第43話

 宇宙暦SE四五一八年七月二十四日、標準時間〇九三〇。


 クリフォードらが敵駆逐艦戦隊と死闘を終えた頃、アルビオン艦隊とゾンファ艦隊はシアメン星系側ジャンプポイントJP付近で睨みあっていた。


 アルビオン王国のジュンツェン進攻艦隊本隊二万一千隻はJP付近での回頭を終え、ゾンファ艦隊を迎え撃つ構えを見せている。


 しかし、そこにリンドグレーン提督率いる第三艦隊の姿はなかった。第三艦隊はマオ艦隊の前面を横切り、主星ジュンツェン方面に移動しており、回頭は終えたものの本隊に合流するには更に三十分近い時間が必要だった。


 一方のゾンファ艦隊はマオ・チーガイ上将率いるジュンツェン防衛艦隊とホアン・ゴングゥル上将率いるヤシマ解放・・艦隊が合流を終え、アルビオン艦隊本隊を凌駕する二万六千隻となった。ゾンファ艦隊はJPに向けてゆっくりと前進を続けている。


 数こそ凌駕しているゾンファ艦隊だが、アルビオン艦隊を強引に突破したホアン艦隊の損傷は大きく、またマオ艦隊は戦艦と駆逐艦が主力という歪な編成であり、実力的にはほぼ拮抗しているという状況だった。


 この状況下で主導権を握っているのはマオだった。

 アルビオン艦隊の総司令官サクストン提督は敵支配星系内で戦力的に不利な状況にあること、ホアン艦隊を殲滅するために強引な戦闘を行ったことから未だに艦隊の戦列が乱れたままであり、積極的な攻勢が行えない。


 マオはこの状況が自軍に有利であることを認めるものの、これ以上の戦闘は祖国にとって悪影響しか与えないと考えていた。


(ここで戦えばホアン艦隊の多くが沈むだろう。我々はヤシマを得ることなく、多くの艦、将兵を失っている。これ以上戦力の損耗が続けば内乱の危険すらある。我々はヤシマ解放艦隊の輸送艦隊さえ無事に帰還させられればよいのだ……)


 今回のジュンツェン防衛戦とヤシマ侵攻作戦により、ゾンファ共和国軍は二万三千隻以上の戦闘艦を喪失していた。これは五個艦隊分に相当し、ゾンファ共和国軍全体のおよそ三割に当たる。


 これほどの損害を受けたことから、現政権が倒れることは間違いない。


 しかし、現政権はクーデター紛いの政権奪取――前政権の重鎮を暗殺し、その混乱に乗じて政権を奪取した――を行っていることから、自らの身の危険を感じ、すんなりと政権を禅譲するとは考え難い。


 そうなればマオが考えるように内乱に発展する可能性は大いにある。


 マオは通信担当士官にアルビオン艦隊への通信回線を開くよう命じた。

 四十光秒離れたアルビオン艦隊から映像が送られてくる。そこには分厚い体躯の偉丈夫であるグレン・サクストン大将の姿が映し出された。


 マオはすぐに本題に入っていく。


「本星系でのこれ以上の戦闘は双方にとっても利益にならぬと思っている。一時休戦し、生存者の救出を行いたい。その後、貴艦隊に本星系から退去することを勧告する。条件については……」


 マオが提示した条件は以下のようなものだった。

 アルビオン艦隊による脱出者の回収と損傷した艦の応急補修を認める。また、アルビオン艦隊はシアメンJP及びハイフォンJPのステルス機雷を回収する。

 ゾンファ艦隊はその間アルビオン艦隊に対し、一切の敵対行動を停止する。


「……この条件を飲んでくれれば、我々は貴艦隊の本国帰還を妨害しない」


 しかし、八十秒後に返ってきたのは明確な拒絶の言葉だった。


「我々アルビオン王国軍は同胞を救出するまでは、いかなる条件であっても転進しない。貴国はヤシマ星系で不当に拘束した王国政府関係者及びヤシマ市民を直ちに解放すべきである」


 強い意志を込められた言葉に、マオはサクストンがシアメンJPに固執した理由を初めて理解した。


 マオ自身、情報通報艦からの情報でアルビオン政府関係者を拘束し、更に本国ゾンファに移送する計画があることは知っていた。


 また、既に数千人規模のヤシマの研究者、技術者がゾンファに移送されており、ホアン艦隊の輸送艦隊にも多数の捕虜がいることは容易に想像できた。


(アルビオン関係者を解放することは問題ない。しかし、どうやって納得させるかが問題だ。輸送艦に臨検させることは我が国のメンツに関わる。それに我々がこれですべてだといっても信用しないだろう……)


 マオは一瞬悩むが、すぐに決断する。


「貴官の要求を受け入れる。現在シアメン星系にある輸送艦隊に連絡し、貴国民及びヤシマ市民を確認させ、本星系到着後に貴艦隊に引き渡すことを約束する」


 マオは長期戦になれば自軍が不利であると考え、メンツを捨ててサクストンの要求を全面的に受け入れた。


 現在、ジュンツェン星系にある食料はマオ艦隊とJ5要塞守備兵に対し、四十日分程度しかなく、更にホアン艦隊の七十万人が加わると三十日程度しかもたない。


 つまり、今すぐにでも四パーセク(約十三光年)先の輸送艦隊の持つ物資を運び込まなければ危機的な状況に陥るのだ。


 サクストンは「基本的な合意はなされた」と重々しく告げる。


 一時休戦となったが、両軍とも敵を信用できず、戦闘体制が解かれることはなかった。


 この休戦合意は第三艦隊の砲艦戦隊の生存者たちにとって福音だった。

 彼らは敵に近い宙域で孤立しており、合意がなされなければ捕虜になった可能性が高かった。生き残った砲艦と砲艦支援艦は脱出者を回収すると無事本隊に合流した。


 クリフォードたちは旗艦グレイローバー05に収容された。

 重傷を負った機関長ラッセル・ダルトン機関少尉は直ちに医務室に連れていかれ、治療を施されていく。


 ダルトンは退艦から二時間後に意識を回復したものの、雑用艇ジョリーボート内では応急処置以上のことはできず、危険な状況だった。


 クリフォードはグレイローバーの軍医にダルトンを託し、彼の回復を祈った。

 一時間後、軍医からダルトンが命を取り留めたことを聞かされるが、彼の右脚は膝から下が完全に潰れており、切断するしかなかったと伝えられる。


 麻酔で眠るダルトンを確認した後、彼はレディバードの乗組員たちを探し始めた。

 レディバードの乗組員は比較的容易に見つけることができた。救出された者の多くがレディバードの乗組員だったからだ。


 他の艦では脱出できた者自体が少なく、脱出に成功した者も自艦の対消滅炉の爆発や敵艦が放つ荷電粒子砲によって生じたガンマ線などの強い放射線に曝されていた。


 更に艦の爆発によって生じた衝撃や残骸デブリの衝突等により救出された時点で死亡している者が大半だったのだ。


 しかし、レディバードではハードシェルと呼ばれる船外活動用防護服を着用していたことが幸いし、かすり傷程度の軽傷者がほとんどで放射線障害を受けたものは皆無だった。


 頑丈なハードシェルは物理的な防御力が高く、更に耐放射線防護能力も高いが、他の艦では通常の艦内服である簡易宇宙服スペーススーツしか着用していなかったため、このような顕著な生存率の差が出たのだ。


 比較的元気なレディバードの乗組員たちは個人用情報端末PDAを使って連絡を取り合っていた。

 クリフォードは生存者リストを確認すると、安堵の息を吐き出す。


(私を除いて三十四人か……五名は失ったが、最悪の事態は避けられたということか……)



 休戦の合意は取り付けたものの、総参謀長アデル・ハース中将は多忙を極めていた。

 第三艦隊に対し、直ちに本隊と合流するよう指示を出すと、生存者の救出、捕虜の確認、更にはシアメン星系にいるアルビオン政府関係者解放の実効的な方法についてゾンファ側と協議を始めたためだ。


 ハースは以下のような提案を行った。ゾンファ軍の情報通報艦を使用しシアメン星系に休戦合意を伝える。その際、シアメン星系に向かう情報通報艦にはアルビオンの士官を同行させ、更に時間を置いてアルビオン艦隊から監視のためのスループ艦を派遣する。


 これはシアメン星系に人質を隠されることを防ぐためだ。

 そして、準備が整い次第、輸送艦隊をジュンツェン星系に移動させ、JP内でアルビオン艦隊がすべての艦船の臨検を行い、各艦船にいるアルビオン及びヤシマの市民、財産をアルビオン艦隊に移送するというものだった。


 当初、ゾンファ側の担当士官はその提案が敗戦国に対するものであるといって抗議した。そのため、交渉は膠着状態に陥り、ハースはマオ上将との直接交渉に切り替えた。


 その交渉の結果、ゾンファは人員の移送については認めた。しかし、ヤシマで接収した物資については返還を拒否する。


 ハースは人命を優先することとし、物資についてはヤシマとゾンファ間の問題であるとして、アルビオンは関与しないとする妥協案を提示した。これにより、この一時休戦の協定は実行されることになった。


 この交渉が可能だったのはマオがジュンツェン方面軍司令官であったからだ。

 ゾンファ共和国の軍人の権限は外交や内政にまで及ぶことが多いが、特にジュンツェン星系は最前線の軍事拠点ということもあり、文官はほとんどいない。


 そのため、方面軍司令官の裁量は大きく、期限付きの休戦であれば方面軍司令官の権限で行えたのだ。

 休戦交渉を終えたゾンファ艦隊の主力はJ5要塞に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る