第2話

 宇宙暦SE四五一四年九月一日。


 クリフォードはウーサー・ノースブルック伯爵とその令嬢ヴィヴィアンと離宮の控室で話をしていた。彼の父リチャードが晩餐会に出席しないという話になり、微妙な空気が流れていた。


 それを察したのか、ノースブルック伯が話題を変えてきた。


「ところでクリフ。今回の受勲で休暇をもらえるのだろう? 予定は決まっているのかね?」


 突然の質問に困惑する。


「一度、実家には戻りますが、他には特に」


 伯爵はニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべ、ヴィヴィアンの肩を抱くようにして、彼女に話しかける。


「これは絶好の機会ではないか、ヴィヴィアン。ぜひ、クリフのお父上にご挨拶に行ってきなさい」


 ヴィヴィアンは驚き、目を見開く。クリフォードも同じように驚いていた。

 昨年の年末の段階で伯爵は、クリフォードとヴィヴィアンの交際に反対していたからだ。

 彼の考えが分かったのか、伯爵は笑みを浮かべたまま彼の方を向く。


「意外かね?」


「はい。未だに交際は認めて頂けないものと……」


 クリフォードは伯爵の表情に笑みが消えていることに気づき、語尾が消えてしまった。


「私は娘を愛している。だが、私には地位があり、世間からは野心があると思われている……いや、正直に言おう。私自身、政界のトップ、行政府の長たる首相にならんと思っている……」


 クリフォードは頷くことすらできなかった。


「……娘は君の事を愛しているようだ。今までであれば、君との交際を認めるわけにはいかなかった。なぜだか分かるかね?」


 突然の問いかけに動揺するが、すぐに伯爵の目を見つめ、姿勢を正す。


「はい。以前の成功は候補生としてでした。当然、世間は肯定的に見てくれます。ですが、王国軍士官となった今、私が大きなミスを犯せば、世間はてのひらを返すでしょう。今回の成功でその危険が少なくなった。そうお考えになられたのではないでしょうか?」


 伯爵は大きく頷き、僅かに表情を緩める。


「その通りだ。君は二度成功した。それも戦争が始まっていないこの時期にだ。戦争になればいくらでも英雄は生まれるだろう。だが、今は違う。そして、これから先、英雄が生まれやすい時代になる……」


 クリフォードは息を呑み、思わず口を挟んでしまう。


「戦争が起こるというのでしょうか?」


 しかし、伯爵はそのことを気にすることなく、小さく頷くだけで言葉を続けていく。


「……今すぐということはないだろう。ゾンファの状況は相変わらずよく分からんが、軍事委員会で何かが起こりそうだという噂は耳にしている……」


 クリフォードは機密事項を聞かされていることに、緊張で汗が噴き出てくるのを感じていた。


「……戦争が起きれば英雄は生まれる。そうなれば、少々の失敗は見逃されるのだよ。実際、先の戦争でもそうだった。アルビオンの本星系に敵が侵入してきたが、それに対して誰も責任を取っておらん。ビーチャム提督が勝利したからだ」


 SE四五〇一年に始まった第三次対ゾンファ戦争は敵の奇襲攻撃から始まった。

 ゾンファの支配星系から首都のあるアルビオン星系までは距離があり、大艦隊を進攻させることは技術的に不可能だとされていた。


 そのため、アルビオン王国の政治家、軍人は誰一人奇襲を予測できなかった。

 ゾンファ共和国軍三万隻の大艦隊を前に、アルビオン側は僅か一万隻の混成部隊しか本星系にはなく、一時は第五惑星軌道上まで侵攻され、首都陥落の危機に陥った。


 それを防いだのが、老将ビーチャム提督だった。

 彼の活躍により三倍の敵は殲滅され、王国の危機は去った。この大勝利によって、奇襲を受けたという事実はうやむやにされ、ノースブルック伯が言ったように誰一人責任を取っていない。


「つまり、これから先、君が失敗しても私にとって痛手にはならんということだ。もちろん、人間的に非難されるようなことを起こせば別だが、君はそのような人間ではない。だから、娘が望む交際を認めようと思ったのだ」


 クリフォードが頷くと、伯爵は笑いながら、「君は人のことを信じすぎる」と言って、大きく肩を竦める。そして、真剣な表情に戻して話し始めた。


「私は娘の望みだけで君との交際を許可するわけではない。君の名声は私の野心にとって有用なのだ。もちろん、対外的には可愛い娘を奪われた哀れな父親を演じるがね。しかし、君の名は最大限利用させてもらう。ヴィヴィアン。お前もそのつもりでいなさい」


 クリフォードは伯爵の思いがよく理解できた。


(伯爵は私とヴィヴィアンの交際を心から認めてくれたんだ。だから、言い辛いことも包み隠さず教えてくれた。わざわざ彼女に注意したのは、自分の思いとは関係なく、私との交際はそういう目で見られると教えたかったんだろう……)


 クリフォードは伯爵に向かい、頭を大きく下げる。


 ヴィヴィアンは名家の令嬢にしては控えめな性格で、更に彼のことを気遣う優しい女性だった。彼が英雄として祭り上げられ、過度のストレスで疲れ切っていた時、彼女は彼に何も求めず、ただ彼の話を聞き続けた。クリフォードはそんな彼女の中に安らぎを見つける。


 そのことに気づいたクリフォードは徐々に彼女に魅かれていき、結婚という選択肢について真剣に考え始めていた。


「ヴィヴィアンとの交際を、結婚を前提とした交際をお認め頂き、ありがとうございます。伯爵のご期待を裏切らないよう努力いたします」


 隣にいたヴィヴィアンはクリフォードが積極的に結婚を考えていると聞き、舞い上がりそうになるが、今の話を聞いた今、自分も子供ではいられないと覚悟を新たにしていた。



■■■


 九月十日、クリフォードの父、リチャード・ジョン・コリングウッド予備役准将は、自らの屋敷があるフォグワットに向かっていた。


 先日の長男クリフォードの叙勲式を見て、ここチャリスに自分の居場所がないことを改めて実感していた。


(軍に、ふねに戻ることは叶わぬ。それはいい。だが、それを目の当たりにすることにまだ耐えられぬようだ……)


 そして、昨日、久しぶりにクリフォードと次男のファビアンが揃い、家族全員で食事をしたことを思い出す。なお、リチャードの妻はファビアンが生まれた時にこの世を去っている。


(クリフは立派になった。士官としてやっていけるだけでなく、私以上の指揮官になれるだろう。あとは経験を積むだけだ……)


 しかし、不安も感じていた。


(……一番の懸念は部下たちとの関係だろう。クリフが上げた武勲はクリフ自身の力によるものだ。しかし、指揮官となれば、多くの部下を持つ。そして、部下の生死を握ることになるのだ……あの子は優しい。部下を死地に向かわせざるを得なくなった時、クリフは耐えられるのだろうか……)


 昨日、リチャードはクリフォードに対し、今まで言えなかったことを口にした。

 今まで消極的なクリフォードに対し、辛く当たってきたことを謝罪し、初めて期待していると直接伝えたのだ。


 言われたクリフォードは驚いていたが、父の気持を知り嬉しそうに笑顔を見せたことを思い出していた。


(父親失格の私に非難がましいことは一切言わなかった。それどころか、私の心を知ることができてよかったと……子供が大人になったことを知るというのはこういうことなのかもしれない。嬉しいような寂しいような……私の方が余程成長していないな……)


 そして、もう一人の息子、ファビアンについても思いを巡らせていた。

 ファビアン・ホレイショ・コリングウッドは今年十八歳になる。士官学校では首席を争うほどの成績を収めており、クリフォードを追い回すマスコミも彼に注目し始めていた。


(ファビアンはクリフ以上に優秀だ。だが、私と、そして英雄であるクリフと常に比較されることになる。無理をしなければよいが……)


 二人の息子のことを考えながら、外の景色をぼんやりと見ていた。

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