第2話
総参謀長アデル・ハース中将はクリフォードを引き連れ、離宮にある応接室の一つに入った。そこには王太子エドワードが待っており、クリフォードは慌てて敬礼する。
「そう硬くなる必要はないよ。私がアデルに無理に頼んだのだ。こうでもしないと君とは話す時間が取れないからね」
ハースはやれやれという表情を隠そうともせず、
「殿下は時々面倒なことを頼むのよ」と言ってソファーに腰を下ろす。
王太子は優秀な軍人と個人的に会うようにしており、次代の司令長官と目されるハースとも十年以上前から付き合いがあった。
歯に衣着せぬ物言いをするハースだが、それを許容する王太子の度量に信服しており、口調ほど嫌がっているわけではない。
クリフォードは自分に何の用があるのかと考えるが、すぐに先日行ったレディバードの乗組員によるパーティの礼を言った。
「先日はありがとうございました。部下たちは皆、感激しておりました」
王太子は「あれは私も楽しかったよ」と言い、「では、まずは座りたまえ」と言ってソファーを指差す。
「時間もあまりないから前置きなしで話させてもらう」
「
クリフォードがそう言って頷くと、王太子はすぐに本題に入る。
「私は君に、私の専用艦デューク・オブ・エジンバラ5号の艦長の椅子を用意した」
クリフォードはいきなり専用艦の艦長と言われ、言葉を失った。
王太子の横ではハースが小さく首を横に振り、「いきなり言われたらビックリするわよね」と
「それは決定ということでしょうか」
王太子は首を横に振るが、その顔は自信に満ちていた。
「もちろん、私には決定権はないから軍に推薦するだけだよ。しかし幸いにも軍は私の意見を尊重してくれる。だから君が断らなければ、ほぼ決定と考えてもらってもいい。できればノーと言わないでほしいのだが」
クリフォードはどう答えようか必死に考え、そして一つの疑問に辿り付く。
(
クリフォードの疑問がハースに伝わったのか、彼女が彼の疑問に答える。
「DOEの艦長は
「そうなのですか……しかし……」
クリフォードが言葉を搾り出そうとすると、王太子が機先を制した。
「自分にはその能力がないとか言わないでくれよ。私だってきちんと考えた上で君を推薦しているんだからね」
「しかし……私の記憶が正しいなら、DOEの艦長は殿下の随行艦の司令を兼ねたはずです。また、護衛隊の指揮官として、宙兵隊の
王太子はハースに視線を向けながら、「君の言った通りだね」と笑う。しかし、すぐにクリフォードに視線を戻した。
「君はターマガント星系で
「ですが……」と思わず口を挟むが、王太子はそれに構わず話を続けていく。
「次に宙兵隊の指揮官としてだが、トリビューン星系では敵のベースに潜入し、負傷した指揮官を助けながら見事に任務を成功させた。そう言えば、作戦の立案も君だったね。私の侍従武官に聞いてもあれほどの武勲を挙げている宙兵隊士官はいないだろうと断言したよ。それに君は銃の名手でもある。傍にいてくれれば、私も安心できるのだが」
王太子の言葉にクリフォードは返す言葉を失った。
「諦めなさい。殿下は頑固なの。私でも説得できなかったのよ。あなたに説得は無理だわ」
クリフォードは十秒ほど沈黙した後、
「先ほどのお話についてですが、私からお答えしようがございません。命令であれば、どのような任務であろうと、軍人としての責務を果たすだけです」
その言葉に王太子が大きく微笑む。
「君らしい答えだね、クリフ。アデル、そういうことだから、よろしく頼むよ」
ハースはやれやれという表情を再び浮かべると、
「
「今日の午後、中佐に昇進した後、内示があるはずよ。前任者が准将に昇進してアルビオンに戻るはずだから、引継ぎは十日以内になるわ……あなたには参謀本部で私の補佐を頼みたかったのに、本当にもう……」
ハースはそう言って王太子を睨む。
「すまないと思っているよ。しかし、私が見るにクリフは参謀より指揮官に向いていると思う。彼の父上と同じようにね」
「そうですわね。確かに……」
ハースはそう言って表情を緩め、士官学校の同期でもあるクリフォードの父、リチャードの顔を思い浮かべた。
応接室を出ると、ハースの言った通り、人事部からの連絡がすぐに入った。彼は呆然としながらその連絡に返信すると、愛妻の待つ控え室に戻っていった。
午後に軍本部の人事部のオフィスに向かうと、すぐに人事部長とともに艦隊総司令部のオフィスに連れていかれる。そして、司令長官室にそのまま直行し、グレン・サクストン大将から
普段無口なサクストンが「君には期待している」と言って右手を差し出した。
サクストンが公式な場で個人的な感想を述べたことに人事部長は驚くが、クリフォードは「ありがとうございます。提督」と言って、ごく自然に右手を取る。
サクストンがこういった場では事務的なことしか言わないという話は知っていたが、自分のことで頭が一杯であり、ごく当たり前の対応しか取れなかったのだ。
司令長官室を出た後、人事部長は「君は大物だな」と言い、半ば感心し、半ば呆れているという感じの表情を浮かべていた。
翌日、彼の官舎にレディバードの元乗組員たちがやってきた。
彼が中佐に昇進したことは公表されていたが、DOE5の艦長になることは未だに発表されていないにも関わらず、ほとんどの者が知っていた。
「まさか艦長がDOE5の艦長になるとは。でも、艦長には戦闘艦の指揮官になってもらいたかったですね。DOEじゃ戦うことなんてなさそうですし」
元副長バートラム・オーウェル大尉がそう言って悔しがる。
「確かにそうだ」という乗組員たちの声が上がるが、彼はそれを誤魔化すかのように話題を変えた。
「そう言えばバートも上級士官コースに行くと聞いたが? 君も遂に指揮艦を持つんだな」
「私には砲艦の副長が似合いなんですがね」とオーウェルは頭を掻く。
「副長が艦長になったら大変ですよ、下士官は」とお調子者の
「そりゃどういう意味だ? コクスン。ことと次第によっちゃ……」
そう言ってオーウェルが睨みつけるが、すぐに自分で「確かに俺の下に付いた下士官連中はこき使われるから大変だ」と言って笑う。
そんなやり取りを見ながら、この仲間たちとの時間はもう二度とやってこないのだと寂しさを感じていた。
(私も砲艦が合っていたのかもしれない。これほど打ち解けられる仲間とは二度と一緒になれないだろう……)
実際、次の配属先が決まった者が多く、三週間ほど前に行われたパーティに比べると三分の一ほどしか残っていない。
そんな寂しさを感じながら、彼らとの時間を楽しんでいた。
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