも消えていく。
(この距離ならあと四十秒ほどで敵に到達する。一隻でも沈められればいいのだが……いや、沈められずとも敵が順調だと思ってくれればいい……)
ミサイルの発射を命じたものの、彼はその効果にほとんど期待していなかった。
彼が狙ったのは敵が順調だと思い込むことだ。こちらが自棄になってミサイルを発射し、有効な反撃手段が減っていると思ってくれれば、油断が生じると考えたのだ。
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