第7話

 宇宙暦SE四五一七年七月一日。


 上級士官養成コースを修了したクリフォードが与えられたのは、等級外の戦闘艦、“砲艦”だった。


 アルビオン艦隊では今まで上級士官養成コースを修了した大尉は少佐に昇進後、六等級艦である駆逐艦の艦長に就任することが慣例となっている。


 ごく稀に本人が独立行動の多いスループ艦を希望し、叶えられることがあったが、誰もが敬遠する砲艦の艦長になることは異例中の異例と言っていい。


 クリフォードが受けた辞令を見て、同じコースを受講した同僚たちが一様に驚きの表情を見せる。


 彼の成績は首席ではないものの、十分に上位と言える成績であり、実績と合わせて考えれば、最新鋭の駆逐艦であるZ級駆逐艦の艦長になるのではないかと言われていたのだ。


 その彼が“浮き砲台”と揶揄される砲艦に配属されることに全員が違和感を持ち、そして、上級将官の誰かが人事に介入したと噂した。


 SE四五一七年当時、砲艦に配属される乗員は士官、下士官兵を問わず、問題を抱えた者ばかりだった。素行不良、不服従などの規律違反の常習者が砲艦戦隊に集められていたからだ。


 その砲艦の艦長に殊勲十字勲章ディスティングイッシュ・サービス・クロス(DSC)受勲者であるクリフォードが就任することは異例というより異常といっていい事態で、誰もが首を傾げた。


 クリフォードも砲艦と聞き、内心では落胆したが、それを顔に出すことはせず、粛々としてその命令を受け取った。


(砲艦か……あの運用の難しい艦種でやっていけるのだろうか。それより、一癖も二癖もある乗組員たちを纏め上げることができるのだろうか……)



 彼の最初の指揮艦、インセクト級レディバード型百二十五番艦、HMS-N1103125レディバード125号は、キャメロット防衛第三艦隊の第四砲艦戦隊C03GF004に所属している。


 通常、正規艦隊には五個の砲艦戦隊があり、第三艦隊にも約百隻の砲艦が配備されていた。


 第四砲艦戦隊は旧式のインセクト級砲艦二十隻からなる戦隊であり、戦隊旗艦である砲艦支援艦グレイローバー05が随伴する。


 通常の戦隊司令は通常は准将、最低でも大佐が当たるのが通例だが、砲艦戦隊だけは中佐がその任に当たる。これは砲艦戦隊の地位の低さを物語っていた。


 彼が配属された第三艦隊はアテナ星系での哨戒活動を終え、キャメロット星系に帰還していた。第三艦隊は補給と整備のため、キャメロット星系第四惑星ガウェインの軌道上にある大型兵站衛星プライウェンにあった。


 クリフォードはプライウェンに向かう大型艇ランチに乗り込んだ。


 プライウェンは二個艦隊一万隻が一度に入港できる大型の兵站衛星である。同一軌道上には要塞衛星ガラティンがあり、キャメロット星系の防衛を担う重要な拠点だ。


 プライウェンは絶えず大小の艦船が入出港繰り返しており、まるで蜜蜂の巣箱のように見える。クリフォードが乗る大型艇もその流れに乗り、小型艦船用埠頭に接舷した。


 彼は第三艦隊司令部に向かうため、衛星内の交通システムに飛び乗った。

 大都市に匹敵するプライウェンでは反重力推進システムを搭載した交通システムが整備されており、迅速な移動が可能となっている。


 第三艦隊司令部は司令官ハワード・リンドグレーン大将座乗の一等級艦、マジェスティック級マグニフィセント型八番艦マグニフィセント08にあった。


 しかし、リンドグレーン大将は不在であり、参謀長であるジャスタス・ノールズ中将が着任の報告を受けることとなった。


「砲艦の勤務は厳しいと思うが、君なら必ず何かを成し遂げるだろう……貴君の一層の努力を期待する」


 参謀長は奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い言い方で激励する。


 クリフォードは「ご期待に沿えるよう努力いたします」と言って敬礼し、立ち去ろうとした。


 その時、参謀長が何か思い出したのか、彼を呼び止めた。


「第四砲艦戦隊の指揮官は君も知っている人物だ。エルマー・マイヤーズ中佐が司令を務めている。君も少しはやりやすかろう」


 エルマー・マイヤーズ中佐はクリフォードが士官候補生として乗り込んだスループ艦ブルーベル34号の元艦長だ。

 クリフォードは参謀長に頷き、そして、マイヤーズ中佐のことを思い出す。


(いつも冷静で的確な指示を出される方だった。砲艦だったことは少し残念だが、よい兆候かもしれないな……)



 クリフォードの砲艦艦長就任はマスメディアにより大きく報道された。

 メディアではこの慣例に沿わない人事に疑問を呈する記事が踊り、あるメディアでは軍事に詳しいコメンテーターが上級士官の派閥争いに巻き込まれたのではないかとコメントする。


「……今回の人事は異常としか言いようがありませんな。私の得た情報ではコパーウィート軍務次官の影響力を削ごうとする勢力の嫌がらせである可能性が高いようです……」


 それに対し、壮年の男性キャスターが「具体的には?」と水を向ける。


「恐らく……野党の支持を受けたい将官がおるのでしょう。具体的な名も聞いておりますが、ここでは控えさせていただきましょう」


「では民主党の関係者ということでしょうか?」


 キャスターの言葉にコメンテーターは「ご想像にお任せします」と答え、苦笑いを浮かべた。


 野党民主党は安全保障より経済発展を目指すべきだという考えが強い。そのため、前線であるキャメロット星系での支持率は低く、また、後方であるアルビオン星系においても前回の戦争で奇襲を受けたことから支持率を下げ、政権を奪われた状態が続いていた。


 最近では民主党も安全保障問題に敏感になり、軍部とのコネクションも徐々に増え、一定の影響力を持ち始めていた。


 そんな状況であり、民主党の最大の敵、与党保守党のエースであるウーサー・ノースブルック伯爵を追い落とすために、彼の娘婿であるクリフォードを貶めるという話は政治家だけでなく、一般市民にも受け入れやすい話で、多くの者が信じた。



 軍内部では更に波紋が大きかった。


 元々、上級士官養成コースはエリート士官への登竜門であり、不文律ながらもこのコースを修了すれば出世は確約されていた。

 しかし、今回の件で派閥争いの影響を受けることが大々的に暴露されたのだ。


 二十代前半の若い士官たちは憤るが、軍上層部は人事への介入を認めることはなかった。

 人事担当官より以下の声明が発表された。


『……アルビオン王国軍において、人事は厳正なものであり、特定の人間による介入が行われた事実はない。すべては個人の資質、経歴等を考慮した、厳正かつ明確な基準に基づき決定している……根拠の無い噂に流されることなく、任務を全うすることを切に願うものである……』


 これにより一応の終息は見たが、軍の公式発表を鵜呑みにする者はほとんどおらず、不当な介入があったことを余計に印象付けることとなった。

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