第20話

 王太子護衛戦隊の各艦はラスール軍港の係留場に接舷するため、ゆっくりと移動していた。

 その動きに帝国の指揮官セルゲイ・アルダーノフ少将は疑問を持った。


(係留場に接舷するつもりか 軍港は反乱軍が掌握しているとはいえ、いつシャーリア軍に拘束されるか分からないわけでもあるまい。私なら隙を見て脱出しようと試みる。しかし、何を考えているのかが分からぬ……)


 彼はアルビオンの動きと通信の解析を情報参謀に命じた。

 すぐに暗号通信の内容の一部が判明し、アルダーノフに報告する。


「敵の指揮官は我々に降伏するつもりのようです。しかし、護衛艦の艦長らはそれに反対しており、入港後に指揮官を集めて会議を行う模様です……」


 この時、情報参謀はごく短時間で解析できたことに疑問を持ったが、敵が混乱しているため簡易の暗号を使用したのだと勝手に判断し、そのことを報告しなかった。

 アルダーノフは「他に情報は」と質問しながら、アルビオンの行動を読もうとしていた。


(このタイミングで我らに降伏……罠ではないのか? 行動に整合性がない。シャーリアの反乱軍を味方に付け、我々を攻撃させ、その隙に脱出する策が最も成功率が高いはずだ。軍港内でその交渉でもするつもりか?)


 考えている間に情報参謀が追加情報を報告する。


「各艦の艦長への命令は旗艦の副長から出されています。司令名ではありません。副長が臨時の指揮官として指揮を執っている模様です」


 その情報でアルダーノフは更に混乱する。


(このタイミングで旗艦の副長が臨時の指揮官だと。どういうことだ? 指揮官に何があった……)


 アルダーノフは更に情報を分析するように命じた時、アルビオン側から通信が入った。


「こちらはアルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊指揮官代行サミュエル・ラングフォード少佐である。銀河帝国の責任者と話がしたい。我々はエドワード王太子殿下の安全が確保されるならば、降伏する用意がある。繰り返す。王太子殿下の安全が確保されるのであれば、降伏する用意がある。その条件について、話し合いを持ちたいと考えている……」


 アルダーノフはその通信に応答しようか悩んだが、敵の指揮官が不在な理由と本当に降伏する気があるのか確認するため、マイクを取った。

 しかし、彼は外交問題に発展することを考慮し、国籍を明確しなかった。


「貴戦隊の降伏についてだが無条件しか認めない。また、貴官は指揮官代行とのことだが、司令はどうしたのか。正統な指揮権が無い者との交渉はできない」


「戦隊司令であるデューク・オブ・エジンバラ5号艦長コリングウッド中佐は本艦の指揮権を小官に移譲することに同意し、戦闘指揮所CICから退出していただいた。これは小官に与えられた正統な権限により行われ、航宙日誌ログにも記録されている。よって、現在の本艦の指揮官は小官である」


 アルダーノフは敵艦の艦長が強行突破を主張し、慎重な副長によって解任されたと理解した。


(あり得る話だが、本当にそうなのだろうか? この副長は若い。若すぎるほどだ。王太子専用艦の艦長であるなら、ベテランが任じられているはず。それをこの若い副長が解任できるとは思えぬ……)


 彼の疑問が伝わったのか、王太子がスクリーンに現れた。


「私はアルビオン王国第一王位継承権所有者エドワードである。ラングフォード少佐は私個人・・・が最も信頼する士官の一人・・である。彼の言う通り、コリングウッド艦長は危険を顧みない決断をした。そのため、私はラングフォード少佐への一時的・・・な指揮権の譲渡を容認した。指揮官殿に頼みがある。我が身柄をもって、将兵たちの安全を約束してほしい」


 王太子は慎重な言い回しで、戦隊全体の指揮権がサミュエルに移ったように説明する。

 アルダーノフはそれを聞き流しながら、情報参謀に小声で指示を出す。


「王太子が本物か確認せよ。更にコリングウッド中佐に関する情報があれば、直ちに報告せよ」


 情報参謀はすぐに了解し、コンソールを操作していく。


人工知能AIによる解析ではエドワード王太子であることは間違いありません。また、コリングウッド艦長がクリフォード・カスバート・コリングウッド中佐であるなら、面白い情報が見つかりました……」


 そう言ってクリフォードの経歴を説明していく。

 アルダーノフはその説明を聞き、徐々に笑みを浮かべていった。


(なるほど、若き英雄か。そう言えば聞いたことがある。二十歳そこそこの中尉が指揮を執り、倍する敵を倒したと。この状況でも自分ならできると思い込んで無謀な作戦を立てたのだろうな……言葉を選んでいたのはその英雄の名誉を守るためか……特殊な通信をしたと聞いたな。念のため確認しておくか……)


 対宙レーザーを使った通信方法については、公表されていなかったが、スパイからの情報で特殊な通信方法が使われたことは突きとめられていた。更にそれが対宙レーザーを使ったものらしいということまで分かっている。


 アルダーノフは他の通信方法が用いられていないか確認させたが、その形跡は確認できなかった。

 彼はそこで確信した。


(無謀な策を立てて副長に反対された。王太子は“個人として最も信頼する士官”と言い切った。つまり、あの若い副長は王室の関係者なのだろう。だから、王太子を守るために指揮権を奪った。あり得る話だ……)


 彼は情報参謀に王太子およびサミュエルが嘘を吐いていないか、確認するよう命じた。

 情報参謀はすぐに解析を行い、結果を報告する。


人工知能AIと解析担当の分析によれば、王太子および敵艦副長が嘘を吐いている可能性は限りなく低いとのことです」


 アルダーノフはそれに頷くと、この状況が自分に有利であると考え始めた。


(シャーリアに王太子を捕らえさせるつもりだったが、自らこちらに来たいと言ってきたのだ。これは捕縛ではなく亡命だ。王位継承権を持つ王太子を人質に持っておけば、アルビオンは我が国に手を出せない。シャーリアの動きが鈍いのなら、我らが動いたほうが確実だ……)


 彼はそう考え、アルビオン側に返信を行った。


「王太子殿下の亡命・・の申し出を受け入れる用意がある。我々が本星系を離脱するまで軍港内に留まることを約束するのであれば攻撃は行わない。銀河帝国軍少将セルゲイ・アルダーノフの名誉にかけて誓おう」


 その通信に対し、サミュエルが感謝を伝える。


「寛大なる処置に感謝する。本戦隊は主機関を停止し、貴官の指示を待つ。願わくば王太子殿下に相応しい待遇をお願いしたい」


 アルダーノフはそれに鷹揚に頷くが、参謀の一人が耳打ちする。


「罠の可能性があります。スループ艦を派遣してはいかがでしょうか」


 アルダーノフがそれに頷き、そのことを口にした。


「小官は貴官らを全面的に信用できない。スループ艦を派遣するので、王太子殿下にはそれに乗って頂きたい」


 その言葉にサミュエルが激高する。


「殿下をお迎えするのにスループ艦だと! 帝国は外交儀礼も弁えんのか! 小官はこのような侮辱を許すことはできない!」


 スループ艦は小型の偵察艦であり、少佐レフテナントコマンダーが艦長である。国家元首またはそれに準じる者に対応する場合、通常は大佐キャプテン以上が当たるというのが、外交上の儀礼である。


 帝国側で該当するのは少将であるアルダーノフと旗艦艦長のドゥルノヴォの二人だけであり、旗艦が出迎えに行かないということは外交上の儀礼を無視した行為になる。


(あまり強気に出ると折角の機会が失われる。多少は譲歩してやり、あとで痛めつけてやればよい……)


 アルダーノフは若い王族である副長が暴発する危険があると危惧する。


 そして、「先ほどの発言は確かに礼を欠いていた。謝罪の上、撤回させてもらう」と口にした後、


「貴官らを全面的に信用できないという点についてはこちらも譲れない。しかしながら、我が国も王族に対する礼儀はわきまえている。そこで妥協案を提案したい。軍港内では罠の危険を排除できない。そちらの旗艦に軍港出口まで出てもらい、その場で主機関停止と防御スクリーンの解除を行い、我が方の軽巡航艦に乗り移ってもらうというのではどうだろうか。さすがに旗艦を危険に晒すことはできんのでね。もちろん王族に相応しい出迎えはする」


 サミュエルは怒りを抑え、冷静さを取り戻したかのように演技をする。


「先ほどは失礼しました。貴官のご懸念は理解できます。殿下の名誉について配慮いただけるのであれば指示に従います」


 アルダーノフは大きく頷き、笑顔を見せる。


「随行員は十名以下でお願いしたい。こちらの収容人数に余裕が少ないのでね」


 こうしてアルビオンと帝国間の交渉は終わった。


 サミュエルは通信を切った後、大きく溜め息を吐く。


「よくやってくれた、サム」という王太子の言葉にも「ありがとうございます、殿下」と答えることしかできなかった。


(クリフの台本に従っただけだが、俺に芝居は無理だ。相手は本当に信じたのだろうか? もし、俺の演技を見破って逆に罠をかけてきたら……)


 彼はそのことをCICにいるオハラ大尉に確認する。


「相手の表情の変化、口調から考えますと、副長の言葉を信じたと思います。大丈夫ですよ。しかし、艦長の想定通りでしたね」


「ああ、俺のことを王室関係者と思い込んでいたようだしな。いずれにせよ、こんなことは二度とごめんだよ。そろそろ準備が終わっているかな。艦長に確認しなければ……」


 そう言ってクリフォードに通信を入れた。

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