第13話
ゾンファ共和国によるヤシマ侵攻作戦から約一ヶ月、キャメロット星系に衝撃が走った。
一隻の情報通報艦がスパルタン星系側
情報通報艦は各星系のJPに配置され、緊急情報をリレー方式で伝達するための艦だ。
この艦は緊急情報の受領や、敵の襲来を察知すると、直ちに隣の星系に超光速航行で移動する。
そして、次の星系に到着すると直ちに次の通報艦に無線で情報を伝達する。つまり、駅伝方式で情報を伝えるシステムとなっているのだ。
これは星系内を最大巡航速度で移動するより、無線を使った方が数十時間の節約になるためで、複数の星系を経る場合、短縮できる時間は数日単位となるためだ。
但し、
その情報通報艦がもたらした情報はヤシマの陥落とヤシマ艦隊の亡命という情報だった。
キャメロット星系政府は直ちに首都星系アルビオンにその情報を送るとともに、キャメロット防衛艦隊司令部にゾンファ共和国の侵攻への対応と、ヤシマ星系解放の作戦案の立案を命じた。
アルビオン王国は首都星系アルビオンと植民星系キャメロットという二つの居住星系を支配している。
外交に関する権限はアルビオン星系にある行政府にあるため、正式な方針決定はアルビオンの議会の承認を得る必要があるが、アルビオン星系からキャメロット星系までは三十五パーセク(約百十四光年)と離れているため、キャメロット星系政府にもある程度の権限は認められていた。
今回、キャメロット政府が王国政府の決定を待つことなく、ヤシマ解放のための準備を開始したのはこの権限に基づいている。もし、王国政府の決定を待つことになれば、最短でも七十日ものタイムラグが生じ、時機を逸する可能性があるためだ。
キャメロット政府の要請により、キャメロット防衛艦隊司令長官グレン・サクストン大将は直ちに星系内にある十個の常備艦隊に臨戦態勢を取らせると共に、アテナ星系の警戒体制を戦時レベルに引き上げる決定を行った。
アルビオン王国には二十個の正規艦隊があり、そのうち、キャメロット防衛艦隊には十二個の艦隊が配備されている。
その十二個艦隊のうち、二個艦隊はアテナ星系に常駐し、大型要塞
防衛艦隊司令部の命令を受け、キャメロット星系第三惑星ランスロットの軌道上にある要塞衛星アロンダイト、第四惑星ガウェインの軌道上にある要塞衛星ガラティン、大型兵站衛星プライウェンでは蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
演習を終えてプライウェンに帰投したばかりの第三艦隊も、休暇を返上して補給と整備に当たった。
クリフォードは整備の指揮を執っていたが、第四砲艦戦隊司令、エルマー・マイヤーズ中佐から艦長会議を開催するとの連絡を受け、旗艦であるグレイローバー05に赴く。
砲艦支援艦グレイローバーの会議室には既に多くの艦長たちが集まっており、この状況についてそれぞれの意見を言い合っていた。
二十分ほどで全艦長が揃い、司令であるマイヤーズ中佐が会議室に入ると、全員が立ち上がって敬礼する。
マイヤーズが答礼し、「着席してくれたまえ」と言うと、一斉に席に着いた。
全員が着席したことを確認すると、マイヤーズは落ち着いた口調で話し始めた。
「既に知っていると思うが、ヤシマがゾンファに降伏した。更にヤシマ防衛艦隊の一部が脱出、我が国に亡命を希望している。ヤシマ艦隊は後四日、三月十日頃にキャメロットに到着する予定だ」
そこで全員を見回すが、一部の艦長が“腰抜けが”という独り言を呟いている他は、特に意見は出なかった。
「防衛艦隊総司令部からの指示だが、我々第三艦隊は新たに編成される“ヤシマ解放部隊”となる。このヤシマ解放部隊はゾンファ共和国のヤシマ侵攻艦隊を排除することを目的としている」
「つまり、先陣ということですか」
艦長の一人から質問が飛び、マイヤーズ中佐は「その通りだ」と頷く。
「ヤシマに侵攻したゾンファ艦隊は六個艦隊三万隻。そのうち、ヤシマ防衛艦隊との戦闘で一割ほど沈められているが、艦隊を増強している可能性は低い。総司令部ではあったとしても、最大一個艦隊と見込んでいる……」
増強の可能性が低い理由だが、ゾンファ共和国軍、正式には国民解放軍に余裕がないためだ。
ゾンファは十八個の艦隊を持つが、そのうち、アルビオンと接するジュンツェン星系の防御に最低五個艦隊、首都星系ゾンファの防衛に六個艦隊を配備する必要があり、六個艦隊を派遣しているため、一個艦隊しか余力が無い。
最前線であるジュンツェン星系に防衛艦隊が必要なのは容易に理解できるが、ジュンツェン星系を通過しなければたどり着けない首都星系に、六個もの艦隊が必要なのは特殊な国情による。
ゾンファ共和国では一党独裁であるものの、軍事委員会派と公安委員会派が対立し、軍事委員会の中でも二つの派閥が対立している。
そのため、軍事委員会派としては公安委員会派を抑え込むための一定以上の戦力が必要だが、その戦力は二つの派閥がほぼ同数になるように調整が必要だった。
こうしなければ、クーデターが起きかねないためだ。
また、ゾンファ共和国軍は伝統的に兵站を軽視する傾向にあり、大規模な艦隊の移動は補給の面からも難しく、首都星系防衛艦隊を動かすことは事実上あり得ないとされていた。
増派する艦隊は最大一個艦隊と予想されていたが、占領軍が軍事拠点の建設を始める可能性はあった。しかし、補給能力が低いため、自国の物資で拠点建設は難しく、ヤシマの技術を使って建設するにしても、一年程度は必要と考えられている。
マイヤーズは更に艦長たちに説明を続けていく。
「……それに対し、ヤシマ解放部隊は八個艦隊で編成される予定だ。また、作戦開始は
この後、具体的な討議に入っていくが、クリフォードは作戦方針に危惧を抱いていた。
(ヤシマを解放すると言うが、三割程度しか戦力差がない状況で、本当に敵を排除できるのだろうか? 我々がヤシマに到着するのは早くても三ヶ月後だ。そうなれば、ある程度防衛体制は築けているだろうし、それ以上に危険なことがある。ゾンファがヤシマ国民を人質に取ったら、我々は撤退せざるを得ない……)
討議が終了した後、クリフォードは自分の懸念をマイヤーズ中佐に伝えた。
「つまり、敵がヤシマ国民を盾に撤退を迫ってきたら無駄足になると……ありえる話だが、その程度は総司令部も考えているはずだが……」
マイヤーズはそこで一度目を瞑り、大きく息を吸う。そして、ゆっくりと目を開け、
「いや、懸念は少しでも解消しておくべきだろう。クリフ、今の懸念を上申書の形で作ってくれ。できれば修正案の骨子だけでも付けてほしい」
そこで僅かに笑みを浮かべた。
「ふふ……思い出すな。トリビューンのことを覚えているか?」
マイヤーズはスループ艦ブルーベル34号とゾンファの通商破壊艦との戦闘が行われたトリビューン星系の話を口にした。
「あの時も君に作戦案を作らせたのだったな。もう五年半も、いや、まだ五年半しか経っていないのか……」
クリフォードもそれに頷き、思わず笑みがこぼれた。
「あの時は必死でした。“航法計算実習”の遅れを取り戻すために、少しでもいいものを作ろうとしていましたから」
二人はひとしきり笑った後、マイヤーズは真面目な表情になる。
「できれば早急に案を提出して欲しい。恐らく、ヤシマ艦隊が到着したときに、追加情報としてアルビオンに情報が送られるから、それに間に合わせたい」
クリフォードはすぐに立ち上がり、「直ちに作成します」と敬礼を行う。
「少なくとも候補生時代の方がよかったと言われない程度のものは作ってきます。航法計算実習の遅れを取り戻す理由がなくとも」
最後にそう言うと、二人は再び笑みを浮かべた。
クリフォードが立ち去った後、マイヤーズは彼のことを考えていた。
(巡り会わせという奴か……あの時もそうだったが、今回も彼に救われるかもしれないな。まあ、今回はあの切れ者の総参謀長がいるから、この程度のことは見抜いているはずだが……さて、彼の考えが揉み消されない方法を考えるとするか……)
マイヤーズは小さく頷くと、自らの
クリフォードは指揮艦であるレディバード125号に戻ると、士官と准士官を集め、艦長会議の内容を伝えた。もちろん、機密事項が含まれているため、その部分は伏せているが、彼は可能な限り中核となる准士官以上と情報共有を行う方針としていた。
「……つまり、八個艦隊でヤシマに行ってゾンファを叩きだすっていうことですか」
副長のバートラム・オーウェル大尉がそう言うと、クリフォードは大きく頷く。
「しかし、我々に出番がありますかね。ヤシマには要塞なんてないでしょう」
機関長のラッセル・ダルトン機関少尉の言葉に准士官たちが頷いていた。それに対し、戦術士であるマリカ・ヒュアード中尉が異を唱えた。
「きっと出番はあるはずです! 艦長と司令が考えた砲艦の運用なら、艦隊戦でも出番はあるはず」
掌砲長のジーン・コーエン兵曹長が僅かに反応するが、他のメンバーからは肯定的な意見はなく、逆にオーウェルから否定的な意見が出された。
「確かにあれは有効だが、うちの司令官は絶対に採用しないぞ。教科書通りの戦術しか認めんからな、うちの大将は」
ヒュアード中尉が何か言う前にクリフォードが議論を引き取る。
「我々は司令部からの命令に従って最善を尽くすだけだ。そのためには準備を怠らない。これが今一番求められていることだろう」
オーウェルもヒュアードもその言葉に頷き、矛を収めた。
その後は艦の整備計画を早急に詰めることと、乗組員たちの休暇の計画など実務に関する話し合いが持たれた。
会議が終わると、クリフォードはオーウェルを艦長室に呼び、自らの懸念を伝えた。
「……というわけでヤシマに行っても何できずに撤退しなければならないかもしれない。バート、君の意見が聞きたいんだが」
オーウェルはクリフォードの考えを聞き、驚愕するとともに十分にありえると思い直す。
「確かに我々アルビオン軍ならそんな破廉恥なことはせんでしょうが、相手はゾンファですからなぁ。自分と同じだと考えると足元を掬われるかもしれんということですか……私が思いつくのは
クリフォードは「そうだね。確かに奇襲は有効な手だ」と言って頷く。
そして、何か考えが浮かんだのか、独り言を呟いていた。
「奇襲といっても敵の意表を突くのは難しいかもしれないな……意表を突く……これならいけるかもしれない」
彼は自分の考えをオーウェルに聞かせていく。
オーウェルは聞き始めた当初は非現実的な案だと考えた。しかし、クリフォードの考えを聞いていくうちに、徐々に実現可能ではないかと考えが変わっていく。
「それならいけそうですよ! 確かにこの手なら、敵の意表は突けますね。後はここの防備が薄くなることくらいですか……」
「それについても考えはあるんだ。あとで作戦案を見せるから意見を聞かせて欲しい」
オーウェルはクリフォードを見ながら、ある懸念が頭に浮かぶ。
(艦長の作戦案は優れたものになるだろう。だが、これが日の目を見るとは限らない。恐らく、第三艦隊司令部はこれを握り潰すだろう。だが、俺には参謀に伝手はないし……上とのコネがないのが痛いところだな。うちの司令なら話は分かりそうだが……)
オーウェルはそう考えながら、艦長室を後にした。
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