第8話

 宇宙暦SE四五一七年七月一日。


 クリフォード・コリングウッド少佐は旗艦マグニフィセント08を後にし、第四砲艦戦隊司令部でもある砲艦支援艦グレイローバー05に向かった。


 グレイローバー型砲艦支援艦は全長約七百メートル、総重量約四百万トンに及ぶ大型艦である。


 その質量は三等級艦巡航戦艦に匹敵し、防御力はその巨体に相応しく、二等級艦すなわち戦艦に匹敵する。


 しかしながら、武装に関しては貧弱というより皆無で、防御用の武装としてミサイル迎撃用パルスレーザーを持つのみで、攻撃手段は一切なかった。


 この極端な設計思想を持つ砲艦支援艦は、砲艦の無理な設計、すなわち積載能力の低さや加速器等の整備性の悪さを考慮したもので、エネルギーや物資の補給、砲艦の主砲用加速器等の調整を行うことを目的として設計された。


 このため、砲艦を収容するための格納ベイが艦体中央部に設置されており、戦闘艦と比べると寸胴な艦体ヴェッセルであった。なお、一応戦闘艦に分類されているが、その実態は輸送艦や工作艦に近く、宙軍士官たちからは補助艦艇として認識されていた。


 その樽のようなグレイローバーの艦体を見上げながら、クリフォードは舷門ギャングウェイをくぐっていく。


ようこそ本艦へウエルカムアボード少佐殿サー


 敬礼で迎える舷門当番兵に答礼し、戦隊司令エルマー・マイヤーズ中佐の下に向かうことを告げると、すぐに案内の士官候補生がやってきた。

 その候補生は顔を紅潮させながら敬礼し、興奮した口調で歓迎の言葉を述べる。


ようこそ本艦へウエルカムアボード少佐サー! お会いできて光栄です!」


 その候補生はクリフォードの活躍を当然知っており、偶然出会えたことに感激していた。

 クリフォードは慣れてきたとはいえ、未だにこのような対応をされると戸惑いを覚えてしまう。


(もし、候補生時代に殊勲十字勲章DSCの略綬を付けた士官に出会っていたら、同じように興奮しただろうな。とは言ってもなかなか慣れないものだ……まあ、有名税とでも考えるしかないだろう……いずれにせよ、彼に失望されないようにしなければな……)


 苦笑を隠しながら、しきりに話しかけてくる候補生に相槌を打ち、五分ほどで艦長室に到着した。


 中に入るとそこには懐かしい顔があった。


 クリフォードが笑顔で敬礼し、「ご無沙汰しております。マイヤーズ艦長」というと、マイヤーズも僅かに笑みを浮かべて答礼を返す。


「元気そうで何よりだ」


 しかし、マイヤーズの笑みはすぐに消え、疲れたような表情を垣間見せていた。


(マイヤーズ艦長は元々陽気な方ではなかったが、ブルーベル時代はここまで疲れた表情は見せなかったはずだ。気苦労が多いということなのだろうな……)


 エルマー・マイヤーズ中佐はクリフォードが士官候補生時代に乗っていたスループ艦ブルーベル34の艦長だった。


 トリビューン星系におけるゾンファ共和国の通商破壊艦との戦闘により、殊勲十字勲章を受勲し、上級士官養成コースを経て、砲艦戦隊の司令となっていた。


 砲艦自体の評価は低く砲艦戦隊に配属されることが一種の左遷と考えられるが、この砲艦戦隊司令職だけはその評価に該当しない。


 砲艦戦隊は二十隻からなる砲艦と三等級艦並の大型の艦である砲艦支援艦により構成され、司令の指揮すべき人員は千名ほどになる。


 これはベテランの大佐が指揮する哨戒艦隊パトロールフリートの約六百名を大きく凌駕しており、組織運営能力を期待されていることを表しているからだ。


 一方で、砲艦戦隊は問題の多い士官、兵が多く配属されていることから、その管理を行う司令は気苦労が絶えない。このため、マイヤーズ中佐の表情に疲れが見えているとクリフォードは考えていた。


 多くの懸案を抱えるマイヤーズのことを思い、すぐに着任の報告を行った。

 マイヤーズも彼の考えを歓迎し、すぐに実務の話に入っていく。


「……君は昔馴染みだから腹を割って話すが、君の指揮するふね、レディバード125は問題が山積している。副長のオーウェル大尉は優秀だが、反骨心が強い。扱いを間違えぬようにな……ヒュアード中尉も要注意だ。彼女は砲艦に配属されたことを未だに不満に思っている……」


 レディバードの士官は、艦長の他には副長兼航法長、戦術士兼情報士、機関長の三名しかいない。


 マイヤーズからの情報では、副長は上官に反抗することが多く、逆に戦術士は上官におもねるタイプだということだった。


 機関長は叩き上げのベテランだが、知識より経験を重視するタイプで前の艦長も扱いに困ったという。

 クリフォードはマイヤーズの言葉に前途の多難さを感じていた。


砲艦ここに配属になるから覚悟はしていたが、やはり一筋縄ではいきそうにないようだ。せめてもの救いは准士官たちが優秀なことだけだな……)


 砲艦のような扱いの難しい艦には癖は強いが、優秀な准士官や下士官たちがいることが多い。本来なら一等級艦や二等級艦に乗り組んでもおかしくないようなベテランなのだが、協調性がなかったり、勤務態度がいい加減だったりと、規律の厳しい戦闘艦・・・で馴染めなかった者が流れつくためだ。


 他の艦長たちについては、さすがに直接的な言い方はしなかったが、マイヤーズの言葉の端々から協調性がない者ややる気のない者が多いことが伺える。


「とにかく、まずはふねに慣れることだ。月並みな言葉だが、君ならやれるはずだ」


 そう言ってマイヤーズは立ち上がり、右手を差し出し握手を求める。

 クリフォードもすぐに立ち上がり、「ご期待に沿えるよう努力します」と言って右手を握り返した。



 グレイローバーを出た後、船渠ドックに向かった。

 彼の初めての指揮艦、レディバード125に会うために。


 レディバードを含め、砲艦は頻繁な整備が必要な艦種だ。グレイローバーのような支援艦でも整備は行えるが、巨大な主砲用加速器とビーム集束用電磁コイルの調整にはどうしてもドックでの整備が必要になる。


 大型兵站衛星プライウェンには千メートル級の大型戦艦の整備が可能な巨大なドックから、雑用艇ジョリーボートのような小型艇用の整備場のようなものまであり、レディバードは中型艦用のドックに入っていた。

 整備責任者に挨拶し、無重力状態を保ったドックの中に入っていく。


(いよいよか……さて、私の初めての指揮艦は……)


 気閘エアロックに入ると、吐き気を催すような感覚とともに重力が消える。


 鈍い銀色の重厚な気密扉がゆっくりと開かれていく。扉が開かれると、彼の視界は巨大な艦体ヴェッセルに占められた。


(スペック的にはそれほど大きくないはずだが、ドックの中では大きく見えるものだな……)


 インセクト級砲艦は全長二百二十メートル、全幅五十メートル、全高四十メートルのやや扁平した円筒状の艦体を持つ。小型艦に分類されているが、狭いドック内の船台に載せられたその姿から圧迫感のようなものを感じていた。


 他の艦種、特に高機動戦闘艦のシルエットは美しい流線型であることが多い。

 これは前方投影面積を減らしながら、数段に及ぶ主砲用電磁コイルを収納するための合理的な形状なのだが、人間の目に機能美を感じさせる形状となっている。


 しかし、砲艦のシルエットは戦闘艦とは大きく異なり、異様さを感じさせるものだった。

 艦の形状は艦首が断ち切られたような形で、ミルクポットを横にしたような寸胴だ。


 これは陽電子加速器の加速空洞キャビティが艦尾から艦首に向けて螺旋状に設置されているためで、艦内部のほとんどが加速器と対消滅炉などのパワープラントPPで占められていた。


 通常空間用航行装置NSD超光速航行システムFTLD、更には戦闘指揮所CICまでもが隙間に無理やり押し込められるように配置され、通常の艦の配置とは大きく異なっている。


 ドック内での作業中であることから、正式な舷門ギャングウェイからの乗艦はできない。そのため、雑用艇ジョリーボートの格納庫より艦の中に入っていく。


 格納庫の中に雑用艇はなく、作業スペースとして当てられているようで、多くの作業員たちが機器の調整や検査などを行っていた。


(中に入るとやはり狭いな。もっと小型のスループ艦でももう少し余裕があったが……雑用艇とはいえ、このスペースではギリギリなのではないか?)


 そんな感じで格納庫を眺めていたが、すぐに作業員の一人が気付き、声を掛けてきた。


「何のようですかね?……少佐サー


 作業員は少佐の徽章を見て慌てて「サー」と付け加える。


「私はコリングウッド少佐だが、このふねの責任者を呼んでもらいたいのだが」


 作業員もクリフォードのことを知っているのか、すぐに敬礼して艦内放送を行う。


『Fデッキ作業班よりオーウェル副長へ! 艦長が到着されました! 直ちにFデッキにお越しください! 繰り返します!……』


 クリフォードは作業員に礼を言い、その場で待つことにした。内心ではここまで大ごとにしなくてもいいとは思ったが、自分がこの作業員であったとしても同じことをしただろうとも思っていた。


 艦長は非常に強い権限を持っている。

 作戦行動中は乗組員を処刑する権限すら持っているのだ。つまり、乗組員にとって艦長は神に次ぐ存在となる。


 これは広い宇宙そらを考慮し、単独航行時でも指揮権を確立するための措置だ。単独航行でなくとも超光速航行中は他の艦との通信は途絶し、艦は完全に孤立する。この時、艦長に強い権限がなければ不測の事態に対応できないと考えられているためだ。


 艦内一斉放送から二分ほどでがっしりとした体つきの士官がやってきた。艦内帽からはみ出る髪は赤銅色で、やや太い眉と角ばった顎が意志の強そうな感じを醸し出している。


 その士官は敬礼しながら、「副長のバートラム・オーウェル大尉です」と言い、にこりと笑って歓迎の言葉を述べた。


「お待ちしておりました。コリングウッド少佐」


 クリフォードも答礼を返しながら、「コリングウッド少佐だ。よろしく頼む」といい、右手を差し出した。

 オーウェルはその手をとり、不敵な笑みを浮かべて握り返した。

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