第21話

 宇宙暦SE四五一九年十二月二十八日 標準時間〇〇〇〇。


 サミュエルがスヴァローグ帝国の特使セルゲイ・アルダーノフと交渉していた頃、クリフォードは高機動揚陸艦ロセスベイ1の宙兵隊の一個中隊に対し、デューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]に乗り込むよう命じていた。


 宙兵隊員が乗り移るまでの時間を利用し、護衛艦の艦長らを集めて作戦会議を行っている。


「敵軽巡航艦を宙兵隊によって奪取する。指揮は私が執る。私が不在の間はリックマン中佐に戦隊の指揮をお願いしたい。各艦は私が軽巡航艦を奪取した後、速やかに発進できるよう準備を頼む」


「降伏するという通信が入った時にはまさかと思ったが、さすがは“クリフエッジ”だな。しかし、自ら“斬り込み隊”を指揮すると言い出すとは思わなかった。戦隊の指揮を執ることは構わんが、私が突入部隊の指揮を執った方がよいのではないか」


 リックマンがそう言って声を掛けるが、クリフォードは首を横に振る。


「私でなくてはならないのです。職制上、宙兵隊の指揮を執れる宙軍士官は私だけですから。中佐には私が失敗した際の後始末をお願いすることになりますので、心苦しいのですが」


 クリフォードの言葉に不吉なものを感じたのか、「失敗しても死ぬなよ」と言うが、その表情はいつになく真剣だった。


「ええ。私もこんなところで死ぬ気はありません。子供も生まれたばかりですし」


 そう言って笑うが、駆逐艦シレイピス545の艦長シャーリーン・コベット少佐が真面目な口調で疑問を口にする。


「この作戦が成功したとして、戦力差はそれほど縮まらないのでは。シャーリア軍に期待した方が安全だと思います」


「確かにその手もあるが、シャーリア法国の上層部が帝国を恐れている。この状況で時間を掛けた場合、どちらに転ぶか分からない。今回の作戦が失敗した場合はシャーリアに期待することになるが、少しでも彼らが我々に有利な決断をするように、こちらも努力した方がいい」


 シャーク123号の艦長イライザ・ラブレース少佐が発言する。


「小官も作戦に参加させていただけませんか。海賊相手に突入作戦の経験があります」


 クリフォードはその言葉を予想していたのか、即座に断った。


「駄目だ。今回の作戦には宙兵隊から一個中隊が参加する。人数的には充分に足りている。それに護衛艦を即座に発進させるかもしれない。その場に艦長がいない状況は避けるべきだ」


 ラブレースはクリフォードの意見が正論であり、「分かりました」と言って引き下がるしかなかった。クリフォードはラブレースが不満を持っていることに気づいたが、この危機的状況では手を打つ余裕はなかった。


「私はこれからDOE5に戻る。リックマン中佐にはシャーリアのスライマーン少佐にこの作戦の概要を説明し、協力を依頼していただきたい」


「協力と言うと?」


「帝国側を牽制するために、軍港付近での戦闘は敵対行為であるとして、攻撃も辞さないと警告するよう依頼してほしいのです。敵艦への攻撃は不要ですが、ミサイルが発射された際は撃破すると警告してもらうようお願いしていただきたい」


 リックマンは「了解した」と言って頷き、それで解散となった。



 クリフォードはDOE5に戻ると、Jデッキに押し込められた宙兵隊員に声を掛ける。


「多少装甲は厚いが、武装商船への突入と大して変わらないはずだ! 貴君らであれば問題ない! 土産にしてはちょっと大きいが、帝国の軽巡航艦を土産に帰国するぞ!」


 その言葉に宙兵隊員からどっと笑いが起きる。

 当初は厳しい訓練に反発していた宙兵隊員だったが、クリフォードの丁寧な説明と率先して訓練に参加する姿勢に彼らも一目置くようになっていたのだ。


 しかし、彼が言うほど軍艦への突入作戦は簡単なものではない。

 商船に比べ外部装甲は厚く、通常の手段では開口部を開けることは困難だ。また、内部も減圧や放射線からの防護を考慮し、各区画を分離するハッチは重厚なもので、それを破壊しながら戦闘指揮所CIC緊急時対策所ERCなどに進むことは現実的ではない。


 今回はDOE5の宙兵隊と掌帆手ボースンズメイト技術兵テックが第一突入部隊として通常の出入口である舷門ギャングウエイから侵入し、敵艦のシステムを乗っ取りハッキングして、格納庫のハッチを開放する。


 そして、主力部隊である宙兵一個中隊を突入させる計画だが、当然敵も警戒しているため、第一突入部隊が早期に敵を制圧し、システムを奪取できるかがこの作戦の鍵となる。


 もし、システムのハッキングに失敗した場合は、外側からメンテナンス用の開放機構を操作してハッチを開放することになるが、これには時間が掛かるため、宇宙空間で待機する宙兵隊が危険に晒される可能性が高い。


 幸いにして帝国艦の構造はここ数十年変わっておらず、標準型軽巡航艦の構造は鹵獲した艦から分かっている。また、内戦で疲弊している帝国はアルビオンやゾンファに比べ、科学技術の更新が遅く、セキュリティシステムも数世代遅れていると言われていた。


 クリフォードは第一突入部隊の要員を集め、作戦内容の再確認を行っていく。


「舷門が接続されたら、秘書官に扮した航法長マスターが敵の注意を引く。パターソン大尉は殿下を送り出す宙兵隊の指揮官として振る舞ってくれ。敵が完全にDOE5に入ったところで一気に殲滅し、舷門を確保する。プロクターとコールは敵艦に乗り移ったら直ちにシステムに侵入し、格納庫のハッチを開放する。重要な点は初動で敵に気づかれないことだ。分かったな……」


 航法長マスターであるハーバート・リーコック少佐は「了解しました、艦長アイ・アイ・サー」と緊張気味に答える。


 掌帆手ボースンズメイトであるロビー・プロクター二等兵曹はベテランらしい冷静さで準備を行い、技術兵テックであるサリー・コール上等兵は危険な任務に緊張しながらも、生きた敵艦のシステムに侵入するという行為に興奮を隠し切れない。


 そんな彼女にクリフォードはどの程度の時間でシステムに侵入できるかと尋ねた。


人工知能AIのサポートがあれば三分以内にロックは解除してみせます。ヤシマのシステムなら別ですが、帝国のシステムは穴だらけですから」


 彼女は技術兵養成学校でスヴァローグ帝国のシステムについて学んでおり、笑顔を浮かべて自信を見せる。


「しかし、それは二十年以上前の情報だ。油断するな。プロクターと協力して最短時間で頼む」


 クリフォードはそう言ったものの、帝国が伝統的に内部からの侵入に対し、防御に消極的であると楽観していた。


 これは内戦が頻発する国情から、内部に侵入されるような状況になった場合、即座に降伏すれば、命だけは助かることが多いことが一番の理由だ。


 また、防御システムを強化しても同国人の敵も同じシステムを使っているため、メンテナンス用のシステムなどを使って抜け穴を見つけられてしまい、効果が薄いことも理由の一つだ。


 侵入に対してもう一つ有利な点は、帝国側がアルビオンの宙兵隊を警戒していない可能性が高いということだ。


 揚陸艦が随行しているため、宙兵隊がいることは敵も分かっているが、王太子が最上級の重要人物VIPであるため、儀礼上必要な儀仗兵であるという思い込みがある。


 実際、クリフォードが鍛え上げていなければ、その通りであったため、実戦部隊と考える方が無理があった。



 今回の第一突入部隊は宙兵隊のアルバート・パターソン大尉がDOE5の宙兵隊員二十名の指揮を執る。まず、舷門を確保した後、陽動のため、物理的に隔壁を破壊しながら突入することになっていた。


 その間にリーコックがプロクターとコールの二人を使ってシステムに侵入し、格納庫のハッチと各隔壁の扉のロックを解除する。


 クリフォードはロセスベイ1の宙兵一個中隊を率いて、宇宙空間から敵艦の格納庫ハッチ前に取り付き、ハッチが開放され次第、突入する。彼の指揮下には掌帆手や機関士がおり、敵艦の主要制御室を奪取後、制御系を破壊し行動不能にする。


 宙兵隊員には軽巡航艦を奪取すると言ったが、それは景気づけに言ったに過ぎず、最初から奪うつもりはなかった。


 最悪の場合は自沈させることも考えているが、軍港に近いため、デブリ等が撒き散らされることを考え、最後の手段と考えている。


(穴だらけの計画だが、上手くいけば敵の軽巡航艦を行動不能にできる。敵も王太子殿下の儀仗兵が攻め込んでくるとは思うまい。その油断を突くしかない……しかし、リーコック少佐が志願してくるとは思わなかったな……)


 当初、彼はリーコックではなく、副戦術士のブライアン・バージェス大尉を指名していた。しかし、作戦会議の場でリーコックが志願したのだ。


「最先任士官である小官が指揮を執るべきと考えます。ご再考を」


 こういった作戦の場合、先任から志願の意思を確認することが慣例であったが、クリフォードは臨機応変の対応が求められる今回の作戦にリーコックは不向きであると考えていた。そのため、慣例を無視してバージェスを指名したのだが、彼はそれに異を唱えた。


 クリフォードは議論の時間が惜しいことと、下士官が優秀であるため問題ないだろうと考え、「少佐に指揮を任せる」と答えた。


 彼にしては珍しく、その後自分の判断が正しかったのか悩むが、既に動き出した計画を修正する時間はなかった。

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