第11話

 自由星系国家連合フリースターズユニオン(FSU)は「ヤシマ」、「ロンバルディア連合」、「ラメリク・ラティーヌ共和国」、「ヒンド共和国」、「シャーリア法国」の五ヶ国からなる連合組織である。


 結成された発端は交易協定だった。


 星系間で行われる交易に対し、関税や通関制度などが異なり、トラブルが発生していた。そのため、宇宙暦SE四二〇〇年代に交易協定を結んだ。


 しかし、その当時は軍事的な脅威はそれほど強くなく、軍事に関する取り決めは宇宙海賊に対する取り締まり程度しかなかった。


 その後、ゾンファ共和国とスヴァローグ帝国という大国が膨張政策を採ったため、各国は単独での防衛政策では飲み込まれると危機感を抱いた。


 そして、SE四三〇〇年に相互防衛協定を結び、自由星系国家連合FSUという組織を作った。


 FSUの総人口は約百二十億人と、アルビオン王国の七十五億人、ゾンファ共和国の八十億人、スヴァローグ帝国の六十五億人を大きく凌駕し、保有戦力は合計三十個艦隊約十五万隻に達していた。


 これは連合がアルビオンら三ヶ国に対し、単独では一・五倍程度の国力を有していることを表している。


 しかし、ヤシマが侵略されるまでは各国の利害関係が複雑に絡み合い、連合内の関税撤廃、通貨の統一、相互防衛協定の締結までで、それ以上の関係には至ることはなかった。


 その結果、ヤシマ星系におけるタカマガハラ会戦では、十個艦隊五万隻の大艦隊を擁しながらも、半数程度のゾンファ軍に大敗を喫している。


 この敗戦の影響は大きく、ゾンファに利用されて全滅したヤシマ艦隊を加えると、六個艦隊三万隻以上が失われたことになる。


 それ以上に深刻なことは、軍としての実力が予想よりはるかに低いという事実が露呈したことだ。


 ゾンファ共和国軍はアルビオン王国との戦闘で大きく傷ついたが、もう一つの野心的な国家スヴァローグ帝国に弱点を晒したことで、FSUの各政府は対応を迫られることになった。


 事の発端となったヤシマは隣国であるアルビオン王国に救援を求めた。

 アルビオンとしても優秀な工業国家であるヤシマがゾンファや帝国に併合されることを恐れた。


 そのため、ヤシマ政府がアルビオン艦隊の駐留費用を負担するという条件で、三個艦隊一万五千隻を派遣することに同意した。


 しかし、スヴァローグ帝国と接している国家はヤシマだけではなかった。

 帝国の有人星系と航路が繋がっているロンバルディア連合とシャーリア法国はともに危機感を抱く。


 特にタカマガハラ会戦で自国の艦隊に大きな損害を受けたロンバルディアは早急な対応が必要であると考えていたが、軍の装備をヤシマからの輸入に依存していたため、自国のみでは艦隊の補強ができず、戦力の回復はヤシマの復興を待たなければならない状況だった。


 強い危機感を持ったロンバルディア連合は帝国対策のため、FSUの各国に対し、艦隊の派遣を要請する。


 しかし、防衛協定は侵略後を想定したもので、事前に艦隊を派遣するには協定の改正が必要であった。このため、FSU加盟各国から早期に艦隊を派遣することは事実上困難だった。


 そこでロンバルディア連合はアルビオン王国に接近することにした。

 しかし、アルビオンはこれ以上の負担は自国の防衛に支障をきたすと拒絶した。


 それでもロンバルディアは諦めなかった。

 艦隊の派遣が無理でも、友好関係にあることを帝国に見せ付ければ抑止力となると考えたのだ。その一環として、王太子エドワードのロンバルディア訪問をアルビオン政府に要請した。


 アルビオン政府は対応に苦慮したが、最終的にはロンバルディアの要請を受けることにした。それはスヴァローグ帝国内で二十年続いた内戦が終結し、ロンバルディアに侵略の手を伸ばす可能性が高くなったためだ。


 一方、シャーリア法国は元々要塞による防衛を主と考えていたため、危機感はあるもののロンバルディアほどの焦りはなかった。


 シャーリアの防衛戦略はジャンプポイントJPに多数のステルス機雷と大型要塞を配置し、防衛艦隊と連携させるというもので、侵攻してくる敵が八個艦隊四万隻程度であれば防衛は難しくないと考えていた。


 しかし、隣国のロンバルディアが占領された場合、援軍が来る唯一のルートを押さえられることになり、孤立することが懸念とされた。



 FSUが危険視するスヴァローグ帝国は、慢性的に内戦が起きる不安定な国家である。


 この国にはスヴァローグ、ダジボーグ、ストリボーグという三つの有人星系があり、帝都となるスヴァローグに皇帝が、ダジボーグとストリボーグに藩王と呼ばれる支配者がおり、それぞれが独立国家の様相を呈している。


 そして、約二十年前のSE四四九八年、大規模な内戦が始まった。

 当初は皇帝率いるスヴァローグ軍が優勢であったが、最も人口の少ないダジボーグの藩王アレクサンドルが巧みな戦略と狡猾な謀略を駆使し、二十年に及ぶ内戦を終結させた。

 彼は帝国を統一すると、アレクサンドル二十二世を名乗り、外に目を向け始めた。


 その時、皇帝の目に映ったのは強力だと思われていた自由星系国家連合FSUが、実は張子の虎であったという事実だ。


 皇帝はゾンファのヤシマ侵略に際し、「二年後に始めてくれれば我が帝国がヤシマを得て、ペルセウス腕を統一していたものを」と語ったとされる。


 軍事研究者たちは、大兵力を擁し指揮命令系が統一された帝国軍と、本国から遠く離れた占領地に長期間駐留するゾンファ軍が戦闘を行えば、ゾンファ側が勝利することは困難であるという結論を出している。


 また、帝国がヤシマを得た場合、その技術力を生かして、軍事力が飛躍的に増強されると予想された。そのため、周辺国家は危機感を持つことになる。



 アルビオン政府はスヴァローグ帝国の内戦終結の情報を得たことから、帝国がヤシマ、ロンバルディア、シャーリアのいずれかに手を伸ばすであろうと予測した。


 ヤシマにはアルビオン艦隊が駐留しているため、容易に手は出せない。下手に手を出せば、同一規模の大国であるアルビオンとの全面戦争に発展し、FSUから領土を掠め取ることができなくなる。


 また、シャーリア法国はその鉄壁の防御で星系に突入するだけでも多大な損害を覚悟しなければならない。実際、帝国参謀部が試算したシャーリア法国占領に必要な戦力は十個艦隊とされ、内戦で疲弊した帝国軍にとって動員できるギリギリの数だった。


 そうなると、スヴァローグ帝国が最も狙い易い標的はロンバルディア連合になる。


 ロンバルディアは現在六個艦隊程度の戦力しか保有せず、二つの有人惑星を有するため地理的に防御が難しい。そこに十個艦隊の大戦力を投入すれば、ロンバルディアを占領することはさほど難しくない。


 更にロンバルディアは帝国が最も欲する農業国家だ。

 帝国は三つの星系を持ちながらもいずれもテラフォーミング化が完璧ではなく、食料生産能力が低かった。そんな彼らにとってロンバルディアは魅力的な獲物だった。


 それ以上に問題なのはロンバルディアの位置だった。

 ロンバルディアはヤシマ、シャーリア、ラメリク・ラティーヌ、ダジボーグという四つの有人星系と航路が繋がる“ハブ”のような星系だ。


 仮に帝国がロンバルディアを押さえることができれば、ラメリク・ラティーヌとシャーリアは帝国に屈し、自由星系国家連合は崩壊することは容易に想像できる。


 そのことをアルビオン側も理解しており、ロンバルディアによる王太子の公式訪問要請という提案を呑まざるを得なかったのだ。


 外交官五十名が外交使節団として同行することが決まり、強襲揚陸艦ロセスベイ1に乗り込むことになった。


 こうして、王太子のロンバルディア連合訪問が決まったが、更にシャーリア法国への訪問も行われることになった。


 これはシャーリアから打診があったわけではなく、王太子自らがシャーリア訪問を提案したとされている。


 その理由だが、王太子は以前より、独自の宗教観と世界観を持つシャーリアに興味を持っており、訪問先のロンバルディアから僅か十二パーセクの位置にあることから、この機会に訪問したいと政府に打診した。


 当初政府は王太子の安全が確保できないと難色を示したが、シャーリア法国は“シャーリア法”という厳格な戒律があり、約束を破ることは宗教上ありえないと王太子が主張したため、訪問が許可された。


 しかし、これは公表されたシナリオに過ぎなかった。

 実際にはアルビオン、シャーリア両政府はロンバルディアと同様に友好関係にあるとアピールしたいと考えていた。


 しかし、スヴァローグ帝国の動きが読めず、ロンバルディアに入ったタイミングで状況が変化している可能性があり、簡単に取り止められるよう王太子の要請を受けた形にしたのだ。


 王太子もそのことを聞かされていたが、自国の安全のために必要なことであるならと快諾している。


 以上のことから、シャーリアからの正式な要請ではなく、王太子の個人的な目的での訪問となり、大規模な艦隊に護衛させるわけにはいかなくなった。このため、王太子の護衛はクリフォード率いる護衛戦隊のみとされた。


 これには反対の声が多く上がったが、統合作戦本部の作戦部と艦隊参謀本部は帝国が侵攻作戦を行うのは早くても三年後と想定していること、ロンバルディア、シャーリア両国ともアルビオンに敵対することは自国の安全保障上ありえないことから、充分に安全であると説明している。


 ただ一人、総参謀長のアデル・ハース中将だけは更なる情報収集が必要であると反対したが、王太子の訪問が決定事項であるなら、時間を掛けることは逆に危険を招くことになるという参謀たちの総意に渋々承認したとされる。


 ハースが懸念した最大の理由は新皇帝アレクサンドル二十二世のひととなりだった。

 彼女は皇帝の決断力と実行力を高く評価しており、更に硬軟合わせる戦略に危機感を抱いていた。


(あの皇帝は危険だわ。ゾンファのように派閥の力学で政策が決まるわけじゃない。皇帝の直感であらゆる政策が決まる。だとすれば、このタイミングに侵攻作戦はありえないという参謀たちの考えの裏を突いてくる可能性があるわ。それに皇帝は権力基盤を磐石なものにするために、無理をしてでも出兵するかもしれない……と言っても、十個艦隊を僅か数ヶ月で送り出せるとは思わないけど……どうしても気になる。これは彼に言っておくべきね……)


 ハースはクリフォードを個人的に呼び、自らの懸念を話していく。


「……大規模な侵攻作戦と同じタイミングになる可能性は限りなく低いわ。でも、艦隊を派遣するだけが戦争じゃないの。あの皇帝ならどんな手を使ってくるか分からない。だから、充分に気をつけなさい。あなたが少しでも不安を感じ、引き返す決断をしたのなら、私はどのような判断でも無条件で承認するわ。だから、殿下の安全を最優先に考えて。こんなことをお願いするのは心苦しいんだけど……」


 彼はハースが迷っていることに驚きを隠せなかった。


(参謀長がこれほど悩むということは、それだけ不確定要素が多いということだ。つまり、何が起きてもおかしくない、そんな状況なのだろう……)


 そう考えるが、すぐに顔をハースに向け、「殿下は必ずお守りいたします」としっかりとした口調で答えた。

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