第29話

 宇宙暦SE四五一九年十二月二十八日、標準時間〇五三〇。


 無人の高機動揚陸艦ロセスベイ1は自動操縦によって静かに出港した。その後ろにDOE5と駆逐艦三隻が追従し、単縦陣を形成している。


 クリフォードは重巡航艦を上回る防御力を持つロセスベイを盾にし、敵の攻撃力を封じる作戦に出た。


 滑るように宇宙空間に飛び出すと、ロセスベイは軌道エレベータのシャフトに沿うように、最大加速度五kGで加速を開始する。



 帝国側も手をこまねいていたわけではなかった。

 帝国側の各艦はラスール軍港を形成する軌道エレベータの延長上にあった。

 その距離は軍港の先端にある第一軍港から約二十四万キロ。


 帝国の指揮官、セルゲイ・アルダーノフ少将はロセスベイを先頭に出港してきたことを確認すると、直ちに攻撃開始を命じた。


「敵は揚陸艦を盾に脱出するつもりだ! 揚陸艦より軽巡航艦、駆逐艦に攻撃を集中せよ。だが、軽巡航艦は沈めるな。ある程度痛めつけて降伏させるのだ!」


 この時、彼は全艦が出港したことから、DOE5に王太子が乗っていると確信した。


(軍港が導師イマーム派に取り戻されることは火を見るより明らかだ。だとすれば、そのような場に王太子を単身置き去りにすることはない。恐らく揚陸艦が沈むまでの時間を利用して加速するつもりなのだろう……ならば、こちらは敵が採り得る航路を押さえればいい。駆逐艦は全滅させても構わんから、ミサイルで一気に沈めてやろう。加速し終わる前に駆逐艦が全滅すれば必ず降伏するはずだ……)


 アルダーノフはそう考え、旗艦艦長ニカ・ドゥルノヴォ大佐に命令を出す。


「軍港への影響の恐れがなくなったところで、駆逐艦を一気に殲滅する。最初のタイミングは軍港の対宙レーザーの射程から出たところだ。発射基数は君に任せる。各艦と連携して確実に仕留めてくれたまえ」


 彼の命令にドゥルノヴォは黙々と従っていく。しかし、言葉で言うほど簡単なことではなかった。


 軽巡航艦シポーラには十本のミサイル発射管があり、駆逐艦にも各四本が備えられている。


 一斉に発射すれば、三十基のステルスミサイルが発射できるが、大型ミサイルである“チェーニ”は搭載できる数が制限され、二連射分しかない。つまり、一斉発射では二度のチャンスしかないことになる。


 当然のことだが、攻撃回数を増やそうとすれば、一回当たりのミサイル数が減る。いかにステルス性に優れているとはいえ、ミサイルの数が少なければ、対宙レーザーの餌食になるだけだ。


 タイミングはともかく、どれだけの数を発射するか、その判断が最も難しい。


 ドゥルノヴォはその困難さに頭を悩ますが、実戦経験の少ないアルダーノフはそのことに気づいていない。

 彼はドゥルノヴォに攻撃を任せると、アルビオン戦隊に向けて降伏勧告を行った。


「アルビオン戦隊に告ぐ。直ちに機関を停止し、降伏せよ。降伏の意思を見せぬのであれば、次期国王もろとも貴戦隊を殲滅する」


 しかし、アルビオン側は一切反応せず、加速を続けていった。

 その間にもラスール軍港から戦闘行為の停止の警告が叫ばれ続けていた。


「国籍不明艦に警告する! 直ちに砲撃を中止し、本星系から立ち去れ! 砲撃を継続するのであれば、実力で排除する……」


 帝国戦隊の各艦は未だに国籍を明確にしておらず、敵味方識別装置IFFを切ったままだった。


「実力で排除するだと。やれるものか」とアルダーノフは嘲笑する。


「軍港には当てるな。占領後に必要になるからな。“チェーニ”は軍港の対宙レーザーの射程範囲外で一斉発射だ……」


 彼は圧倒的に有利な状況での戦闘に高揚し、ドゥルノヴォに任せたはずの発射基数も自分で決めてしまった。


(結局自分で決めているではないか。私も同じ判断だからよいが、これでは先が思いやられる……)


 ドゥルノヴォは結果として自分の判断と同じだったため、何も言わなかった。そのため、アルダーノフはドゥルノヴォを無視したことに気づいていなかった。


■■■


 クリフォードが指揮するアルビオン戦隊は軌道エレベータのシャフトから僅か数キロの位置で回避運動を加えながら、帝国戦隊に向けて加速していく。

 既に加速開始から三十秒。二万キロ以上を進み、速度は秒速約千五百キロに達している。


 これほどの速度において、巨大なシャフトから僅か数キロしか離れていない場所で、回避運動を行うことは冒険というより無謀だ。


 角度が〇・一度ずれた状態が僅か一秒続くだけで、軌道は二・六キロもずれる。僅かなミスでシャフトへ衝突する危険があるのだ。


 特に現状では敵の砲撃を回避するため、操舵手による手動回避が加えられており、いかに人工知能AIの支援を受けているとはいえ、手動回避を補正しきれなければシャフトに激突する恐れがあった。


 しかし、クリフォードは加速と手動回避を継続させた。

 操舵長コクスンはスクリーンに映る巨大なシャフトにおののきながら艦を操っていく。


 この努力は成果を上げていた。事実、軌道エレベータ付近において、アルビオンの各艦は未だに損傷を受けていない。


 出港後五十秒で軌道エレベータの上端部、第一軍港を通過する。それでも速度は〇・〇一光速にも届かない。

 クリフォードはここからが正念場だと考え、気合を入れ直す。


「ここからは敵の攻撃が更に激しさを増す。だが、こちらも反撃に転じるぞ。主砲発射用意!」


 この時、帝国側は全速での後退でラスール軍港から離れる機動を行っていた。しかし、主機関での機動ではないため、その加速力は小さく、相対速度を僅かに減らす程度の効果しかない。


「ロセスベイ1被弾! 前面スクリーン能力五十パーセント低下!」


 情報士であるクリスティーナ・オハラ大尉がいつもより緊迫した声で報告する。


「了解」とクリフォードは静かに答えるが、戦術士であるベリンダ・ターヴェイ少佐には強めの口調で命令を発した。


「敵駆逐艦に向けて主砲発射!」


了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」というつやのある声が返ってくる。


 その直後、DOE5の主砲である中性子砲が発射された。メインスクリーンに模擬的に映し出された中性子の柱が真直ぐ敵に向かっていく。

 しかし、初弾は敵の機動によって回避される。


「主砲は撃ち続けるんだ! 敵に余裕を与えるな!」


 クリフォードの命令にターヴェイと彼女の部下である掌砲長ガナーが応える。

 彼はその応答を聞きながら、敵の次の手を打った。


「全艦に命令! ファントムミサイル一斉発射せよ! 加速は最大加速で十秒!……発射!」


 DOE5と三隻の駆逐艦から計八基のステルスミサイルが発射された。

 十秒間の加速中は敵の対宙レーザーの射程外であり、充分な速度とはいえないものの、加速を終えたミサイルは味方の監視装置からも消えていく。


(この距離ならあと四十秒ほどで敵に到達する。一隻でも沈められればいいのだが……いや、沈められずとも敵が順調だと思ってくれればいい……)


 ミサイルの発射を命じたものの、彼はその効果にほとんど期待していなかった。

 彼が狙ったのは敵が順調だと思い込むことだ。こちらが自棄になってミサイルを発射し、有効な反撃手段が減っていると思ってくれれば、油断が生じると考えたのだ。

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