第12話

 宇宙暦SE四五一九年(帝国暦GC三七一九年)八月十八日。


 スヴァローグ帝国の帝都スヴァローグでは御前会議が開かれていた。


 ちなみに、“スヴァローグ帝国”という名称だが、近隣諸国がそう呼んでいるだけで、正式な国名は“銀河帝国”である。


 彼らはオリオン腕で広大な領土を誇った銀河帝国の正統な後継を自称しているため、宇宙暦SEではなく、帝国暦GCを使用していた。


 但し、その正当性を認めている国家はなく、帝都がある星系の名を取り、“スヴァローグ帝国”と呼ばれている。


 皇帝アレクサンドル二十二世はゾンファ共和国によって弱体化された自由星系国家連合フリースターズユニオン(FSU)を併合すべく、指示を出した。


「自由星系国家連合と称する無能なる者どもから豊かな星々を奪い取り、新たな銀河帝国の礎とせよ!」


 その言葉に重臣たちは一斉に頭を下げる。

 皇帝はそれに鷹揚に頷くと、自分の考えを披露していく。


「まず狙うべきはロンバルディアである。彼の地は守りにくく攻めやすい星系である。帝国の精鋭からなる大規模な艦隊をもって一気に攻めれば損害を受けることなく占領できよう。しかし、それには準備が必要である。ダジボーグから十個艦隊を派遣するとして、どの程度の時間が必要か」


 皇帝の問いに重臣の一人が答える。


「ダジボーグの防衛を無視すれば一年。維持したままとなれば最短で三年は必要かと」


 帝国は三つの有人星系を有するものの、地球化テラフォーミング化が完全ではなく、食料生産能力が低い。


 また、度重なる内戦の影響から工業力もアルビオンやゾンファに比べ低く、物資の蓄積に時間を要する。


 皇帝は静かに頷くと、ニヤリと笑った。


「無論ダジボーグの守りは薄くはせぬ。ゾンファの二の舞を演じるほど余は愚かではないからな」


 その言葉に重臣たちから笑いが漏れる。彼らはヤシマに侵攻したものの、ジュンツェン星系を脅かされ、最終的にヤシマを放棄したゾンファを笑ったのだ。


「しかし、それでは遅すぎる。何か良い手はないか」


 その問いに末席から手を上げる者がいた。


「アルダーノフか。意見があるなら申せ」


 セルゲイ・アルダーノフ少将は三十五歳と若く、整った容姿で真直ぐな黒髪を肩まで伸ばした貴公子然とした風貌の男だった。彼は一礼するとすぐに自分の意見を述べていく。


「敵に準備期間を与えぬためには謀略をもって当たることがよろしいかと……」


 皇帝が小さく頷くのを確認すると、すぐに話を続けていく。


「ヤシマにはアルビオンがおりますゆえ、ロンバルディアとシャーリアに謀略を仕掛けます。まず、シャーリアに対しては……」


 彼は澱みなく説明していくが、徐々にその言葉に熱を帯びていった。


「……我が策を行えば、シャーリアは艦隊を派遣することなく屈し、ロンバルディアにも混乱が生じることでしょう。この策を是非、わたくしめにお命じください。必ずや成功させてみせまする」


 芝居掛かった物言いに数名の軍人が眉を顰めるが、彼がこれまでに献じた策は非常に有効であり、謀臣としての地位を確立していたため、叱責されることはなかった。


「よかろう。貴様にすべてを任せよう。では、すぐに準備を始めよ」


 アルダーノフは皇帝に一礼すると部屋を出ていった。


「よろしいのですか? 陛下」


 重臣の一人が確認すると、皇帝はニヤリと笑い、


「構わぬ。成功すればよし。失敗してもそれまでの男であったということだ。金も物資もほとんど使わぬのだ。やらせてみぬ手はあるまい」


 皇帝がそう言って笑うと、すぐに別の議題に移っていった。



 皇帝は自室に戻ると、貼り付けていた余裕の表情を消し、深々とソファーに座り込む。


(ゾンファもいらぬことをしてくれた。ようやく内戦が終わり、これから疲弊した国力を回復せねばならん時であるというのに……)


 現実主義者である彼は内心では外征に消極的だった。

 二十年に及ぶ内戦の爪痕は大きく、十年以上掛けて疲弊した帝国を立て直そうと考えていたのだ。


 しかし、強引な手法を使えるほど、彼の権力基盤は余裕があるものではなかった。御前会議で見せた余裕は国内に向けての虚勢に近いものだった。


 その理由の一つには帝都であるスヴァローグにあるとはいえ、彼は元々ダジボーグの藩王であり、スヴァローグ星系を完全に掌握したとは言い難いことがある。


 特に前皇帝の家臣たちを粛清した影響が大きく、行政に混乱が生じている状態だ。

 出身国のダジボーグの家臣だけではその混乱を抑えることができず、統治システムの立て直しには程遠い状態だ。


 もう一つの懸念はストリボーグの藩王、ニコライ十五世の動向だ。

 アレクサンドルとニコライは同盟して帝国の権力を奪ったものの、ニコライは得るところが少なく不満を抱いている。アレクサンドルとしてはニコライを謀略によって消し去ろうと考えていたが、その時間すら与えられなかった。


 しかし、この状況でFSUに手を出さないという選択肢は採れない。

 この絶好の機会を見逃せば、無能な皇帝という烙印が押され、ただでさえ不安定な政情が更に不安定になることは必至だ。

 彼は強力な指導者であることを示すために、無理にでも外征を行う必要があったのだ。


(いずれにせよ、ロンバルディアを奪わねば再び内乱が起きる。それを防ぐため無理にでも艦隊を集めねばならん……アルダーノフの策が上手くいけば、少なくともシャーリアに混乱は起こせる。失敗したとしても、我が帝国に損はない。だが……)


 彼には大きな懸念があった。

 それはアルビオン王国の動静だった。


(アルビオンは侮れぬ。愛国心が強く、実戦経験も充分にある。我が国の戦略が彼の国の不利益とならぬと思わせねば、ゾンファの二の舞になる。あの国の失敗はアルビオンを侮ったことだ。策によって手出しできぬようにせねば、ロンバルディアを手に入れてもすぐに手放すことになる。やはりシャーリアを先に手に入れるべきか……)


 彼はアルビオン王国の戦略を正確に洞察していた。

 アルビオンは現状のパワーバランスを崩すことを防ぎ、自国の安全を確保した上で、国内の開発を推進しようと考えている。


 特にキャメロット星系は二つの有人惑星を持つものの、最前線ということで防衛に資源を割かざるを得ず、アルビオン星系より開発が遅れていた。


 ゾンファと帝国が自国の安全保障上の障害にならないなら、アルビオン側から戦端を開くことはない。逆に言えば、自国の安全に脅威を与える可能性があるなら、ジュンツェン星系への侵攻のような大胆な策を打ってくる。


(シャーリアはアルビオンから遠い。そして、彼の国は小国だ。仮に我が帝国が併合したとしてもアルビオンとの国力差は警戒されるほど大きなものにならない。シャーリアを手に入れた後はロンバルディアに脅しを掛けて屈服させる。アルビオンがロンバルディア奪還に動けば、ストリボーグの戦力を叩き付ければよい……)


 アルビオンにストリボーグをぶつけることで、アルビオンが勝てばライバルであるニコライの力が落ち、ストリボーグが勝てば、ロンバルディアだけでなく、ヤシマも手に入る。


 ストリボーグが勝ったとしても、アルビオンを相手にすれば必ず大きな損害を受けるから、ニコライの力を奪うという目的には合致する。


(……それにはまず、我が力を蓄えねばならん……)


 皇帝の目は遥か先を見据えていた。

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