第14話

 宇宙暦SE四五一八年三月七日。


 クリフォードはゾンファ共和国のヤシマ侵攻に対し、アルビオン軍が取りうる作戦についての素案を作成した後、第四砲艦戦隊司令エルマー・マイヤーズ中佐に提出した。


 受け取ったマイヤーズは素案を読み進むうちに自らの表情が徐々に硬くなっていくことを自覚する。そして、一旦素案から視線を外し、大きく息を吸った。


 彼の手元にある素案は以下のようなものだった。


『……ヤシマ解放作戦の戦略目的は、ヤシマに侵攻し駐留しているゾンファ共和国軍の排除である。この戦略目的を達するためには、当然のことながらゾンファ共和国軍を殲滅するか、撤退させるしかない。そう考えた場合、ヤシマに直接進攻するという作戦は戦略目的を達成できない可能性が高い……戦略目的を達成できない最大の要因は、ヤシマに駐留するゾンファ共和国軍上層部の意思を変えられないことにある……』


 作戦計画の素案にしては珍しく、政治的な視点からの考察が詳細に記されていた。特に二年半前にゾンファで発生したクーデター紛いの政変――穏健派のチェン軍事委員長を暗殺し、強硬派が政権を握った事件の影響について詳しく考察していた。


『……今回のゾンファ共和国軍のヤシマへの侵攻は、ゾンファ共和国の政変と深い関係にあると推察される……脆弱な政治基盤の政権が軍事的な成功を求めることは古今に例を待たない。すなわち、ゾンファの新政権及びその意向を汲む軍指導部は、現地部隊が壊滅的な損害を受けたとしても、この軍事的冒険の失敗を認めない可能性が高いということである。つまり、ヤシマに駐留するゾンファ軍を文字通り殲滅しなければ戦略目的を達し得ない……』


 そして、ゾンファの現地指揮官たちの思考原理についても考察していた。


『……更に、ヤシマに駐留するゾンファ軍上層部も、作戦の失敗を認める可能性が低いと言わざるを得ない。そのため敗北が必至となった場合、我々では行い得ないような暴挙に出る可能性を考慮する必要がある……彼らが取り得る最も可能性が高いものとして、ヤシマ国民を人質にし、進攻した我が軍もしくは自由星系国家連合軍に対し、撤退を迫ることだろう。彼らにとって人道上の問題など考慮することさえなく、ただヤシマの占領という目的を達することのみを追求すると考えられる……』


 この後にゾンファのヤシマ侵攻部隊が取りうる具体的な行動が予想されていた。


 そこには反ゾンファ活動を行う市民たちの逮捕と処刑の予告、衛星軌道上に配備された質量兵器による攻撃、例えば整形された小惑星などを落下させることなどによる恫喝などが記載されていた。


『……キャメロット星系からヤシマ星系への直接進攻は前述の理由により失敗する可能性が高い。これは戦力の多寡という問題ではなく、敵の意志の問題である。よって、我が軍が制御できるものではない……』


 素案はゾンファ共和国の軍人たちの思考を誘導する具体的な方策についても考察していく。


『……ならば、どのようにしてヤシマを解放するべきか。その答えは敵の意思をいかにして誘導するかにある。つまり、敵指導部に“ヤシマを放棄しても止む無し”と思わせればよい……敵軍の上層部が最も考慮しているのはゾンファ共和国の政治家の意向である。政治家が撤退を支持するような作戦を実施し、彼らの思考を誘導しなければならない……』


 ゾンファ軍の軍人は階級が上がるごとに政治との結びつきが強くなる。


『……ゾンファ共和国の政治体制は国民統一党の独裁体制であるが、彼らも一枚岩ではない。特に先の政変で失脚したチェン・トンシュン派、すなわち穏健派と呼ばれる勢力が、彼の国でも問題となるような非合法な政権奪取に対し、どのように考えているかがポイントとなる。穏健派は歴史的に自国の安全保障に敏感である。つまり、自国の安全が脅かされる状況となれば、現状の不満が臨界点に達し、カウンタークーデターを企図する可能性すら否定できない……』


 ゾンファ共和国には伝統的に、アルビオン王国や自由星系国家連合への早期の進出を目指す、いわゆる“強硬派”と、国内の基盤強化を行い、地力を上げることを優先する“穏健派”と呼ばれる派閥があった。


 現政権は強硬派であるが、前政権は穏健派であった。今回の政権奪取は暗殺という非合法の手段を用いており、強硬派の中にすら批判がある。当然、穏健派に属する政治家、軍人は現政権を非難しており、機会さえあれば反撃することにためらいは感じない。


『……つまり、穏健派だけでなく、現政権も自らの安全を保つという意味で、領土の安全を脅かす要因は看過し得ない。このような状況を作り出すことで、穏健派の動向を注視する軍人たちの行動を制御することは可能である。特に現在の上層部のやり方に不満を持つ将官は“正当”な理由を求めていると考えられる……ヤシマを解放するための具体的な方策だが、先にも述べたとおり、直接的な進攻は逆効果である。そして、有効と考えられるのはゾンファ共和国に危機が迫ると“思わせる”ことである……』


 ここでヤシマに駐留しているゾンファ共和国軍の将兵の心理状態についても、考察を加えていた。


『……現在、ヤシマに駐留しているゾンファ軍は我が国と自由星系国家連合フリースターズユニオンから派遣されるであろう艦隊に対し、不安を抱いていると考えられる。フリースターズユニオンFSUが動員可能な艦隊は最低十個艦隊、また、我が軍は八個艦隊程度と想定されるため、三倍以上の戦力と戦う可能性がある。もちろん、この状況は開戦前から想定されていることであり、対応策は考えてはずである。しかしながら、実際に現地にいる将兵たちが不安を抱えることがないということはあり得ない。秘密主義の彼の国では末端の兵たちに対応策を伝える可能性は低く、階級が下がるほど不安が強いと考えられる。そして、兵たちの不安は士官へ、更には将官へと伝染していく……』


 ここからアルビオン軍が取りうる作戦について言及していく。


『……本素案の骨子は、キャメロット星系からゾンファ共和国のジュンツェン星系へ進攻し、敵国を分断することにある。また、タイミングを合わせてヤシマを解放する……』


 クリフォードの提案は敵国の重要拠点ジュンツェン星系に進攻し、敵国の連絡線を分断するという大胆なものだった。


 ゾンファ共和国の支配星系から他の星系に向かうには必ずジュンツェン星系を経る必要があった。同星系はゾンファ共和国が外の世界へ向かうための“扉”に当たる。


 そして、その扉を強引に閉められれば、ヤシマに侵攻した六個艦隊は補給を受けることができなくなるだけでなく、祖国との連絡線を押さえられることになる。つまり、物資のみならず情報を遮断することで、ヤシマに侵攻した部隊を脅かすことができる。


 もちろん、ヤシマは豊かな星系であり、数十万人のゾンファ兵士が飢えることはない。しかしながら、祖国との連絡が途絶えることで精神的な不安は感じるだろう。クリフォードの策の目的は、ヤシマに駐留するゾンファ艦隊に祖国に戻る口実を作らせることにあった。


『……ジュンツェン星系に駐留するゾンファ艦隊は五個ないし六個艦隊と推定され、更に第五惑星軌道には大型の軍事施設が存在する。このため、仮に八個艦隊で進攻したとしてもジュンツェン星系を陥落させ、恒久的に占領することは困難である。しかしながら、ジュンツェン星系が侵攻されたという事実がヤシマにいるゾンファ艦隊に伝われば、祖国の危機であると認識する。更にジュンツェンでの戦闘により“傷ついた”我が軍を殲滅することができると都合よく考える可能性は高い。つまり、彼らに“正当”な理由を与え、危険な占領地からの“合法的”な撤退を促すことが今回の作戦の目的となる……』


 素案を読み終えたマイヤーズ中佐は自らの署名を加えて第三艦隊司令部に送るとともに、総参謀長アデル・ハース中将に“戦術研究論文”と銘打って送信した。


(総参謀長は戦術に関する研究論文に興味をお持ちだ。ご自身の趣味なのかもしれないが、統合作戦本部の戦略・戦術研究部に優秀な若手士官を集めようとしているとの噂もある。クリフのこの素案をご覧になれば、必ず検討されるはずだ……)

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