第14話

 宇宙暦SE四五一九年十一月五日。


 クリフォードはサミュエルと情報士であるクリスティーナ・オハラ大尉と共に実施したロンバルディア連合とシャーリア法国の分析結果を王太子エドワードの秘書官テオドール・パレンバーグに持ち込んだ。


 パレンバーグから王太子と侍従武官のレオナルド・マクレーンにも聞いてもらった方がよいと言われ、シャーリア法国の情報が著しく少なく、ロンバルディアからシャーリアに向かう判断が難しいという報告を行った。


「……以上が我々の得た情報を分析した結果です。明日、駐ヤシマ大使と臨時司令部の意見を聞くつもりですが、その前に秘書官殿と侍従武官殿の意見を伺いたいと思っております」


 王太子はいつもの笑みを浮かべて頷き、「テディ、君に意見は」とパレンバーグに話を振った。

 パレンバーグは得られた情報をもう一度見直しながら、


「私が得ている情報とも整合していますね。現状ではロンバルディアに向かうことに問題はないと私も考えます。但し、その先はロンバルディアで得た情報次第というところでしょうか」


「ありがとう。では、レオ。君の意見を聞かせてくれないか。別に勘でもいいぞ」


 そう言ってマクレーンをからかうが、彼は真剣な表情を崩すことはなかった。


「小官もロンバルディア行きには賛成です。ですが、シャーリアに行くことには賛成できません」


 明確にシャーリア行きを否定したことに王太子が驚く。


「理由を聞かせてもらってもいいかな。それほど明確に断言するなら理由があると思うのだが」


 王太子も真剣な表情になっていたが、マクレーンはそれを全く気にせず、一言で答えた。


「勘です」


 一瞬、その場が沈黙に支配された。


「本当に理由はないのか。先ほどの私の言い方が気に入らないなら謝るが」


 そういう王太子にマクレーンは首を横に振り、「明確な理由はありません、殿下」ときっぱりと言いきった。


 パレンバーグはやれやれというように首を横に振っているが、クリフォードはマクレーンの顔を見つめ、別のことを考えていた。


(歴戦の宙兵隊員は危険を嗅ぎ分けられると聞く。私も何となくだが危険な感じがするが、彼にはもっと明確に感じているのではないだろうか……)


 そう考えるものの、ただの勘で予定を変更するわけにはいかず、


「では、ロンバルディアまでは確定ということで交渉してきます」


 クリフォードが退室した後、パレンバーグは王太子に向かって謝罪の言葉を口にした。


「殿下にはお詫びしなければなりません」


「何をだね?」と王太子は首を傾げる。


「コリングウッド艦長とラングフォード副長のことです。私は彼らの就任に対し、強く反対しました。殿下がお気に入りの士官を優遇しすぎると」


「確かに随分言われたね。クリフとサムは若すぎるし、この仕事の能力は未知数だと」


「はい。ですが、それは私の間違いでした。護衛の練度向上だけでなく、情報分析も的確です。殿下をお守りするという点において、彼らほどの適任者はおりません。そのことを今日改めて強く感じました」


 王太子はそう言って頭を下げるパレンバーグの肩を軽く叩き、


「君のいいところは過ちを素直に認められるところだね。それと私に対して物怖じせず諌言してくれることもありがたいと思っているよ」


 そう言って立ち去ろうとしたが、何かを思い出したのか入口で振り返る。


「彼らは若い。君が思ったことはどんどん言ってやってくれないか。それが彼らにとっては財産になるのだから。頼んだよ、テディ」


 この時、パレンバーグは王太子の本当の目的を悟った。


(殿下はコリングウッドを本当に買っているのだな。今回の人事は彼が成長するための踏み台なのだ。確かに可能性を感じさせる逸材ではある……)


 当初懸念したサミュエルの副長就任だが、彼は士官たちの掌握に苦慮したものの、地道な努力と配慮により、航法長ハーバート・リーコック少佐以外の士官と良好な関係を築いている。


 また、リーコックも表面上は協力的な態度を見せるようになり、艦の運営に問題は発生していない。

 パレンバーグはその点も考慮し、王太子に謝罪している。


 そのリーコックだが、未だに納得したわけではなかった。


(確かに仕事はできるが、私が大きく劣るわけではない。いつか私の力を見せつけて見せる……)


 彼の心の中ではある変化が起きていた。

 それは自分を大きく見せようと常に考えていたため、自分の実力を今まで以上に過大評価するようになっていた。そして、機会があれば英雄と称されるクリフォードに匹敵する武勲を上げられると思いこむ。


(艦長だって評価してくれる人物がいたから武勲を上げられたのだ。今の私なら艦長以上のことができる。機会さえあれば……)


 彼はその内心を巧みに隠していた。もし、先任の副長ウォーディントンがいたならば、リーコックに危険なものを感じただろう。しかし、サミュエルは彼女ほどリーコックのことを知る機会がなく、そのことに気づけずにいた。



 クリフォードは王太子らと話し合った方針について、駐ヤシマ大使と駐留軍司令であるジークフリード・エルフィンストーン大将に説明した。

 エルフィンストーンはその情報分析に納得するものの、彼も不安を感じていた。


「ロンバルディアまではいい。しかし、シャーリアは情報が少な過ぎる。僅かでも疑念を覚えたならば、必ず引き返すのだ。例え、殿下が反対されても、君の権限で強引に連れ帰ってくれ」


 クリフォードは「了解しました、提督アイ・アイ・サー」ときれいな敬礼で応え、艦に戻っていった。


 エドワード王太子はすべての日程を終え、十一月十日に多くのヤシマ国民に見送られながら、ロンバルディア連合に向けて出発した。



 クリフォードは出発に際し、戦隊の総員に対して訓辞を行った。


「……ここヤシマまでは艦隊に守られていた。しかし、この先は我々だけで殿下をお守りしなければならない。参謀本部および諜報部の分析では危険は少ないとされているが、決して油断してはならない。常に戦場にいると肝に銘じ、各自の任務に当たってほしい。以上」


 クリフォードの訓示に全員が気持ちを引き締め直す。

 戦隊は十二パーセク先のロンバルディアに向けて加速を開始した。

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